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あるがままの姿で、自分のままで生きさせて。


昨日、back numberのドームツアーに行ってきた。

その中で、今回一番期待していたベルベットの詩を聴き、案の定ボロ泣きしたのでこの曲について自分なりの解釈を説明していきたい。


back numberには何曲も名曲がある中で、個人的にトップクラスに好き、というか心にグサグサきた曲。

自分の中の弱い心を、背中をゆっくりと押してくれる同時に、日常の中で起こる理不尽さを表現しつつも、その時間は決して無駄ではないことを教えてくれたこの歌に何回も勇気をもらい、うつ病から徐々に回復してきた自分にとってこれ以上ない応援歌となっている。

MCでも、『俺らは決して強くないし、すごくない。』ということをひっきりなしに伝えてくる彼らにしか書けない応援歌なのかな?と。多分、ドームに立つまでに死んでしまうくらい辛い経験があったんだろうけど、その経験をうまく味方にして力にしている彼らの姿を見ていると、自分も、こんな自分も生きていていいんだな。負け戦ばかりしてきたけれど、負けないと分からないことも本当にたくさんあって、それを踏み台にしてやっていくのが人生なんだと改めて教えてもらった。


「あるがままの姿で 自分のままで生きさせて。
 決して楽ではないが きっと人生は素晴らしい。」

あるがままの姿になるということ、これはとても難しいことなんだが、人生は自分のためにあるから、他人に染まり切らないで自分のままで生きるということを簡単に捨てずに過ごしていきたい。
そして、生きるのは難しい。あり得ないほど厳しいことも多いし辛いことばかりと思うかもしれない。ただ、多分だがそんな経験を乗り越えた先にしか素晴らしい人生というものは待っていなんじゃないかと思う。全部うまくいく人生なんてのは、面白くない。


『理不尽が多すぎて、いつの間にかそれに慣れて
 僕は自由だと、もう忘れてしまいそう。』

生きていると理不尽なことも多く、なんのためにこの仕事をしているんだろう?と悩んでいるうちはいいが、もうその理不尽がどんどん当たり前になってくると、自分は自由に物事を選択していいのに、そのことを忘れてしまい、最悪な場合つぶれてしまう。実際僕だってそうだった。どんな環境に身を置いても、自分が本当は自由で、他人のために生きていなんだということは忘れてはいけない。


『人がさ繊細で、でもとても残酷だってこと。
 僕もそうだと、実はもう知っている。』

人間は皆、繊細な部分を持ちつつ残酷な部分を持ち合わせている。これは自分もそうであり、神様みたいな人間はほとんど存在しないということ。言い換えれば、誰しも欠点があるけれど、それをバレないように隠して生きているんじゃないか。自分だってそうだ。だから、人間に上下など存在せず、どんな地位にいる人にもある程度ダメなところがあるから、そんなに自分と比較して落ち込まなくてもいいんだ。


みんな絶対に何かしらにおいて、頑張っている。
だから、無理だけはお互いしないように。キャパを把握しておきましょうね。


サポートしてもらえたら、いつか還元できるように頑張ります。