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なぜ私はミステリが好きなのか

隠れて呼んだ”綾辻行人”

 中学二年生のことだ。読書少年だった小学生の時とは打って変わって本を全く読まなかった私が、再び読書にのめり込む理由になった小説がある。

 現在は「殺人鬼 ‐‐覚醒篇」という名前で角川文庫から刊行されている。この小説、タイトルからも想像できる通りかなりグロテスクである。綾辻行人の緻密な描写から織りなす残虐シーンが連発され、14歳の私は背徳感を覚えながらも熱読していた。

 ある日の学校の授業中(確か公民だったか)に私がこの本を授業中に読んでいたところ、目ざとく見つけた教師が鬼の首を取ったように私の机まできて本を取り上げた。
 しかしそのタイトルを見るなり「……そうか」と言って去っていった。何と勘違いしたのだろうか。

 そんなこんなで無事最後まで読み進めることができた私は、この小説の最後のどんでん返しに見事衝撃を受け、綾辻行人ミステリのファン、もとい叙述トリックのファンになっていた。

時は流れて出会った”米澤穂信”

 高校生の頃は舐めるようにライトノベルを読んでいた私がであったのが、”氷菓”でおなじみの米澤穂信だった。TVアニメで氷菓を放送すると聞いて、私は「小説原作なら先に原作を履修しよう」と思い古典部シリーズを前作読破した。
 その時に感じた「些細な物事の変化も重要な事件に思わせてしまう物語運び」、そして「解決したのにスッキリしない、苦いトゥルーエンド」の魅力に取り憑かれた。瞬く間に米澤穂信作品を全巻購入し、すべてを読み尽くした私は、新たなミステリの扉を開くことができた。

”野崎まど”がこじ開けてくれた不条理な世界

 

 バーナード嬢曰くで言及されたから読んだ、というのが正直な理由だ。だがその不合理で不条理な世界観、それでいてツボを抑えたストーリー展開、想像だにしない結末。好きにならない理由がなかった。もちろんその他の作品もおもしろい。というか今回挙げた作者の小説はほぼ全て書籍として所有している。
 まるでバッターが逆のバッターボックスから打ち返すような話の展開は、どの作品でも楽しめる。まだまだ続きが気になる。

どう転んでもミステリが好きだった

 思い返してみると、好きな作家はミステリ作家ばかりだ。SFやファンタジーも好きだけれども、読んでいる間のワクワクがとまらないのは得てしてミステリだ。そのワクワクを感じるために読んでいるのだから、私はミステリが好きなのだろう。 

 もちろん今回挙げた作者以外の小説も読んでいる。ただ、「この人の作品が全て読みたい!」と思ったのはこの3人だ。願わくば、私自身もそう思ってもらえる作家になりたい。

 
 次回は好きなライトノベルでも書きたいな、と思っている。「狂乱家族日記」について書いてもいいですか?

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