アイルランドの異教的伝承「エウェルへの求婚」(アルスター物語群)④:¶28~41

私が翻訳したアイルランドの異教的伝承「エウェルへの求婚」(Tochmarc Emire) をここに掲載していきたいと思います。

【前回】


今回は、クー・フリンとエウェルの謎めいた会話をクー・フリン自らが解説する場面の前半です。ここで言及されているのは¶17の地名の列挙です(エウェルへの求婚②参照)。かなり長大ですが、神話の断片が含まれており、読みごたえがあります。固有名詞がたくさん出てくるので、できるだけ名前の意味を調べて書いておきました。


クー・フリンが謎めいた会話を説明する

¶28
その気取った言葉のやり取りの後、クー・フリンは彼女たちの元から去り、その日もうこれ以上の会話はなかった。クー・フリンがブレグに向けて戦車を駆っていると、御者のロイグが彼にこう聞いた。
「それで」と彼は言った、「あなたとあの娘エウェルが交わした言葉、あれは何を言おうとしてたんですか?」
「お前にはわからなかったろう」とクー・フリンは言った、「俺がエウェルに求婚していたことが。それに他の娘たちが話の内容を理解して、父フォルガルがこのことを知り、俺が彼の意志に従って結納金を払うことにならないように、俺は話の内容を隠したのだ」

¶29
クー・フリンは道の長さを紛らわすために、御者に会話をはじめから繰り返し、彼に説明した。「『その方(クー・フリンのこと)はどこから来たのでしょう』と彼女が言ったとき俺が答えた『インチヂゥ・エウナから』というのは、『エウィン・ウァハから』という意味だ。そしてあそこがエウィン・ウァハと呼ばれるのはこういうわけがある——
インボスの息子サンリャスの娘マハ、アグノーマンの息子クルンフーの妻、彼女が強く望まれて王の二頭の馬と競争し、それらの前をギャロップして行き(すなわち競争に勝ち)、男児と女児を一度に産んだ。その双子(エウィン)からエウィンと言われ、そしてそのマハからマハの平原と言われる。

¶30
またあるいは、エウィン・ウァハ(あるいはマハの平原)というのはこの話にあるようなことからである。エーリゥをともに統治していた三人の王。彼らはアルスターの者であった。すなわちミヂァのウシュナッハから来たデウァンの息子ディソルヴァ(訳注:díthoraid「実りや子孫がない、不毛・不妊の」から?)、ティール・アイダ(「火の国」)に住まうアルギャットマールの息子アイド・ルアド(「赤き火」)、フィンナヴァル・マギャ・ヒニス(「島の平原のフィンナヴァル」)に住まうアルギャットマールの息子フィンタンの息子キンバイスである。エフダッハ・ブアダッハ(エフechは「馬」、ブアダッハbúadachは「勝利の」)の息子ウガニャ・モール(「偉大なるウガニャ」)を育てたのは彼である。この男たちは友好な関係を築いていた——それぞれ7年ずつ玉座に座ったのである。彼らの間には7の3倍の抵当があり、7人のドルイドがおり、7人の詩人がおり、7人の領主がいた。この7人のドルイドは風刺詩で彼らを永遠に皮肉り、7人の詩人は彼らを馬鹿にし、嘲り、警告し、7人の首長は傷をつけ、激しい苦痛を与える、7年の終わりまでその男が逃げるまで、真の統治を守るため。すなわち毎年の実り、赤き色の衰えることなく、身内の女の死ぬ事のない統治を。一人ひとりがそれぞれ三回ずつ、すなわち66年間王位に就く。アイド・ルアドが最初に滅びた。というのもエス・ルアズで溺死し、その結果彼の死体がそのシー(異界)に置き去りになり、そこからシー・アイダ(アイドのシー)とエス・ルアズというのである。そして彼の係累は残っていないのである、名をマハ・モングルアズ(「赤い髪のマハ」)という彼の娘を除いて。
そのため彼女は然るべき時に王座を要求した。キンバイスとディソルヴァは、女に王座は与えられないと言った。彼らの間に戦いが起こった。マハが彼らを打ち破った。彼女は王座にある7年の期間を使い果たした。その間にディソルヴァが滅びた。彼は5人の高貴な息子を残した。バイス、ブラス、ベダッハ、ウアラッハ、ボルヴハスである。彼らは王座を欲した。マハは、彼らに王座は与えられないと言った。「私は契約によって王座を得たのではなく、戦場で力によって得たからだ」彼らの間に戦いが起こった。マハがディソルヴァの息子たちを打ち破り、首の虐殺が残った。その結果彼らはコナハトの荒野に追放された。それからマハはキンバイスを己の夫とし、己の傭兵団のリーダーとした。
マハとキンバイスがともにともにアイルランドを治めていたとき、マハはライ麦をこねた生地と泥とを体中にこすりつけ、らい病の女に変装してディソルヴァの息子たちを探しに行った。彼女はコナハトの岩がちな土地で猪を焼いている彼らを見つけた。彼らは彼女に話を求め、彼女は彼らに語り、彼らは火の傍で彼女に食べ物を与えた。彼らの一人が言った。「この女の目は美しい、我々は彼女と供寝する」
彼女は彼を森に連れて行った。彼女はそのディソルヴァの息子の一人を力づくで縛り、彼を森の中に残していった。彼女は火のところに戻って来た。「あいつはあなたとどこに行ってたんだ?」と彼らは聞いた。「彼は恥ずかしくなってあなたたちから逃げてしまいました」と彼女は言った、「らい病の女と寝た後ですから」「恥ずかしく思うことはない」と彼らは言った、「俺たち全員が同じようにするのだから」
彼女は彼らを全員森の中に連れて行った。彼女は彼ら全員を一人一人縛り、一つに縛ってアルスターに連れて帰った。アルスターの人びとは彼らを殺すせと言った。彼女は言った。「殺しはしない。私の統治の正しさを侵すものだからだ。しかし彼らを奴隷の身に堕とし、私の周りに塁壁を造らせ、永遠にアルスターの最高の砦となすのだ」それ故彼女はブローチで砦を築く範囲の線を引いた。それは背中の上の方で外套を止めるブローチであり、すなわちマハの背中のブローチである。真実、この故事にちなんでエウィン・ウァハというのである。

