アイルランドの異教的伝承「エウェルへの求婚」(アルスター物語群)③:¶18~27

私が翻訳したアイルランドの異教的伝承「エウェルへの求婚」(Tochmarc Emire) をここに掲載していきたいと思います。

【前回】


今回は、クー・フリンとエウェルの謎めいた会話の後半です。固有名詞がいくつか出てくるので、文末に注を示しておきました。ページを上下させるのが面倒だとは思いますが、ご了承ください。

クー・フリンとエウェルの気取った会話(続)

¶18
「乙女よ、あなたの自己紹介は?」とクー・フリンは言った。「言うに難くはありません」とその乙女は言った。「ターラの女、娘たちの純潔、真の王の貞節」、すなわち、ターラのあらゆる丘より高く在れるが如く、私はあらゆる貞淑な女より高くに在るのである、と。「引き受けられざる禁忌。見つめる人たちが見つめる」、すなわち、私の美しさ故あらゆる人が私にみとれ、そして私は誰にも視線を奪われない、と。
「水の中の小さな虫、謙虚な女」、すなわち、虫たちが見つめられるとき、それは水の底に行くのです、と。「二つの蹄の海のテスラ。集会のルアハル」と、すなわち、その美しさゆえに、と。「王の娘、歓待の火」、すなわち名誉。「通ることのできぬ道、細き逃げ道に続き、戦士達の栄光の職人の目釘は古き死の眠りにある。私は付き従う強き戦士を得る」、すなわち、私には助けに来てくれる戦士たちがいます、と。「彼らとフォルガルが私に起こったことを知ることなしに、彼らの意に反して私をさらおうとする何者(から)も(助けに来てくれる戦士たちが)」 

¶19
「乙女よ、あなたに付き従う戦士たちとは?」とクー・フリンは言った。「言うに難くはありません」とエウェルは言った——「二人のルイ、二人のルアス 、ルアスと、テスラの息子ラース・ガヴリャ、トリアス とトレスカス、ブロンとボラル、オムナッハの息子バス、八人のコンラ、フォルガルの息子コン。どの戦士も戦士100人に匹敵する力と9人に匹敵する技を持っています。さらに我が父フォルガル自身の力は、さらに数え切れないほどあります——あらゆる戦士より強く、あらゆるドルイドより知識があり、あらゆる詩人より聡いのです。フォルガル自身の戦いに比べれば、あなたのやっていることなど遊びのようなもの。彼は戦いにかけては、無類の強さを発揮するからです」

¶20
「乙女よ、なぜあなたはこの俺がその戦士達に及ばないと思うのか」とクー・フリンは言った。「もしあなた自身の行いを語ることが許されれば、なぜ私があなたを彼らに伍すると思わないことがありましょうか」と乙女は言った。「なれば断言しましょう、乙女よ、我が行いは戦士達の華々しい名声に並ぶと」とクー・フリンは言った。「ではあなたにはどんな力をお持ちですか」とエウェルは言った。「言うに難くはありません」と彼は言った。「我が戦いの業は20人分に匹敵する。我が勇敢さは30もの戦士の集団に匹敵する。俺は40人に一人で戦いを仕掛けた。鬨の声は100人分に匹敵する。俺のぞっとするほどの恐ろしい姿と武器とを前にして、奴らは戦場になる瀬と戦いを避けるのだ。軍団と軍勢と武装した戦士の集団が、俺の顔と表情の恐ろしさを見て逃げ出すのだ」

¶21
「柔な坊ちゃんの勝利のことは聞きました」とその娘は言った。「でも戦車戦士の力のところまではまだたどり着いてませんね」「いいだろう、乙女よ」と彼は言った。「俺は父コンホヴァルに育てられた。そこらの賤民が自分の家の跡継ぎを育てるのとはわけが違う。作業台とこね鉢の間だとか、(部屋の中央の)炉の火から壁の間だとか、自分の家の前の庭でコンホヴァルに育てられたとかいうのではない。アルスターの、戦車戦士達と英雄たちとの間、道化師たちとドルイド達との間、詩人たちと学者たちとの間、ブリウグたちと農夫たちの間で、俺は育て上げられ、彼らの徳と業とを全て修めたのだ」

