アイルランドの異教的伝承「ブリクリウの饗宴」④(¶25~32)

私が翻訳したアイルランドの異教的伝承「ブリクリウの饗宴」(Fled Bricrenn)をここに掲載していきます。

【前回】


登場人物と用語の一覧はこちらにあります。適宜ご参照ください。


女たちの争いで宴会の館がめちゃくちゃになり、女たちが入ってきて大変な口論が発生します。


¶25

アルスターの女たちの口げんか(承前)

酔っぱらった戦士達は、女性たちの話を聞いて立ち上がった。すると、この館の中にいた男たち、すなわちロイガレとコナル・ケルナッハは空間を作った。外側に面している館の棟木の内の一本を壊し、自分たちの方に来られるような道を開けたのだ。するとクー・フリンは、内壁の下から空の星が見えるようにするため、寝椅子の反対側で館を持ち上げた。その結果できた道を、彼の妻と50の3倍の数の女たちが同時に通った。すなわちエウェルの50人の女たちと、他の二人の女、すなわちフェヂァルウとレナヴァルに付き添っていた50人の女たちである。これはエウェルが他の女と同じ立場にならないようにするためである。なぜなら彼自身も他の男と同じ立場ではないのだから。そしてクー・フリンは館から下に降りた。すると女たちが、地面に突き立った枝細工でできた垣を越えて、男一人分の距離を通って行けた。そしてまた彼は、館全体を揺すり、ブリクリウのテラスを地面にひっくり返してしまったのだった。その結果、ブリクリウ自身とその奥方は落下してしまい、館の周りの農地に積まれた、犬が囲む糞便の山に突っ込んでしまった。
「ああ、なんと!」とブリクリウは言った。「敵が館を襲撃した!」素早く立ち上がりながら。
彼は館の周りをめぐり、館の傾きと歪みの具合を見た 。すると彼は自分の掌を叩き、館の中に入った。彼があまりに汚れていたので、アルスターの男たちの中に彼に気付いた者はいなかった。彼らが気付いたのは彼のしゃべり方故であった。

¶26

ブリクリウは館の中から彼らに言った。
「私は不幸にもこの宴会をお前たちに準備してやってしまったものよ、アルスターの者たちよ」と彼は言った。
「我が館は私にとって、私の他のどの家よりも厄介もののようだ。ならば、お前たちが道中で偶然見つけたかのように、この館を去るまで飲食と睡眠をお前らにとっての〈ゲシュ 〉としよう 」とブリクリウは言った。
アルスターの戦士達はみなすぐに館の中で立ち上がり、真っ直ぐに戻そうと館を揺すりはじめたが、十分に持ち上げられなかったため、風が彼らと地面との間に吹き渡った。アルスターの男たちは途方に暮れてしまった。
「お前たちのために言えることは、私には他に何もない、それ(館)を曲げたままにしていった男(クー・フリン)以外は。真っ直ぐに戻してくれと彼に頼むがいい」とシェンハ。

¶27

アルスターの男たちはクー・フリンに館を真っ直ぐにするように頼んだ。ブリクリウが言った。
「おお、エーリゥの戦士の王よ、もしあなた様が元のように真っ直ぐに戻さなければ、この世界には元に戻せるものはいないでしょう」
アルスターの男たちは全員、彼の足元に跪き、なんとかしてくれと祈った。人びとが飲み食いせずに宴席にいる状態を解消するため、クー・フリンはすぐに立ち上がった。クー・フリンは館を持ち上げるために揺らしたが、できなかった。すぐに彼の体は歪み、一本一本の毛の毛根から血の滴が沁み出し、その頭髪は引っ込み、黒い頭頂部が見えるようになった 。彼の体は石臼のように回転し て伸び、その結果、肋骨どうしの隙間が、若い戦士の足が入るほどに広がった。

¶28

超自然的な力と彼の守護霊が彼のところに集まり、彼は館を持ち上げ、元のように真っ直ぐに置き直した。
そしてその後は穏やかに宴会が続いた。(地位の低い)王と首長たちは名高きコンホヴァル王、アルスターの素晴らしい高王 の周りの(館の)片側に座り、高貴な女性たちは反対側に座った。座っていた女性たちは以下の通りである。
ムガン・アデェンハイスリャッハ、エハッハ・フェズリャッハの娘、コンホヴァル・マク・ネサ王の妻
フェヂァルウ・ノイフロサッハ、コンホヴァル王の娘(彼女には9つの容姿があり、それぞれが他の者のより優れている)
フェヂァルウ・フォルドゥハイン、コンホヴァル王の別の娘、ロイガレ・ブアダハの妻
フィンベッグ、エハッハ の娘、ケスリャン・マク・フィンタンの妻
ブリーグ・ブレサッハ、ケルトハル・マク・ウシャハルの妻
フィニャギャ、エハッハの娘、エォーガン・マク・ドゥルサフトの妻
フィンホイム、カスバズの娘、アウァルギャン・イアルンギウナッハの妻
デェルブ・オルガル、エウィンの三人の白き者の息子、赤縞のルグダッハの妻
エウェル・フォルドゥハイン、フォルガル・モナッハの娘、スアラウの息子クー・フリンの妻
レナヴァル、エォーガン・マク・ドゥルサフトの娘、コナル・ケルナッハの妻
ニアヴ、ケルトハル・マク・ウシャハルの娘、コンホヴァルの息子コルマク・コン・ロンガスの妻
その場にいた高貴な女性たちは数え切れないほど多かった。

