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「つくね小隊、応答せよ、」(十伍)

どうやら狒狒たちには、なにか策があるようです。

それぞれが石畳を振りかぶり、本殿の早太郎に飛びかかりました。









一匹目が早太郎の頭めがけて石畳を投げ、次の狒狒が右に、そして次の狒狒が左に石畳を投げました。

早太郎は上、右、そして最後に左の石を素早くかわします。すると目の前に、歯をむき出しにして嗤う3匹の顔が迫ってきました。

一匹目が大きな拳を振り下ろします。
その一撃を早太郎は身体を捻って避け、次の一匹が右から左へ大きな爪を横薙ぎに大きく振ります。早太郎は体を捻ったまま、地面を少し蹴り、中空へと跳んで避けました。まるで棒高跳びのような姿勢です。
すると早太郎の顔の真正面に、赤い大きな足の裏が見えました。



がどん! 

ばがばだばがらがらがらばらんっ!!!



早太郎は顔を蹴り飛ばされ、床や戸を壊しながら本殿の奥へと転がって行きます。

連続攻撃で、身動きのとれない空中へ早太郎を誘い出し、そこで本命の攻撃を加えるという戦法でした。狒狒たちは、目尻をさげ、まるで孫が生まれた祖父母のようにとても嬉しそうです。

ひひひひひひひひひひひひひひひひひ 嗤いながら、踊っています。




これでやれるよ

うんうんかてるかてる

そうだねみんなでちからをあわ ぷしゅんっ 



氷のような青い光が、本殿から鳥居まで、一筋走りました。

鳥居の下には、息を切らした早太郎がいます。


狒狒たちは鳥居の方を振り返り、言いました。

さっきのいちげきをうけたのにあんなにはやくうごけるのはすごいねえ

そうだねえそんけいできるよねえはやたろうはすごいよねえ

しゅかーーふぅ しゅぱあーーー しゅちゅーーー




三匹目の声が、しません。

そこには首のない狒狒の、胴体だけが立っていました。


しゅかー ぷしゅぱー しゅびぃーー

しゅこおおお ちゅぱあーーす

そうやってずたずたの首の断面で、呼吸をしています。

二匹が足元を見ると、地面の上に、三匹目の頭が転がっていました。

どどどどどどどどぼぼさむっ 首のない狒狒の体が、痙攣しながら倒れます。



二匹は無表情のまま首を拾い、頭を撫でました。首は、まだ口をあうあうと動かしています。

そうだよねぇそんなことされたらいたいよねぇ

そうだよそうだよくびをきりはなすなんてひどいよ

仲間を殺され、二匹の顔から笑みが消えました。


両手に石畳を持ち、一匹が飛び上がり、もう一匹は走り込んできました。同時に早太郎に4枚の石畳をなげつけます。

ずだだだあんっ

早太郎は、次々に地面に突き刺さる石畳を慎重に避け、狒狒たちの次の攻撃を警戒します。

一匹目の狒狒、両手の爪での上段からの攻撃2連撃。

左右に跳んでこれをかわします。


二匹目の狒狒、両手で右薙ぎ、左薙ぎの2連撃。

これを上に跳んでしまえば、またさっきと同じ攻撃を受けてしまいます。早太郎は二匹の動きを見ながら後ろへ飛び退り、攻撃を避けました。早太郎の鼻先を爪がかすめ、 ちんっ と小さく皮膚が破れます。


着地して狒狒に飛びかかろうとすると、早太郎の左足に激痛が走りました。

早太郎は顔をしかめ、左足を振り返ります。

すると、さきほど地面に転がっていた狒狒の首が早太郎の足に噛みつき、ぎりぎりと歯を動かしていました。左足を噛みちぎろうとしているのです。

早太郎は痛みに吠えます。


そこにすかさず二匹の狒狒が早太郎の足を払い、腹を素早く蹴り上げました。


狒狒たちは、投げた石畳とともに、狒狒の首も投げていたようです。早太郎はそれに気づけず、狒狒の口の中に着地し、まるでトラバサミのように足を挟まれたのでした。





足に狒狒が噛み付いたままの早太郎の体が、力なく星空に浮かび上がり、ひゅるひゅると力なく、境内の真ん中に落下しました。


だむっ


鈍い音がしました。早太郎は動きません。

意識を失ったようです。



二匹は無表情のまま同時に飛び上がりました。早太郎を二匹で踏み潰すつもりです。二匹の狒狒が、にいやりと嗤いました。




突然、大声でお経が響き渡ります。まるで境内を囲むように、何十人もの僧侶が読経をしているような、そんな声です。二匹の狒狒はとっさの出来事に驚き、自分の頭を抱え、地面に顔から落ちました。



ぐぎゃっ


ぎゃああっ



悲鳴をあげて、狒狒たちはのたうちまわっています。

うるさいうるさいうるさいうるさいうるさい

いやだいやだいやだいやだいやだいやだ


読経は狒狒の首にも効いたのか、首は早太郎の足から顎を放しました。

二匹の狒狒は、頭を抱えながら、なんとか立ち上がり、声のする境内の茂みを切り刻んでいきます。




ここか!


