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治療的哲学:理想的な人生と思い通りの人生は違う

ぼくは最近気づいたことがある。それは、これまでの人生は、自分の思い通りに生きてきたということだ。

しかし、勘違いしてほしくないのは、望みのものが全て手に入った人生ということではない。むしろその反対で、うまくいかないことがたくさんある。

その度に修正して、納得しながら別の道を進んできたということだ。

まさに自分の思った通りの人生を歩んでいる。

ぼくは苦しいとか我慢だとか耐えることが嫌いなので、それを避けるために、いろんな努力をする。

どうやって楽をするかということばかりよく考える。
こうやって哲学のことを考えるのも楽をしたいからだ。事実、楽をしている。

いろんな人の悩みを聞くと、理想的な人生を望むことから、うまくいかない人生を選び取っているように思う。

理想的な人生のネタ元は、テレビや映画、漫画に物語ではないかと想像する。

実際に今ここで「自分の理想的な人生とは?」と想像して欲しい。

現実化する人生だろうか。修正すべき点はないだろうか。現実と願望を混同していないだろうか。

理想的な人生を望むより、思い通りの人生を選択することの方がうまくいく。

こんな簡単なことを誰も言わないで、難しい話やお説教、愚痴に悪口に嫉妬、成れるはずもないのに「夢は諦めなければ…」と調子のいいことばかり言う。

目標を持つことはいいことだが、思い通りの人生を進むことを知っておかないと、いつまで経っても「自分の人生は…」と嘆くことになる。

「理想的な人生」と「思い通りの人生」が別物だということを知っておいた方がいい。

そうすると、自分の方向転換の際に役に立つ


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