アイルランドの異教的伝承「ブリクリウの饗宴」⑩(¶33~41)

私が翻訳したアイルランドの異教的伝承「ブリクリウの饗宴」(Fled Bricrenn)をここに掲載していきます。

【前回】


登場人物と用語の一覧はこちらにあります。適宜ご参照ください。


今回は、裁定を求めにクー・ロイ・マク・ダーリェを訪う途中、平原で突如立ち込めた霧の中から巨人が出てくるエピソードです。


¶33

「私の要求は」とシェンハ曰く、「お前たちに他の場所で裁定をもらえる当てがないのなら、クー・ロイ・マク・ダーリェのところへ行くのだ。彼ならば敢えてお前たちを裁きもしよう」
故にシェンハの続けて曰く――
「その男は値する
 あらゆる者への判決に、
 厳格なるダールの息子、
 高貴なる車輪のクー・ロイならば。
 過ちの蔓延れる時、
 彼の者は真実の証を立てる、
 彼の気高く高潔な男、
 尽きぬ歓待を示す富者の中の富者、
 向こう見ずな戦士、
 いと高き高王なり。
 彼はそなたらに真実を示す、
 それこそが偉大なる者の定め」

¶34

「わかった、わかった」とクー・フリン。
「俺もわかった」とロイガレ。
「行こう」とコナル・ケルナッハ。
「ならお前の馬に行かせよう、コナル」とクー・フリン、「そしてお前の戦車を用意しろ」
「そうしよう」とコナル。
「よし!」とクー・フリン。「お前の馬の頭の悪さは誰でも知っている。お前の歩くのと準備するのがもっと遅いのも。お前の戦車の歩みはもっとずっと遅いから、大きな戦車の二つの車輪がどっちも轍を掘って、お前の戦車が走る道は全部、アルスターの戦士達にとって一年分の長さの轍を残すことも、皆知っている、コナル」

¶35

「聞こえたか、ロイガレ」とコナル。
「残念ながら」とロイガレ。
「俺を馬鹿にするなよ。俺の名誉を傷つけるな、コナル」とクー・フリン。
 「俺は素早く動く
  浅瀬で、多くの浅瀬で、
  争いの真っただ中
  アルスターの戦士達の面前にいる。
  俺にとっては何でもない、
  王の前に立つことも、
  俺は戦車を駆る達人、
  戦士の前を、戦車に乗る戦士の前を、一台の戦車の前を、
  難しい場所で、荒れた道で、
  森の中で、敵地で、戦車を駆る。
  どんな戦車の御者も一台では
  俺の前を通らないような場所で」

¶36

すると彼の馬はロイガレのところに行き、ロイガレは馬を戦車に繋ぎ、跳ねさせた。彼は外に向って行く馬にまず突き棒をくれてやり、アルスターから「ダー・ガヴァルの平原」を横切り、「監視者の裂け目」を横切り、「フェルグスの戦車の浅瀬」を横切り、「モーリーガンの浅瀬」を横切り、「四辻」の「森の隠れ家」にある「ダー・ダムの牧草地のナナカマド」へ、「デルガの砦」の道を通り、「切り開かれた平原」を渡り西へ、花の光る「ブレグ山」へ。
そこで、暗く厚く重い黒雲が立ち上り、ロイガレの周りに暗く黒い霧が立ち込め、見通しが悪くなった。ロイガレは自分の御者にこう言った。「戦車を止めて馬を軛から離せ。そうすれば突然出て来たこの霧が晴れる」御者はそのようにした。この若者は近くの草地で馬を軛から離し、馬と戦車を見張った。

¶37

若者がそこにいる間、一人の巨人が向かってくるのを目にした。その姿は凄まじかった。その巨人は頭頂部が広く、声が大きく、目が飛び出ており、ヒゲがもじゃもじゃで、醜く、しわしわで、眉が生い茂り、見苦しく、不愉快で、がっしりして、乱暴で、せかせかして、高慢で、快活で、鼻息が荒く、腰が大きく、腕が太く、強壮で、愚かで、粗野で、ごつごつしていた。黒い禿げ頭がのっかっており、褐色の外套を身に着け、尻までを覆うチュニックを着て、汚れてぼろぼろの古ぼけた何かを足に巻いていた。巨人はまるで水車の軸のような大きな棍棒を背負っていた。

