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国後島に住んでいたロシア人作家、クズネツォフ‐トゥリャーニン氏(1963~)に注目して…

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国後島に住んでいたロシア人作家、クズネツォフ‐トゥリャーニン氏(1963~)に注目しています。

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  • 民俗小説 異教徒

    国後島に住んでいた現代ロシア人作家クズネツォフ-トゥリャーニン氏の代表作。2003-04年発表、2006年出版

最近の記事

『民俗小説 異教徒』- 脱出 章 - 後半 概要

ベッソーノフは夕方まで彷徨した。岸には崩壊後のゴミが堆積していた。砂の中に捨てられた船の残骸や木材がすっかり腐り、錆びていた。波はこれらをゆっくり飲み込み、鉄と木をなめ、野生の状態に戻し、人間との接触を消した。ユジノクリリスクには何人か知人がいたが、事情を説明するのが億劫だった。彼はポケットに両手を突っ込み、襟を立て、冷たい風に耐えた。黒雲が這い入り、時々とげのある白い穀物が播かれた。どれだけの時間が経ったか分からなかった。時間は意に反して伸び縮みし、この奇妙な特質がいつも彼

    • 『民俗小説 異教徒』- 脱出 章 - 前半 概要

      第七章 脱出 (前半) ベッソーノフは、頻繁に生物の誕生と死を見た。その際には他人の喜びや悲しみを感じたが、「同情」「理解」という言葉では説明できなかった。喜びと悲しみ、善と悪、生と死、本質と無意味に満たされた外の世界と自分の間には、子供のころこそ落差があったが、大人になるにつれて自分が何に囲まれているのかが理解でき、感情を持たずにただ世界を感じることができるようになった。「私」と反世界の「彼ら」は、後者も本質的には「私」なのである。このことは全世界の最高状態でもあり、善を

      • 『民俗小説 異教徒』- 権力 章 - 概要

        第六章 権力 荷を積み過ぎた夏は南へと、暗い緑色の湿気たスカートにもつれながら、重い足を引きずって去っていった。ウミガラスやエトピリカなど極北に定住する鳥は皆、十月になると幾千もの群を成して飛んできて、入り江を覆った。ある人間が、漁船の船首に座り、高まりを抑えられず、銃で鳥の群を撃った。忌まわしい魚の魂が宿るため、海鳥を食べてはいけない。人間は、ただ慰めのためだけに撃つのだ。桟橋にて、人々は細かい雨に身を屈め、積荷を載せた自動の艀を迎えた。その中には地元の漁とビジネスのオーナ

        • 『民俗小説 異教徒』- 蜃気楼 章 - 概要(後半)

          第五章 蜃気楼(後半) お昼時から、集落では日本人訪問団を待っていた。夕方、太陽がホッカイドウの山々に沈むとようやく、岸から半マイルほどの仮泊場に、白く優雅な小客船がやってきた。入り江の明るい休日を知らない労働者にとっては、美しすぎる船だ。普段見るのは、大砲や探査機のついた船、魚や油の悪臭のする船だけだ。日本人が男女三十五人、ジャーナリスト、聖職者、学生、東京と札幌の年金生活者が、二回の渡し船で運ばれ、クラブに連れて行かれた。そこには二日前から、平和の船を迎える横断幕が掛か

        『民俗小説 異教徒』- 脱出 章 - 後半 概要

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        • 民俗小説 異教徒
          11本

        記事

          『民俗小説異 教徒』- 蜃気楼 章 - 前半 概要

          第五章 蜃気楼(前半) 漁師スヴェジェンツェフは、次のことを自覚して生きていた。自分と同じように世界を見て感じる人は、自分の他には誰もいない。誰も自分のことを理解してくれない。自分は優しく傷つきやすい、ハートの形をした宇宙である。自分の周りに流れ込んだもの全てに包まれ、色々な液で満たされ、活気づけられるのだ。ロシア中どこにいても、大気、水、寒さや暑さ、物体、生き物、音、香り、沈思といったものが自分を包み、膜に流れ込んで一体化する。彼は自分を人格化し、インスピレーションを与え

          『民俗小説異 教徒』- 蜃気楼 章 - 前半 概要

          『民俗小説 異教徒』- 財産 章 - 概要

          第一章はこちら*作品についてはこちら*作家についてはこちら 第四章 財産 日の出から日の入まで、一日は一呼吸のように生きる。朝は南のモンスーンを吸って膨らみ、生と喜びに満ちる。夜は逆に、呼吸が途絶える。冷凍庫付きトロール船『平等号』の船長、デニス・グリゴーリエヴィチ・ゾシャートコは、四半世紀以上をそのように生きた。昼には何からも満足を得るように感じたが、夜になると別人になったかのように、暗闇の中で絶望と憂鬱に苛まれた。夜の二人目のゾシャートコは、当直中に水兵を見ると、丁寧

          『民俗小説 異教徒』- 財産 章 - 概要

          『民俗小説 異教徒』- 水と風 章 - 後半 概要

          第一章 火 第二章 土 第三章 水と風 前半 はこちらから 第三章 水と風 後半 何日か後、北東から二度目の台風がやって来た。その兆しとして、近隣の択捉島と色丹島が大気の遠域にくっきりと見えた。漁師たちは十分な準備ができていなかった。生き物は全て、海や陸の奥で息を潜め、大洋は積み重なって唸り、白い塊となって大気中を走った。漁師達はバラックで二十四時間待機したが、チャチャの仮泊場の仲間とは無線通信が途絶えてしまった。三日目の朝、まだ風の強い中、ベッソーノフは網を確かめ