¶29

高貴な女性たちが夫と自分自身を自慢する口論で館はいっぱいになり、その結果コナルとロイガレとクー・フリンはいまにも再び戦い始めるところだった。シェンハ・マク・アリェラは立ち上がり、シェンハの杖を打ち振り、アルスターの者たちは皆彼の方を向き、彼は女たちを叱責してこう言った。
「私はお前たちを非難する、アルスターの戦士達の名高く優れた妻たちよ。
 言い争いを止めよ。さもなくば男たちの顔が青くなるぞ、
 英雄的な虚栄心からくる戦いの激しさのあまりに。
 女たちの過ちのために、男たちの盾は真っ二つに裂けるのだ
 男たちは戦い、恐ろしい殺し合いになり、憤怒にみちた戦いとなる。
 お前たちの貞操が普段からだらしないゆえに、
 男たちは自分たちにはどうにもできないことを始め、自分たちの望まないものを望むのだ。
 私はお前たちを非難する、戦士達の名高き妻たちよ」

¶30

エウェルが答えて言った。
「私は間違っておりません、シェンハよ、
 私は美しき英雄の妻です。
 クー・フリンは美しさと敏感さにおいて優れています、
 修行を完璧に終えてから 。
 その技はリンゴの技、亡霊の技、
 奇形の技 、猫の技、
 気高き戦車戦士を赤く曲げること 、
 雷の槍の業、素早い技、
 剣の勇猛さ 、戦士の雄叫び、
 車輪の技、刃の技、
 槍の上に乗ること、
 体を真っ直ぐに伸ばすこと。
 クー・フリンにかなう者は見つからないでしょう、
 年齢と成長と愉快さで 、
 声で、賢さで、血筋で、
 愉快さと雄弁さで、
 武勇で、勇気で、技で
 怒りで、才能で、戦いの知識で、
 狩りで、槍投げの狙いの正確さで、素早さで、力で
 9人の男の技を伴う狩りの獲物の屠殺で、
 クー・フリンにかなう者は」

¶31

「その通り、クー・フリンの妻よ」とコナル・ケルナッハは言った。「ここに来るんだ、手癖の悪い坊主。俺たちと戦えるようにな」
「いいや」とクー・フリンは言った。「俺は今日はもう粉々になるほどに疲れた。だから食べて眠りたい」
それは実際本当だった、その日はフアドゥ山の灰色の湖のそばで〈マハの灰色〉という馬に会った日だったからだ。クー・フリンはそこにやってきて、その馬の首に両腕を回した。すると彼らは取っ組み合いの格闘を始め、そのままアイルランド中を駆けずり回り、その夜ルドラッハの砦のブリクリウのところへ、その俊足で調教された馬に乗ってやってきた。彼が〈サングリゥの黒色〉という馬を見つけたのも同じやり方だった。

¶32

クー・フリンは次のように言った。
「俺と〈マハの灰色〉はエーリウの大地を一日中歩き回った」と彼は言った。「ミヂァのブレグ、ムリャスク、ムルセウネ、マハ 、メズヴの平原、クリャッハ、クレチャッハ、ケルナ、アズニャ、アグリャ、アサル、リア、リニャ、ロハルナ、フェア、フェウェン、フェルグナ、コルン、ウウァル、イルス、ドムナン 、キェラ、マインマグ、ムクラウァ、テェンマグ、トゥルヘ、トゥリャヂァ、テェスヴァ、トゥラフドゥガ、タルチゥ 、テェウァル 、クアラ、ケルウナ、ロス・ロシュグニャ、ロス・クリェー、アンマグ・ネォ。眠りは俺にとってはどんな技よりも好ましいし、食べるのはどんなものよりも価値がある。俺は我らの民が誓う神に誓う、俺の睡眠と食事が満たされたら、一対一の戦いは俺にとって遊びでしかなくなるだろうと」
「よかろう」コンホヴァル王は言った。「もうたくさんだ 。ブリクリウの宴会は続けられなければならない 。館から食べ物と飲み物が持ってこられ、暴力は抑えられ、宴会は終わる」
彼が言ったようになされ、三日三晩の終わりまで穏やかであった。


【続く】

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