哲学: 愚痴と思考は違う
誰でも愚痴りたくなる時もある。現状に不満だからだ。
そう思うことが悪いことではないのだが、愚痴は不満から始まり不満のまま終わる。
これが特徴であり、その不満は維持される。
それに対して思考は、同じように「不満」から始まるのだが「満足」で終わるという違いがある。
愚痴は、頭の中に浮かんだ「不満」を口にするが解決を望んでいるわけではない。
自然発生してくるので脳の代謝だといえなくもない。
思考は、同じように「不満」が頭の中に浮かぶのだが、こちらは能動的な意思によって解決したいと望むものだ。
愚痴を悪いものだと思いがちだが、悪いのは愚痴ではなく解決する意思がないことだ。
思考は一人で完結出来るが、愚痴は他人を必要とする。
思考は他人に知恵を与えることができるが、愚痴は他人の時間を奪ってしまう。
ぼくが「考えることと思うことは違うのだ」と言うことは、こういった違いを指している。
「思うこと」は、脳の代謝の際に生じる働きなのだろう。
そこから思考へつなげるには、不満という刺激が強いか能動的な意思を使うしかない。
思考を使わないと「不満」はいつまで経っても不満のままだ。
思考は「不満」を、解決という「満足」を得られるまで続く。
その答えは、自分だけの満足ではなく、皆の賛同を得られるという条件を満たしたものになる。
この意味はとても重要なのだ。