¶31
「俺が言った男は」と彼は言った、「その家で我々は寝たのだが、彼はコンホヴァル王の漁夫だ。その名前はロンクという。彼は釣り糸を海の下に垂らして魚を釣る男だ。なぜならば魚というのは海の牛であり、そして海というのはテスラの平原だからだ。テスラはフォウォーレ族の王たちの中の王であり、故に海はフォウォーレ族の王の平原とも言う。

¶32
俺が言った料理穴(料理用に地面に掘った穴。英語ではcooking pit, earth ovenなどという)では仔馬が俺たちのために焼かれている。その仔馬は王たちの支配する世界の27日間の終わりまで届く戦車の破片だ。そしてそれを守ることは彼らにとってのゲシュだ。すなわち、戦車にとって、馬の肉を食べた後でその中に入る人間は、27日間の終わりまでゲシュである。戦車を曳くのは馬だからだ。

¶33
俺が言った二つの深い森の間の道というのは、俺たちが通って来た二つの山の間のことだ。つまり西にあったのはスリアヴ・フアド、東にあったのはスリアヴ・クリャンだ。俺たちがいたのはその間のオルギャル(「飼い葉桶」)だ。その間には森があり、俺が考えていたのはその二つの間の道のことだ。

¶34
俺が言った道というのは、すなわち海の暗闇から、すなわちムルセヴネの平原からということだ(Muirthemne < muir-teime「海—暗い」)。海はノアの洪水の後30年間その上にあった。それ故に海の暗闇と言った。すなわち海の覆いまたは屋根。またあるいはムルセヴネの平原という名前は次のことから来ている。魔法の海がその上にあった。その中には海亀がおり、ものを飲み込む性質を持ち、それ故にその雷の館の表面に武装したその男が座ることができる。ダグザがその嵐の棍棒を携えて来て、一度に波が引く次の呪文を唱えるまで——「その虚ろな頭の静かなれ、その汚れた体の静かなれ、その美しき愛の美しき額の静かなれ」

¶35
〈デアの男たちの大いなる神秘〉を指して、すなわち驚くべき秘密、そして驚くべき陰謀、今日の〈グレラッハ・ドラズ〉。それによりてカルブレ・ニア・フェルはマドゥによって傷つけられたり。かくて〈デアの男たちの大いなる神秘〉の名あるはかかる由による。なぜならば、フォウォーレ族が彼らに求める税——すなわち穀物、乳、子供の三分の二——をはねのけるために行われた〈マグ・トゥレドの戦い〉の集会を、トゥアサ・デー・ダナンが初めて開いたのはそこであったがゆえに。