          『民俗小説 異教徒』- 水と風 章 - 後半 概要

          民俗小説『異教徒』- 水と風 章 - 概要 前半

          第三章 水と風 島の岬は老人の額の形に似ていた。チャチャ火山のふもとで、漁師と大洋の戦争が準備される。そこでの死は、ツェントネルやトンで計られる。ヴィーチャがカセットテープの音楽をつけると、アザラシの群が劇場で観賞するように場所を占め、音楽に乗って飛び跳ねた。五十二歳、経験豊富な漁師のエディク・スヴェジェンツェフは、次のように見て取った。アザラシは耳も脳も介さずに音楽を聞いている。また、一定量の魚が罠にかかると、ふざけて意味もなく嚙みちぎるが、これは人間にそっくりだ。樽でタ

          民俗小説『異教徒』- 水と風 章 - 概要 前半

          トゥリャーニンに会ってきます

          トゥリャーニンに会ってきます

          ズレイハは目を開く

          ズレイハは目を開く Зулейха открывает глаза ヤヒナ・グゼリ 2015年 Яхина Гузель 大戦期ソ連の田舎。地獄のような強制送還の生活の中で、タタール人女性ズレイハが見出すのは人のやさしさと愛。ロシアで今話題の、感動を呼ぶ小説。 参照 あらすじ 1930年、タタール共和国の静かな村、ユルバシ。ズレイハは従順な妻で、厳格な夫とわがままな 姑のご機嫌をとるのに精を出す。また墓参りをして、死んだ4人の娘たちの魂をなだめること、正しい方法で蓄

          ズレイハは目を開く

          短歌。いい。 http://www.shintanka.com/shin-ei/kajin/kinoshita-tatsuya

          短歌。いい。 http://www.shintanka.com/shin-ei/kajin/kinoshita-tatsuya

          小説家為人―クズネツォフ-トゥリャーニン氏 インタビュー 2008年②―

          アレクサンドル・ヴラディーミロヴィチ・クズネツォフ-トゥリャーニン(Александр Владимирович Кузнецов-Тулянин) インタビュー 1963年トゥーラ出身の作家、ジャーナリスト。’90~’00年代のソ連・ロシアによる実効支配下の国後島漁村を舞台とした民俗小説『異教徒』(ロシア語原題 ”Язычник” )を2003年に発表、2006年に出版。ロシア国内にて複数の著名な文学賞にノミネートされる。 以下、«Терра – Книжный клу

          小説家為人―クズネツォフ-トゥリャーニン氏 インタビュー 2008年②―

          小説家為人―クズネツォフ-トゥリャーニン氏 インタビュー 2008年①―

          カバー写真:拙写 択捉島 2015年7月 アレクサンドル・ヴラディーミロヴィチ・クズネツォフ-トゥリャーニン(Александр Владимирович Кузнецов-Тулянин) インタビュー 写真引用 1963年トゥーラ出身の作家、ジャーナリスト。’90~’00年代のソ連・ロシアによる実効支配下の国後島漁村を舞台とした民俗小説『異教徒』(ロシア語原題 ”Язычник” )を2003年に発表、2006年に出版。ロシア国内にて複数の著名な文学賞にノミネートさ

          小説家為人―クズネツォフ-トゥリャーニン氏 インタビュー 2008年①―

          『現代の白痴』レビュー My Chitalkaより

          トゥリャーニンの長編『現代の白痴』(Идиот нашего времени:2012)を読了することはこの夏の課題。全部を読むのは非常に体力を使いますが、親切な英露バイリンガルの方がこの作品について英語でまとめて下さっていました。 My Chitalka 2014年5月30日 より 「現代という時代には、『まるで』による存在しかないかのようだ。人々は『まるで』友達がいるかのように、『まるで』家があるかのように、『まるで』国があるかのように、『まるで』生活があるかのように

          『現代の白痴』レビュー My Chitalkaより

          民俗小説『異教徒』- 土 章 - 概要

          第二章 土 赤ん坊が母親に吸いつくように、人は海に吸いつく。ベッソーノフは二十年前、学校の歴史の先生という職業に見切りをつけ、クリルの漁師となった。金髪の陽気な妻のポリーナは反対する母親を押し切って、一歳の娘を連れ、スーツケース一つでついて来た。ベッソーノフは、最初は仕事がなかったが、すぐに密漁を覚えた。「自分がすることは全て、自然が自分の腕を使ってすること」だと言い聞かせて自分をなだめ、食べきれなかった魚が腐敗するのを眺めた。イクラを大陸のポリーナの母に送って売ると儲かり

          民俗小説『異教徒』- 土 章 - 概要

          民俗小説『異教徒』- 火 章 - 概要

          両親に掲げて 第一章 火 人間の居住は、自然の奥深くに及ぶことがある。プカプカと大洋を進めば、波、雨、風、泡に終わりがなく、自然は無限であると分かる。障害を知らない空、雲、海に対し、島の火山、丘、集落、柵のように並んだ船はこれを遮る存在だ。岸辺、すなわち足場はどこか。大洋はどこか。島では全てがよく分からないものに耐え、岸に身をひそめている。夜になると、岸辺にはまばらに発電所の光が瞬き、島はまるで神に見放された孤児のようだ。小さな海辺の集落は、大国を救ったこともあったが、今

          民俗小説『異教徒』- 火 章 - 概要