アイルランドの異教的伝承「ブリクリウの饗宴」⑤(¶42~53)

私が翻訳したアイルランドの異教的伝承「ブリクリウの饗宴」(Fled Bricrenn)をここに掲載していきます。

【前回】


登場人物と用語の一覧はこちらにあります。適宜ご参照ください。


前回は¶32までで、急に¶の順番が飛んでいますが、これで問題ありません。このように順番が行ったり来たりすることがありますが、底本としている編集に基づいていますので、お気になさらず。


今回はアルスターの戦士達が隣国コナハトの王アリルのところへ問題を解決してもらいに行き、コナハトの女王メズヴとその娘がその様を描写するくだりまでです。


¶42

アルスターの者たちのクルアハン・アイへの進軍

するとアルスターの者たちはある場所で話し合いを持った、あの三人の英雄たちの、どれも等しい自尊心と、過剰なほどのうぬぼれとに関しての。そしてこの話し合いで、コンホヴァル王を取り巻くアルスターの貴族たちは、この問題を解決すべく、「英雄の分け前」と女たちの口論のため、彼らとともにアリル・マク・マーガハとメズヴのところへ、クルアハン・アイへ行くことを決めた。アルスターの者たちのクルアハンへの行進は、美しく、快適で、整然としていた。しかしそれなのに、その軍勢の後にクー・フリンは残り、アルスターの女たちを楽しませて、彼らみなを妨害していた。

¶43

クー・フリンの御者ロイグ・マク・リアンガヴラは彼と話すためクー・フリンが手わざを披露している場所に行き、こう言った。
「この哀れな嫌われ者よ、お前の情熱と勇気は消えてしまったようだし、〈英雄の分け前〉はお前のもとを離れて行った。アルスターの者たちはずいぶん前にクルアハンに行ってしまったのだぞ」
「全く気付かなかった、ロイグ。ならば戦車の準備をしろ」と彼は言った。ロイグは戦車の準備をし、彼らは戦車に乗った。
そして彼ら以外のアルスターの者たちの集団はそのときブレグの平原に到着していた。御者に急きたてられるやいなや、クー・フリンは光のような速さで移動した。ルドラッハの砦から、〈マハの灰色〉と〈サングリゥの黒〉がその戦車を引いて疾駆し、エーリゥ五大国のうちのコンホヴァル王の一つ(すなわちアルスター)を通り、フアドゥ山を通り、ブレグ平原を通っていった。そして結局、クルアハン・アイに最初にたどり着いた三つの戦車の一つは彼の戦車なのであった。

¶44

列になり、すさまじい勢いで、アルスターの戦士達は全員、コンホヴァル王とその他の小王たちを取り巻きながら、クルアハン・アイへ殺到した。大きな振動がクルアハンを襲い、城壁から武器が滑り落ち、地面に落ちた。そしてクルアハンの砦の軍勢の全員を振るわせた。そのため一人一人が戦争の真っ最中かのようであった。小川を流れる葦の束のように。
メズヴがすぐに言った。
「今日まで」彼女は言った。「私がクルアハンを我が物にしてから、雲もないのに雷の音を聞いたことはなかった。今この瞬間まで」
すぐにアリル王とメズヴ女王の娘であるフィナヴァルが進み出、砦の外側の門のところにあるバルコニーに入り、言った。
「私には平原で戦車を駆る戦士が見えます、お母さま」
「その者について説明しなさい」とメズヴは言った。「その姿と特徴と外見を、男の服装、馬の色、戦車の速さを」

¶45

「私に見えますは」フィナヴァルは言う。
「二頭の馬が、
 戦車に繋がれています。
 荒れ狂う、灰色の斑がある二頭の馬
 同じ色、同じ見た目
 同じ美質、同じ長所
 同じ速さ、同じ跳躍力
 耳が尖っていて、背が高く、活力に満ち
 獰猛で、しなやかで、鼻づらは細く
 たてがみはふさふさで、額は広く
 斑があり、腹は細く
 背は太く、獰猛で
 長いたてがみも尻尾の毛もカールしています。
 がっしりして表面の滑らかな戦車。
 回転する二つの黒い車輪。
 二本の織り合わされた優美な手綱。
 剣のように真っ直ぐで硬い軸。
 目立つしっかり接合された鉄板。
 銀のように固く浮き彫りされた轅(ながえ)。
 二本のひだの付いた、際立つ黄色い手綱
 美しくカールした長い髪の男が戦車に乗っています。
 三色の房のある髪です。
 毛根に近い方は黒い髪、
 真ん中では血のような赤、
 そして尊い黄金色の
 髪がその上にかぶさっています。
 髪は三つの輪をつくっています
 彼の頭の周りに、ふさわしい配置で、
 それぞれが隣り合っています。
 仕立ての良い真紅の上着を着、
 そこに五つの、黄金のように輝く銀製の円いブローチを留めています。
 装飾を施された、強烈な一撃を繰り出せそうな盾、
 その縁は白く輝く琥珀金 、
 五つの先端を持つ槍が
 その手の中で赤く燃えています 。
 野鳥が真っ直ぐ飛んでいます
 戦車の車体の上を。

