安直だけど、純粋さが胸を打つ
人の純粋さに触れてはっとさせられる経験ってないかな。
僕はたまにある。
○坊との出会い
小児科医として働き始めて、まだ日が浅い頃のこと。
当時、病院に6歳の男の子が入院していた。
容態は比較的安定していたが、治りきらずに入院が長引いていた。
その男の子は坊主頭の小太りで、クラスに1人はいる憎めないタイプのおデブキャラだった。
見た目が「千と千尋の神隠し」に出てくる『坊』に似ていたので、そう呼ぶことにする。
坊は病院食を絶対に残さないし、
回診で病室に行く度に「もっと食べたい。」
とほっぺにご飯をつけながら言ってくる。
いつも笑顔で人見知りのしない子だった。
入院してから4日が経過した。
体調は良くなりつつあったけど、まだ退院が見込めない状況だった。
入院するとほとんどの子たちは早く家に帰りたがる。
親はそれを黙らせるために、普段はあまりやらせないゲームやYouTubeを欲しいままさせるようになる。
すると、子どもは入院生活も意外と悪くないと思うようになったりする。
坊も例外ではなかったが、4日も入院するとさすがに嫌気が差してきたのだろう。
「ねえ、早くお家帰りたい。」
と顔を合わせる度に言ってくるようになった。
こちらがナースステーションでカルテを書いていても、病室から母にダダをこねているのがよく聞こえてきた。
それまでは笑顔と茶目っ気が絶えなかったのが、不機嫌な時間が増え、テンションは下がっていった。
そんなときに坊の人生にとって重要なイベントが起こる。
入院5日目の朝、坊の隣の病室に新たな入院患者が来ることになった。
患者さんは、5才の女の子。
その子が母に抱かれて、外来から病棟に上がってきた。
看護師が部屋を案内するところで、僕も診察のために一緒について行く。
ちょうどそのとき、その日も不機嫌な坊が母と口ケンカしながら、病室から出てきた。
「だから嫌なの!つまんない!早くお家に、、、、あ。」
坊の視界がその女の子を捉える。
その瞬間、大きく目を見開き、急に黙り込んだ。
その場にいた全員が、彼が一目惚れしたことを悟った。
それからというもの、坊のテンションは目に見えて回復した。
そして、坊は暇ができるとすぐその子の部屋の扉の前に立ち、出てくるのを待っていた。
しかし女の子は入院したばかりで具合が悪かったため、なかなか病室から出てこなかった。
看護師達は坊の待っている姿を見て「可愛い」と盛り上がっていたが、
年齢が年齢なら事案なので僕は少し心配にもなった。
入院6日目の朝。
僕が病棟に行くと、
坊は病棟の廊下でおもちゃを使って遊びながら例の部屋をチラチラ横目で見て、女の子が出てこないかを確認していた。
その姿が健気だったので、坊に後ろから声をかける。
「おはよう。廊下で何してるの?」
「ここで遊んでるのー」
何回かやりとりをした後、
邪気が湧いてきたので、ふいに核心を突いてみる。
「あの子のこと好きなの?」
坊がどんな反応をするのか気になった。
照れるのか、恥ずかしがって誤魔化すのか、、
ところが坊は間髪入れずに
「うん、大好き。」
と即答した。
坊の表情は「そんなの当たり前じゃん」という顔をしていた。
その反応を見て、思わずはっとしてしまった。
大して知らない相手からいきなり好きな人を指摘されたとき、自分ならどう思うか。
・本心を知られたことへの恐れ
・なぜ見抜かれたのかという警戒
・この人もあの子が好きなのかという疑念
・自分の好意が先に相手に伝わってしまう可能性
そんな思惑が色々と浮かび、一瞬言葉に詰まりそうだ。
でも坊の返答は違った。
好きな人を指摘され、そのまま正直に答える。
そこには何の戦略も忖度もない、純粋な返答だった。
坊の返答がシンプルで「純粋」だったのに対し、
僕は純粋ではないなと実感した。
そこでふと「純粋」の反対の意味が何か分かった気がした。
それは「汚れ」や「不誠実」ではなかった。
純粋の反対は「複雑」。
大人になり、色んな知識や経験を重ねることで、考えや感情はどんどん「複雑」になっていく。
別にそれが悪いことだとは思わない。
純粋さだけで何もかもをやっていけるわけじゃない。
純粋さを手放して、「複雑さ」を身につけたおかげで、人生を狡猾に生きられるようになった。
でもだからこそ、
ふと誰かの純粋さに触れると、心が揺さぶられる。
誰かの心を動かそうとしたとき、
どんなに巧妙で戦略的に練られた話より
何の濁りもない純粋さの方が大事なんだなと、
坊を見て思った。
そういう意味で
安直だけど、純粋さが胸を打つ。
ってこと。
それに「複雑さ」が足枷となって、悩みに繋がることもある。
・相手の言動の真意を深読みし過ぎる。
・先の可能性を考え過ぎる。
どれだけ考えても答えが出ない問題を、複雑に考えてしまうことがある。
純粋さは子供の特権というわけではないので、
問題を複雑に考えすぎてはいないか?
純粋に自分はどうしたいのか?
という視点を改めて忘れないでおこうと思った。
○坊の恋愛の行方
ちなみに坊の恋愛はどうなったのか。
あのあと、ついに坊は女の子と再会を果たした。
女の子が部屋から出てくるや、いきなり後ろを付いて回っていた。
女の子は驚き、逃げ回っている。
まあそりゃそうだろう。
両方の母はそれを苦笑いしながら見ていた。
翌日。
朝病棟に足を運ぶと、
その日も坊が病棟のプレイルームで昨日の女の子をしつこく追いかけていた。
見かねた僕は人生の先輩として、
坊に色々とアドバイスしようと決めた。
これ以上こじらせてはならない。今ならまだ間に合う。
が、どうも様子がおかしい。
前日、あれだけ強張っていた女の子の表情が和らいでいる。
なんなら笑顔も時折見られる。
そして信じられないやりとりを目にする。
坊と女の子にそっと近づき、2人の会話を聞いていたところ、
坊「ねえ、大好き!」
それまで全然違う話をしていたようだったが、
突然坊がぶっ込んできた。
おいおい坊さん。それはさすがに。。と思っていると、
女の子「えー?私もー!」
え、私もなの?
追いかけられて困ってたんじゃないの?
展開の早さに全く頭がついていかなかった。
坊の純粋さは、たった1日で女の子の心も動かしてしまったらしい。
僕は何も言えずその場をそっと離れた。。
○タイトルについて
ちなみに
このタイトルは僕が尊敬してやまないアーティスト、Mr.Childrenの名曲「旅人」の冒頭の歌詞から拝借した。
(動画だと開始56秒くらいのところ)
桜井さんもきっと同じような経験があったのだろうと勝手に解釈している。
(ちなみに桜井さんは「純粋さ」の反対を
「猥褻(わいせつ)」と考えていた模様)
最後までどうもありがとう。
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