ここだ!


ここだな!


ここ!


ここだ!


ここにいる!




けれど、いくら茂みを切り刻んでも、その中に読経をする僧侶はひとりもいませんでした。地面に竹が転がっているだけです。



どどどどどうなってるのぉうるさいうるさいうるさいよお

うるさいうるさいよぉたすけてたすけてくるしいくるしいよぉ



そうやって狒狒たちが半狂乱でのたうち回るうち、仲間の首を蹴飛ばしてしまい、首がごろごろろんと茂みの中に転がってゆきました。

狒狒の首が転がってきた茂み。そこには、弁存の姿がありました。目をつむり、一心不乱に読経しています。

僧衣の袖の内側に隠れている娘は、弁存の僧衣の隙間越しに、狒狒の首と目が合ってしまいました。娘は口を押さえ、あわあわと震え、狒狒の首から目が離せません。

狒狒の首の目が、かっ!!!と見開かれ、耳を掻きむしるような金切り声をあげました。



キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!
ココニイイイイイイイイイイイイ!
ボウズトムスメガイルウウウウウウウウウ!


他の二匹がそれに反応し、首の声のした方にめがけて、むちゃくちゃに石畳を投げつけました。

弁存と娘のまわりに、大人の重さほどの石畳が、雹のように大量に降ってきます。弁存は娘を引き連れ、木の裏に隠れ、読経を続けます。

ひとつの石畳が、弁存のそばに転がっていた狒狒の首に直撃し、頭部の内容物が飛び散りました。弁存は狒狒の血を浴び、読経を続けます。




境内の茂みのどこを探してもひとりの僧侶もおらず、読経はやまず、半狂乱になった狒狒は、四方八方に石畳を投げはじめました。



がらばらんっ

石畳が茂みの竹にあたり、竹が砕けます。するとなぜか、その場所から声が聞こえなくなりました。

狒狒は思いました。

そういえばなんでこのもりにたけがあるの

このもりにたけははえていないのに

狒狒は、朦朧とする頭で茂みの竹に這ってゆきました。すると、地面に置いてある竹の筒の中から声が聞こえます。狒狒は顔をしかめ、その竹を石で割りました。読経の声が聞こえなくなります。