¶46

「我々はその男を知っている」とメズヴは言った。
「戦士の王、
 勇敢なる古の法の守護者、
 ズキンガラスの船、
 破壊の光、
 復讐の火、
 英雄の顔、
 戦士の表情、
 竜の心臓、
 我々をバラバラに切り刻む
 鋭く傷をつける勝利の英雄 、
 それは赤い腕持つ狼色のロイガレ、
 鋭い刃で顎髭を切り 、
 返す刃で地面に血を流す者 」
「私は私の民人の誓うものに誓う」とメズヴは言った。「もしロイガレ・ブアダハが、鋭い刃でネギを切って地面に落とすかのように、戦いの怒りとともに我々のところに来るのならば、彼はクルアハン・アイにいる者全員を効率よく皆殺しにするだろう、もし熱と力と怒りが彼自身の意志の下に満足し、その敵意がやわらがなければ」

¶47

「私には平原を走る別の戦車も見えます、お母さま」と娘(すなわちフィナヴァル)は言った。「ここに来るその速さは、ロイガレに全く劣りません」
「その者について説明しなさい」とメズヴは言った。(「その姿と特徴と外見を、男の服装、馬の色、戦車の速さを」)
「私に見えますは」と彼女は言う。
「一方の馬は
 戦車に繋がれています。
 白い頭の、茶色の馬
 頑丈で、素早く、火のように激しく
 飛び跳ねていて、蹄と胴が大きく、
 力強く勝利を誇り地面を踏む
 浅瀬を走り、河口を渡り、
 家屋を通り、開けた場所を抜け、
 平原を駆け、谷あいを駆ける、
 大胆に、勝利を追って。
 彼の足取りを辿ることができます
 その上を飛んでいる鳥の様子から。
 私の尊い言葉も及びません
 力強く前に進む
 彼の行軍を言い尽くす栄誉には。
 もう一頭の馬は赤く、額が広く
 たてがみに房があり、カールしていて
 背は広く腹は細く、荒々しく
 蹄は力強く攻撃的です 。
 彼は大平原を行きます
 原野と荒れ地の間の。
 彼はいかなる困難にも出くわしません
 その木々の生えた土地では、まるで整備された道を行くかのように。
 がっしりして表面の滑らかな戦車。
 二つの白い真鍮の車輪、
 銀で鍍金された白い車軸、
 キーキーと鳴る車体、
 優美な浮き彫りが施された堅固な轅(ながえ)、
 房の付いた硬く黄色い手綱。
 美しくカールした長い髪の男が戦車に乗っています。
 半分が赤く、半分が白い顔。
 清潔な白い首巻。
 深い青と茶紫色のマント。
 中央に黄色い突起のある褐色の盾、
 青銅で装飾されたその縁。
 燃えるように赤い輝きが
 その燃えるように赤い拳から放たれています。
 野鳥が真っ直ぐ飛んでいます
 茶色い戦車の車体の上を」

¶48

「我々はその男を知っている」とメズヴは言った。
「獅子のうめき声、
 戦士の激しい熱情、
 良き砥石
 他に抜きんでた技術。
 激しい戦いを仕掛ける
 頭には頭を、
 技には技を、
 戦いには戦いを。
 必ずや我々をばらばらに切り刻む。
 模様のある魚を殺すかのように、
 赤い砂の上で。
 フィンホイムの息子が我々に対する
 怒りをかきたてられているならば。
私は私の民人が誓うものに誓う、赤い板石の上で模様のある魚を鉄のフレイルで殺すように、彼が我々に怒りを抱けば、最小の打撃で我々を殺すことだろう」
「私には平原を走る別の戦車も見えます」と娘は言った。
「その者について我々に説明しなさい」とメズヴは言った。(「その姿と特徴と外見を、男の服装、馬の色、戦車の速さを」)

