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1/28金:自己変革の幕開けには親友の存在を。

ここ数日の自己分析の結果を親友に話してみた。すると面白いことに、やはり周りからはそういう振る舞いをする人間だと思われていたようだ。

彼によると、調和・ハーモニータイプの私は、ある集団内での争いなどに対して、たとえ自分に関係がなかったとしても嫌な態度を露骨に出していたことに気づいていたらしい。そんなこともつゆ知らず、これまでの人生をやってきた私は、自分が周りからどのように見られているのかについて、やはりほとんどわかっていなかったようだ。

それから、お前は考え過ぎだ、とも言われた。
そう、私は考えることが好きだ。ほぼ無意識で色々なことを考えていて(無意識に考えるという状況は成立するのか?)、ボーっとしている時間はあまりない。しかし、そういう生活のやり方だけでは必ずしもダメで、やはりメリハリや緩急をつけて取り組むことが大事だ。

加えて、いつも自信が無い状態でいることが多いことも指摘された。
国立大学の博士課程に進学できているという時点で、広く社会において客観的に見れば、自分自身の能力にある程度の自信を持っていてもおかしくないはずだ、と彼は言った。それでも、私は癖で、常に何がしかについて自分より秀でている存在を見てしまっている。そういう能力を持っている人が既にいるのなら、その人が得意なことはその人がやればいいじゃん、と思ってしまうところがあるのだ。

しかし、今日考えたことを整理してもう一度冷静になってよく考えれば、仮にそういう能力を持っている人がいたとしても、社会に存在する課題というのは、その1人の手で全て解決できる代物ではないのだ。得意分野や能力に程度や差はあれど、考えを一にし、思いを共有した人々が集団で社会課題に向き合うからこそ、その解決に向かっていくことができるのである。

こうしてこの文章を書きながらも懲りずに色々と考えているわけだが、こういう思いにさせてくれる親友の存在は貴重だ。

彼は、私と同様に色々考えたことを語ってくれるが、それが口だけにならないように、行動するようにしている、と言った。考えることで課題に気づかなければ行動のきっかけは生まれないが、行動しなければ新たに考えることはできない。

卵が先か、鶏が先か、のような問題だが、思考先行の私にとっては、行動することこそが今の自分に必要なことだ。

自己分析も踏まえて、ここから先の当面は、自分自身の感情に向き合うこと、そして行動を先行させること、が自己変革において重要なポイントになるだろう。

ちょっと応援したいな、と思ってくださったそこのあなた。その気持ちを私に届けてくれませんか。応援メッセージを、コメントかサポートにぜひよろしくお願いします。 これからも、より精神的に豊かで幸福感のある社会の一助になれるように挑戦していきます。