人それぞれの「幸せ感」〜どこでどう生きるのが幸せなのか〜 東京から愛媛移住して思うこと
愛媛移住して8年が経過する。
あっという間の8年だった。
東京に8年、愛媛に8年目。
年に数回、挨拶回りで東京に来るのだが、
羽田空港から都内に入る電車の中でいつも笑ってしまう。
ここではなかった
と(笑)
海の近くに住み、
少し走れば自然が点在する愛媛にいて、
いつも癒される。
コンクリートジャングルを見るたびに、
あー本当にここではなかったと思うのである。
人それぞれの幸せ感の中で生きる。
住むという意味では自然が欲しい。
刺激という意味では、日本の中心は来るたびに様変わりして面白い。
刺激をもらえるのは間違いない。
8年前、
自分はどう生きていたいのかを模索した。
東日本大震災を機に「今を生きる」と、
明日、死ぬかもしれないと想像する。
どうしていたい?
どう生きていたい?
どこでどう死にたい?
と考えていた。
明日というキーワード、
東京ではないと確信し、
8年前は毎日でもバス釣りができる環境にと、
旅行で訪れた愛媛にビビビとなり、
移住したのだった。
こんなことを言うたびに、
8年も何不自由なく生活できていることに感謝する。
有難い。
愛媛のお客様が支えてくれている。
人それぞれの幸せ感。
どう生きていたいかを明確にする。
一日をどう過ごしていたいのか、
明日死ぬかもしれない。
未来は誰にも想像できない。
震災の津波の映像が鮮明に脳裏に残る。
あの時、あの場所にいて、
もう無理だと思ったら、
何を思ってたのかを。
あれもこれもやっておけばよかったのか、
それともまー楽しく生きたから人生悔いなしなのか。
後者を選び、
大いに人生を楽しむ。
そしてこの世を去る。
人それぞれの幸せ感は、
他人と比較することではなく、
自分の心が決める。
画像はいつもの散歩道にある小さな山から見える景色だ。