¶49

「私に見えますは」と娘は言った。
「一方の馬は
 戦車に繋がれています。
 それは臀部の大きい灰色の馬
 気性が荒く、俊足で、飛ぶように速く
 活力に満ち、戦士のように飛び跳ね
 鬣(たてがみ)が長く、体は大きく
 雷のようで、騒々しく、弓形の鬣を持ち
 背は高く、胸は広いし
 力強い蹄は芝を燃やし
 その硬い四つの蹄の下で
 円を描いています 。
 その馬は素早い鳥の群れを追い越します。
 道の上を走ります。
 蒸気を上げる馬は
 鳥の群れと距離を開けます。
 燃える炎のようなきらめきが
 その鼻づらの先の口で燦然と輝きます。

¶50

 もう一頭の馬は暗い褐色で硬い頭
 筋肉質で、脚は細く、蹄は大きく
 活力に満ち、機敏で、速く、鬣は長く
 背は広く、臀部はがっしりし
 体は大きく、素早く、怒りに満ち
 耳が強く、力が強く
 鬣が長く、カールし
 愛らしいく長い尻尾。
 彼は戦いを求めてこの地で馬を駆ります。
 馬は草地を素早く進み
 破壊をまき散らし
 谷底の平原を風のように駆けます。
 滑らかで美しく金属製の輪のついた戦車、
 二つの鉄製の黄色い車輪、
 琥珀金の輪のついた車軸、
 屈曲した谷のように細い車体、
 浮き彫りを施された固い黄金の轅、
 固い黄色の房の付いた二本の手綱。

¶51

 戦車には肌の浅黒い、水も滴るいい男
 エーリゥの男たちの中で最も美しい。
 仕立ての良いぴったりの真紅の上着を着ています。
 黄金のブローチが
 上着の襟のところの
 白い胸の上に留められていて
 勢いよくぶつかっています。
 竜の石に似た八つの宝石が
 彼の二つの虹彩の上にあります 。
 黒々と輝く血のように赤い二本の眉。
 火花と身体から立ち上る 湯気が輝いています。
 彼は九人の戦士に匹敵する英雄の技
 「英雄の鮭跳び」をします
 自分の一台の戦車に乗った戦士の上で。
 それは実際にわか雨の前の一滴です 」と彼女は言った。

¶52

「我々はその男を知っている」とメズヴは言った。
「海の石臼、海獣の怒り、赤き火の破片、
 名高き熊のように全てを破壊する波、
 大いなる獣の大いなる興奮、
 大戦争における輝かしい勝利。
 不公平な戦いにもかかわらず、
 傷をつける気高き破滅の一撃を見舞う。
 熊の怒り、百人の虐殺
 詩に、彼は謡われ
 技には技を、頭には頭を。
 正しく唄え、勝利の、勇気ある英雄を。
 その者はクー・フリンに瓜二つ。
 彼は我々を磨り潰す、製粉器が良い麦芽をそうするように」
「私は私の民人の誓うものに誓う」とメズヴは言った、「もし彼、クー・フリンが怒りとともに我々のもとへ向かっているのならば、十の射水路を持つ製粉器がとても固い麦芽を磨り潰すように、そのようにあの男は我々を一人で肥えた土と砂利に磨り潰してしまうだろう、もし五大国の全ての者が我々とともにクルアハンにいたとしても、彼の怒りと力が宥められるまでは」

¶53

「そしてその後には誰が来ている?」とメズヴは言った。
「腕と腕を、」と娘は言った、
「わき腹とわき腹を、
 服と服を、
 肩と肩を、
 盾と盾を、
 車輪と車輪を、
 車軸と車軸を、
 戦車と戦車をくっつけて
 彼ら全員は来ています、優しいお母さま。
 素晴らしい馬の突撃、
 敗れた密集隊形の敗走、
 激しい興奮の嵐、
 偉大な名声につぐ偉大な名声 を持ち、
 大地を揺るがし、
 力強く、重々しく踏みつけて行きます」
「裸の白い肌の女たちが男たちの方へ向かっている」とメズヴは言った。
「乳房をむき出しにし、全裸で、まぶしく
 結婚できる年齢の乙女たちをたくさん伴って。
 街の周りの防塁を開かせ、
 中の街に口を開けさせて。
 大桶は水をなみなみと湛え、
 ベッドは整えられ、
 たくさんのきれいな食べ物
 良質な酔いをもたらす
 最上級の酒、
 戦士の一団に用意された食べ物。
 やってくる戦士達たのめの。
 きっとそれでも我々が殺されはしないだろう」


【続く】

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