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民俗小説 異教徒

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国後島に住んでいた現代ロシア人作家クズネツォフ-トゥリャーニン氏の代表作。2003-04年発表、2006年出版
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『民俗小説 異教徒』- 脱出 章 - 後半 概要

『民俗小説 異教徒』- 脱出 章 - 後半 概要

ベッソーノフは夕方まで彷徨した。岸には崩壊後のゴミが堆積していた。砂の中に捨てられた船の残骸や木材がすっかり腐り、錆びていた。波はこれらをゆっくり飲み込み、鉄と木をなめ、野生の状態に戻し、人間との接触を消した。ユジノクリリスクには何人か知人がいたが、事情を説明するのが億劫だった。彼はポケットに両手を突っ込み、襟を立て、冷たい風に耐えた。黒雲が這い入り、時々とげのある白い穀物が播かれた。どれだけの時

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『異教徒』作品構成

『異教徒』作品構成

クズネツォフ‐トゥリャーニン氏が国後島を舞台にして書いた長編小説『異教徒』(Язычник:2006年出版)は全2部6章 381ページより構成される。作者の実体験を元に、1980-90年代の国後島の日常的漁村生活をモチーフにして再構築されたことから、作家自身がこの作品は「民俗(学的)小説」"этнографический роман" であると記載している。それぞれの章に小題が付けられ、全体を一貫

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『民俗小説 異教徒』- 脱出 章 - 前半 概要

『民俗小説 異教徒』- 脱出 章 - 前半 概要

第七章 脱出 (前半)

ベッソーノフは、頻繁に生物の誕生と死を見た。その際には他人の喜びや悲しみを感じたが、「同情」「理解」という言葉では説明できなかった。喜びと悲しみ、善と悪、生と死、本質と無意味に満たされた外の世界と自分の間には、子供のころこそ落差があったが、大人になるにつれて自分が何に囲まれているのかが理解でき、感情を持たずにただ世界を感じることができるようになった。「私」と反世界の「彼ら

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『民俗小説 異教徒』- 権力 章 - 概要

『民俗小説 異教徒』- 権力 章 - 概要

第六章 権力
荷を積み過ぎた夏は南へと、暗い緑色の湿気たスカートにもつれながら、重い足を引きずって去っていった。ウミガラスやエトピリカなど極北に定住する鳥は皆、十月になると幾千もの群を成して飛んできて、入り江を覆った。ある人間が、漁船の船首に座り、高まりを抑えられず、銃で鳥の群を撃った。忌まわしい魚の魂が宿るため、海鳥を食べてはいけない。人間は、ただ慰めのためだけに撃つのだ。桟橋にて、人々は細かい

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民俗小説『異教徒』- 火 章 - 概要

民俗小説『異教徒』- 火 章 - 概要

両親に掲げて

第一章 火

人間の居住は、自然の奥深くに及ぶことがある。プカプカと大洋を進めば、波、雨、風、泡に終わりがなく、自然は無限であると分かる。障害を知らない空、雲、海に対し、島の火山、丘、集落、柵のように並んだ船はこれを遮る存在だ。岸辺、すなわち足場はどこか。大洋はどこか。島では全てがよく分からないものに耐え、岸に身をひそめている。夜になると、岸辺にはまばらに発電所の光が瞬き、島はまる

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民俗小説『異教徒』- 土 章 - 概要

民俗小説『異教徒』- 土 章 - 概要

第二章 土

赤ん坊が母親に吸いつくように、人は海に吸いつく。ベッソーノフは二十年前、学校の歴史の先生という職業に見切りをつけ、クリルの漁師となった。金髪の陽気な妻のポリーナは反対する母親を押し切って、一歳の娘を連れ、スーツケース一つでついて来た。ベッソーノフは、最初は仕事がなかったが、すぐに密漁を覚えた。「自分がすることは全て、自然が自分の腕を使ってすること」だと言い聞かせて自分をなだめ、食べき

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民俗小説『異教徒』- 水と風 章 - 概要 前半

民俗小説『異教徒』- 水と風 章 - 概要 前半

第三章 水と風

島の岬は老人の額の形に似ていた。チャチャ火山のふもとで、漁師と大洋の戦争が準備される。そこでの死は、ツェントネルやトンで計られる。ヴィーチャがカセットテープの音楽をつけると、アザラシの群が劇場で観賞するように場所を占め、音楽に乗って飛び跳ねた。五十二歳、経験豊富な漁師のエディク・スヴェジェンツェフは、次のように見て取った。アザラシは耳も脳も介さずに音楽を聞いている。また、一定量の

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『民俗小説 異教徒』- 水と風 章 - 後半 概要

『民俗小説 異教徒』- 水と風 章 - 後半 概要

第一章 火

第二章 土

第三章 水と風 前半

はこちらから

第三章 水と風 後半

何日か後、北東から二度目の台風がやって来た。その兆しとして、近隣の択捉島と色丹島が大気の遠域にくっきりと見えた。漁師たちは十分な準備ができていなかった。生き物は全て、海や陸の奥で息を潜め、大洋は積み重なって唸り、白い塊となって大気中を走った。漁師達はバラックで二十四時間待機したが、チャチャの仮泊場の仲間とは

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『民俗小説 異教徒』- 財産 章 - 概要

『民俗小説 異教徒』- 財産 章 - 概要

第一章はこちら*作品についてはこちら*作家についてはこちら

第四章 財産

日の出から日の入まで、一日は一呼吸のように生きる。朝は南のモンスーンを吸って膨らみ、生と喜びに満ちる。夜は逆に、呼吸が途絶える。冷凍庫付きトロール船『平等号』の船長、デニス・グリゴーリエヴィチ・ゾシャートコは、四半世紀以上をそのように生きた。昼には何からも満足を得るように感じたが、夜になると別人になったかのように、暗闇の

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『民俗小説異 教徒』- 蜃気楼 章 - 前半 概要

『民俗小説異 教徒』- 蜃気楼 章 - 前半 概要

第五章 蜃気楼(前半)

漁師スヴェジェンツェフは、次のことを自覚して生きていた。自分と同じように世界を見て感じる人は、自分の他には誰もいない。誰も自分のことを理解してくれない。自分は優しく傷つきやすい、ハートの形をした宇宙である。自分の周りに流れ込んだもの全てに包まれ、色々な液で満たされ、活気づけられるのだ。ロシア中どこにいても、大気、水、寒さや暑さ、物体、生き物、音、香り、沈思といったものが自

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『民俗小説 異教徒』- 蜃気楼 章 - 概要(後半)

『民俗小説 異教徒』- 蜃気楼 章 - 概要(後半)

第五章 蜃気楼(後半)

お昼時から、集落では日本人訪問団を待っていた。夕方、太陽がホッカイドウの山々に沈むとようやく、岸から半マイルほどの仮泊場に、白く優雅な小客船がやってきた。入り江の明るい休日を知らない労働者にとっては、美しすぎる船だ。普段見るのは、大砲や探査機のついた船、魚や油の悪臭のする船だけだ。日本人が男女三十五人、ジャーナリスト、聖職者、学生、東京と札幌の年金生活者が、二回の渡し船で

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