狒狒は耳をおさえながら、茂みのなかに転がっている竹を探しだし、割ってゆきました。すると、読経の声がどんどん小さくなってゆくではありませんか。

割った竹をじっと見つめます。
竹は、中の節を取り去り、筒状になっており、また別の筒状の竹に繋がっていました。

一本の長い竹筒に、いくつか穴をあけ、そこに別の竹筒を差しています。
沢山の竹を一本の竹に繋げ、様々な場所から声が出るようにしていたのです。

この竹を辿っていけば、読経している僧侶に行き着くはず、狒狒はそう思いました。

そして仲間の狒狒に大声で伝えます。

たけをつたってこのうるさいうたをうたってるみたい

だからいろんなところからきこえたのか

おまえはあっちをみてこいおれはこっちをみる

わかったおまえはあっちおれはこっち

狒狒たちはわかれ、竹筒の始まりがどこにあるのか、探しまわり始めました。






一匹の狒狒が、暗い森の中、地面の竹を伝い、弁存たちのもとへ、ものすごい速さで駆けてゆきます。

ずざざんっ

狒狒は、慌てて立ち止まりました。

目の前に、氷のような目をした早太郎が、月明かりを浴びてこちらを睨んでいたからです。



もう一匹の狒狒が、暗い森の中、地面の竹を伝い、木々をなぎ倒し、弁存たちのもとへ、ものすごい速さで駆けてゆきます。

狒狒は、にやりと嗤って立ち止まりました。

目の前に、錫杖と数珠を携えた弁存が、編笠を被り、立っていたからです。娘はおらず、お経を唱えてはいません。


あああああどおりでうるさいうたがきこえないとおもったぁ

「そんなに聞きたければ、経を読もう。覚悟はよいか」

かくご?おもしろいこというぼうずだね

狒狒は、弁存の後ろに立って言いました。一瞬で移動したのです。

弁存は、落ち着いたまま言います。

「お主からそんなに間合いをつめてくれて、助かる」

弁存は、錫杖を大きく胸の前に掲げ、背後の地面に向かってそれを勢いよく突き立てました。

錫杖は、狒狒の足を貫き、地面に突き刺さります。

ずちゃんっ

しかし、狒狒にとっては、針のように細い錫杖です。多少痛みはありますが、さきほどまでの早太郎の攻撃にくらべれば、無傷に等しい攻撃です。

なにこれこんなのじゃころせないよぼうずだからころしかたわからないんだねいいかいころすときはこうやるんだよぉ

狒狒は錫杖を握り、引き抜いて、弁存の頭を錫杖で貫いてやろうと思いました。にやりと嗤って、錫杖を素早く握ります。

むんじゅううううううううう ぼとぼとと

錫杖は抜けず、そして握った感触がありません。

あれええええええええ

狒狒は自分の右手を見ました。

すると、手のひらの半分が溶けたようになり親指しかありませんでした。地面を見ると、自分の4本の指が白い煙を上げながら、転がっています。


なななななななにをしたのおまえぇええ


「わたしはなにもしていない」

弁存は背を向けたまま、そうつぶやきます。


おまえがなにかしたああああああああ

逆上した狒狒は、大声でそう言って、左手で杖を掴み、引き抜こうとしました。


むんじゅうううううううう

左手が焼けるように熱くなり、白い煙が立ち昇ります。慌てて狒狒は手を放しました。手のひらが火傷のようになっています。そして、足を動かそうとしても、ぴくりとも動きません。まるでその場に縫い付けられているかのようです。


なななんんだあああこのつえはああああ


「その杖には、経文が彫り込んである。もののけは、触れることはできまい」


狒狒は悲鳴のような雄叫びをあげ、弁存の編笠めがけて、自分の拳を叩きつけました。


がるばるごるっ


骨が砕ける音がします。


「おぬしらは、人を侮り、人の命を侮り、人の想いを侮り、人にまつわる全てのものを侮ってきた。その侮りが、おぬしらの弱きところだ」

弁存がゆっくりと振り向きます。

「わたしが身につけているこの僧衣には、経文が編み込んである。そしてこの編笠も同じだ。これらはおぬしらにとっては岩のように硬く、傷つけることはできぬ。お主は、わたしを侮った。その結果が、その両手だ」

狒狒が弁存の編笠に叩きつけた拳は、蛸のように柔らかく、手首から垂れ下がっていました。骨がすべて砕けていたのです。



両手は使えなくなり、右足は地面に打ち付けられ、目の前には触れることのできない僧侶がいます。

狒狒は、自分の足を引きちぎろうと、無理矢理に引っ張りながら、泣きじゃくりはじめました。

ひいいいいいひひひひいいいいいひひっひひひいいいいいたすけてくださいおたすけくださいおねがいしますもうわるいことしませんおねがいしますおねがいおねがいおねがいおねがいおねがいおねがい

弁存は、両手を合わせ、美しい姿勢で、狒狒にお経を唱えます。

狒狒は、叫び声を上げながら、じぶんの耳に指を入れ、爪で中身を引きずり出しました。耳を聞こえなくしているようです。けれど、それでもお経は聞こえ続けるらしく、狒狒は泣き叫んでいます。

残った足で地面を蹴って飛ぼうとして、バランスを崩して倒れます。肘や顎や肩で地面を掴み、弁存から逃れようと必死にもがきますが、少しも動くことはできません。

しゅうううううううううううう

狒狒の体が、徐々に縮んでゆきます。

弁存と同じくらいの大きさになり、白い毛が雑巾のような色になってゆき、痩せ、牙が抜け、皺だらけになってゆきます。

やがて弁存の膝くらいの大きさにまでなり、セミの脱け殻のような色になりました。

ぎゅぴいす

ぎゅううぴい

ぎゅうぷすぅ

苦しそうに鳴いています。
どうやら、息をするのがやっとのようです。



弁存は、小さく痩せた狒狒のそばにひざまずき、話しかけました。

「おぬしらが殺した娘らが、どれだけ苦しい思いをしたか、きづけたか。生きたいと願いながら、娘らはお主らに、命を奪われたのだ」


小さな痩せた狒狒は、か細い、息のような声でいいました。


おまえおなじ
にんげんたち
もりやく
き きる
たべものもってく
こどもとき
なかまみんなころされた
わたしおなじことした
にんげんとおなじことした
なんでわたしたちわるい
ねえなんでにんげんわるくない


小さくなった狒狒は、裏返った虫のような姿勢で動かなくなり、灰のように崩れました。

弁存は、何も答えられませんでした。
難しい顔をして、狒狒に手を合わせます。


森の反対側で、木々の倒れる音がしています。



はやたろう、あしをけがした、はやたろう
はやたろうはおそいねえ

そう言いながら、狒狒は木々を薙ぎ倒します。

がばしゃああああああん!!!
がばしゃああああああああん!!
がばしゃああああん!

早太郎は後ろ足を引きずりながら、倒れてくる丸太をかろうじて避けています。


















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