¶36
〈エウィン・ウァハの二頭の馬の泡〉を指して——ゲール人の王位についていた素晴らしい若者がいた。よく似た二頭の馬が、デアの人びとのシー・エルグウォンで彼のために育てられていた。その土地の王の名はナムの息子ネヴェズといった。その二頭の馬はシーから放たれ、彼らの後を追うように素晴らしい川がシーから噴出し、その川の上に大きな泡がたったのだ。その後その地に長い間泡が広がり、それは丸一年続いた。そうしてその水の褐色の泡はその地の見張りであると言われる。すなわちその水とはその地を覆った泡のことであり、そしてそれは今日のウアナヴ(úan「泡」から)の地である。

¶37
俺が言った〈モーリーガンの野〉とは、〈オーフタル・ネードマン〉である。ダグザがモーリーガンにその地を与え、それ以来その地は彼女によって耕されていた。ガルブの息子イボル・ボヒリャズがその地で殺された年、その年にその地を覆い尽くした雑草があった。ガルヴの息子が彼女の血縁者であったためである。

¶38
俺が言った〈大きな豚の背〉、それはあのブレグの丘だ。ミールの息子たち(ゲール人のこと)には、それがどの丘の上からも、アイルランドのどの高さらからも豚の姿に見えたからだ。トゥアサ・デー・ダナンがこの地に魔法をかけた後で、彼らがやって来て、この地の一部を力づくで奪うことを欲したときのことだ。

¶39
俺が言った〈大きな牛の谷〉、それはあの〈ブレオガンの谷〉のことだ。ブレオガンの息子ブレオガ——ミールの息子たちの長兄——(にちなんで)〈ブレオガンの谷〉と〈ブレグの平原〉は名づけられた。〈大きな牛の谷〉というのは彼にちなんでそう呼ばれる——テスラの息子スミルガルの息子〈愛しき牛〉に。彼はアイルランドの王として君臨し、そこに住んだ。この牛は、砦の入り口に戻りに〈ブレグの平原〉を移動しているときに、森の女たちの集団の傍らで死んだ。

¶40
俺が言った神と預言者の間の道とは、ブルー・ナ・ボーニャのシーのマック・オーグ(またの名をオイングス。あらすじ集③参照)と彼の預言者、すなわちブルー・ナ・ボーニャの東のブレサル・ボーアース(「牛の預言者のブレサル」;bresal「戦い」)だ。その間に唯一の妻、鍛冶師の妻がいた。そしてまた、俺たちが来た道は、オイングスが住まうブルー・ナ・ボーニャのシーの丘と、ドルイドのブレサルのシーの間にある道だ。

¶41
俺が言った〈フェデルムの髄〉の上とは、すなわちかのボアンだ。その名前はボアンがその上にいたことに由来する。というのは、ラブラズの息子ネフタンの妻であるボアン、彼女はその砦の庭にある秘密の井戸の見張りに行った。ネフタンの三人の酌取りとともに——フレスク、レスク、ルアムである。何人も、その美貌を損なわれずにその井戸から戻ってくることはなかった、その酌取りたちが来るまで。この女王(ボアン)は慢心と自惚れとともに井戸に向かって行き、何者も自分の容姿を損ねることも、その美しさに瑕をつけることもないと言った。彼女は己の力を味わうため、井戸を左回りに、すなわち誤った方向に回った。すると井戸から波が三度噴出し、彼女に覆いかぶさり、彼女の両腿と右腕と片目を打った。彼女はこの瑕から逃れるためシーから走り逃げ、海へとたどり着いた。彼女がどこに逃げようと、井戸の水は彼女を追ってきた。そのシーにあるその井戸の名はシェガシュといい、〈シェガシュの流れ〉はそのシーから〈モフアの淀み〉へ向かい、それから〈ヌァザの妻の前腕〉と〈ヌァザの妻のふくらはぎ〉を通り、ミヂァのボイン河へ流れ込み、〈白〉からその名を呼ばれるところの〈祝福された銀のくびき〉、を通り、〈重い水〉へ、そこから〈フェデルムの髄〉を通って海へと注ぐ。


【続く】

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