ケルト神話・アイルランドの伝承あらすじ集③:ディルムッドの養父、若さと愛の神の物語四編

知る人ぞ知る、かの有名な妖精の住処、ブルー・ナ・ボーニャ。アイルランドはニューグレンジの、ボイン河の屈曲部のほとりに実在する新石器時代の地下遺跡ですが、これはケルト人以前の巨石文化民の残したものであり、丘の中に通廊状の空間があって、横に開いた採光窓からは、冬至の日だけまっすぐ光が差し込むようになっているため、太陽祭祀と関連するのではないかと言われています。

図:ブルー・ナ・ボーニャの概観

さて、このブルー・ナ・ボーニャの主人は話によって異なりますが、多くの場合はオイングスとされています。

彼の父は『マグ・トゥレドの戦い』などにも出てくる神々の王ダグザ、母はボイン河の女神ボアンです。またの名をアンガス・オーグすなわち「若きアンガス」、あるいはマック・オーグすなわち「若き子」というように、若き神・美しき神であり、愛の神でもあります。彼の生まれは一種の不行跡の結果と言うべきか、ボアンには夫がいるにもかかわらず、ダグザが彼女との間になした子なのです。

彼はディルムッドの養父であり、その性質は、女性を引きつけるという点で養子に受け継がれています。『ディルムッドとグラーニャの追跡』では、二人の逃避行を助けています(あらすじ集②参照)。一方で彼にはいわばギリシアのヘルメス的な、小狡い面、知恵の神としての側面もあります。今回紹介するのはそんなオイングスにまつわる四つの話です。

一つ目は、『マグ・トゥレドの戦い』中で、オイングスが知恵で父ダグザを助ける話です。二つ目は、彼がいかにして異界の館ブルー・ナ・ボーニャを己のものとしたかを物語る短い話で、日本ではほとんど知られていません。これら二つの物語で、オイングスはヘルメス的側面を見せます。三つ目は、オイングスがブルー・ナ・ボーニャを手にする伝承の異伝で、『エーディンへの求婚』という長い物語の冒頭に差し挟まれています。四つ目はオイングスがある乙女に恋い焦がれるあまりに病んでしまうという話です。

『マグ・トゥレドの戦い』より

『マグ・トゥレドの戦い』において、トゥアサ・デー・ダナンの王ヌァザがフィル・ボルグとの戦いで片腕を失った後、フォウォーレ族の父を持つブレスが彼らの王になった(①参照)。するとブレスは彼らに重い朝貢を課し、その上トゥアサ・デー・ダナンの首長たち、すなわちオグマとダグザは奴隷のような重労働を課された。

さてそれで、重労働に苦しむダグザにはさらなる悩みがあった。彼の家には、口が胸のところに届くほど大きい、クリジェンベールという風刺詩人がいた。彼は夕食のたびに自分の取り分が少ないと訴え、ダグザの食事の一番良い三口を要求した(詩人からの要求は名誉のため断れない)。しかしその一口がそれぞれ彼の食事の三分の一に当たったため、夕食が食えないダグザはいつも腹を空かせていた。

そこでオイングスがやって来て、ダグザが窮状を訴えた。するとオイングスはダグザに三枚の金貨を渡し、食事の中に入れるよう言った。

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