¶38

「あの馬は誰のものだ、若造?」とその巨人は彼を見つめながら怒りとともに言った。「ロイガレ・ブアダハの馬だ」と若者は答えた。「その馬の所有者は優れた男だ、実に」と巨人は言った。それはまるで、棍棒を頭上に振り上げ、踝から耳まで若者を打ち据えながら話しているかのようだった。若者は叫んだ。その時、ロイガレ・ブアダハが到着した。「なぜその若造を脅かしているのだ?」とロイガレは言った。「草地を荒らしたからだ」とその醜い男は言った。「ならば俺自身が相手をしよう」とロイガレ。彼らは取っ組み合った。その後ロイガレは逃げ出し、馬も御者の若者も、武器も置いていき、エウィン・ウァハにたどり着いた。

¶39

それから少しして、コナル・ケルナッハが同じ道をやってきて、魔法の霧がロイガレを取り巻いた地点にたどり着いた。同じ暗く厚い黒雲がコナル・ケルナッハの頭上に再び現れ、上も下もわからなくなった。するとコナルは戦車から飛び降り、御者の若者が同じ草地で馬を軛から離した。それからしばらくしないうちに、同じ巨人が彼のもとに来た。彼は若者に、なぜ御者がここにいるのか尋ねた。彼は「私はコナル・ケルナッハの従者だ」と答えた。「優れた男だ」と、腕を持ち上げながら巨人は言い、御者の若者を耳から踝まで殴った。若者は叫んだ。その時、コナル・ケルナッハが来た。彼と巨人は取っ組み合った。巨人は力強かった。ロイガレが武器も御者も馬もおいて逃げたように、コナルは同じように逃げ、エウィン・ウァハにたどり着いた。

¶40

その後クー・フリンが同じ道を行き、同じ場所にたどり着き、前の二人と同様に、黒い霧が立ち込めてきた。クー・フリンは戦車から降り、ロイグが馬を草地に離した。それからしばらくしないうちに、同じ巨人が彼らのところに来て、なぜ御者がここにいるか尋ねた。「俺はクー・フリンの従者だ」とロイグは答えた。「優れた男だ」と言いながら、巨人は棍棒を振りおろした。ロイグは叫んだ。その時クー・フリンが来て、巨人と取っ組み合った。巨人は馬と御者を諦め、クー・フリンは友の馬と御者と武器を持って帰り、大勝利とともにエウィン・ウァハにたどり着き、所有者であるロイガレとコナル自身にそれらを返した。

¶41

「〈英雄の分け前〉はあなたのものです」とブリクリウはクー・フリンに言った。「あなたたち〔訳注:ロイガレとコナル〕の行いが彼のそれに比ぶべくもないのは明らかだ」「それは違う、ブリクリウ」と彼らは言った。「なぜならば、俺たちは知っているからだ。超自然的存在の集団の友人たちの一人が来て、〈英雄の分け前〉のことで俺たちに魔術をかけて、恥をかかせたことを。だから俺たちは〈英雄の分け前〉を諦めないぞ」
アルスターの者たちとコンホヴァル王とフェルグスは〈英雄の分け前〉が誰のものであるべきか決めかねて、取り得る選択肢はクー・ロイ・マク・ダーリェのところへ送るか、クルアハン・アイのアリルとメズヴのところへ送るかのみであった。(訳注:本稿の順序ではクルアハンへは既に行っているが、写本の順序ではこの後クルアハンへの進軍(¶42~)が始まる。しかし編者のSlotkinによれば、この¶33-41の霧の巨人のエピソードは、元々クー・ロイのところへ行く途中にあり、写本の書き手とは別の手によって改竄された結果、クルアハンへの進軍の前に移動されたようである。Slotkinの主張するこのエピソードの本来の位置は、¶33冒頭のシェンハの言葉から確認できる。)


【続く】

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