¶22
「それでは、そのようなあなたが自慢なさっているやり方であなたを育てたのは誰ですか?」とエウェルは言った。
「言うに難くはありません」と彼は言った。「シェンハ・ソビェールラド が俺を強く、用心深く、機敏に、素早い戦士に鍛えました。俺は法に明るい。忘れっぽくはない。俺には賢者たちよりも先に話す権利がある。言葉には常に気を配っている。俺はアルスターのあらゆる判決を下し、なおかつシェンハが俺に施した教育のおかげで、誰一人追放することもない。
ブリウグ(1)のブライは、彼の部族は近くにいるので俺を連れていった、俺が己の義務を果たすようにするため、そしてその結果俺がアルスターの男たちを彼らの王コンホヴァルとともに呼び集めるように。俺は彼らの仕事と生計を維持している。俺は彼らの名誉(を守ること)と彼らの名誉への攻撃(に対処すること)を助ける。

¶23
フェルグスは俺が豪傑たちを勇気と武器とで打ち倒せるように育てた。そのおかげで俺は国境を敵から守れるようになった。俺は武勇と武術とに秀でている。俺は全ての醜い者の守り手だ。俺は敵を皆殺しにして全ての美しい者を守る柵だ。フェルグスが俺を育てたおかげで、俺はあらゆる強い男に傷を負わせる。

¶24
俺は詩人アマルギャンの膝にくっついて育ち、王たちのあらゆる美点を賞賛できるようになり、勇敢さと武術と賢さと機知と鋭敏さと正しさと強さでどんな男にも匹敵するようになった。俺はあらゆる戦車戦士に匹敵し、誰に対しても機嫌を取るようなことはしない、コンホヴァル王を除いては。

¶25
フィンホイムが俺を育てたため、俺には俺のもとに駆けつけてくれる乳兄弟、勝利のコナル・ケルナッハがいる。気高き顔つきのカスバズは、デヒテラのために俺を育てた。故に俺はドルイドの神の業の優れた探究者だ。俺は知識の何たるかを知っている。アルスターの人々皆が、戦車御者たちと戦車戦士たちの間で、王たちと詩人の長たちの間で育てたのも、同じやり方でだ。故に俺には数多の朋友がいる。だから俺はあらゆる名誉への攻撃を等しく罰する。俺は〈ブルグ(2)〉の〈ボルの家〉へのデヒティリャの激しい遠征から、エスニェの息子たるコンの息子ルグにより呼び戻された。そしてまたあなたは、ああ乙女よ、どのようにルグロフタ・ロガで育てられたのですか?」とクー・フリンは言った。

¶26
「私は育てられました」と彼女は言った、「フェーニ(3)の美しさによって、品行方正な躾で、古式ゆかしい貞淑さで、王妃の衣服を身に着け、美しい装飾を身に着けて。故に優れた女たちの中で、あらゆる美しい高貴な外見は私と比べられるのです」
「その美しさは実に素晴らしいものです」とクー・フリンは言った。
「ではなぜ、我々二人が一つになることが妥当なことではないというのですか? 俺が今までにこうやって親密な男女の会話をできる女を見つけられなかったからですか?」
「質問です。あなたには貞淑な妻がいますか」とエウェル彼女は聞いた、「あなたの後にあなたの国の人びとを世話できるような?」
「いいえ」とクー・フリン。
「私はいかなる男とも結婚できません」とその娘、「姉、すなわちフォルガルの娘フィアルがいる前では——姉にはこの近くでお目にかかれます。彼女は糸紡ぎに一家言あるほどの熟練です」
「その人は俺が愛する女性ではない」とクー・フリンは言った、「そして俺は、俺の前にいる男を知っている女を受け取ったことはない。そして俺は聞いたことがある、そこな娘がコルブレ・ニア・フェルの上に寝たことがあると」

¶27
その後彼らがその話を続けている間、クー・フリンはこの娘の亜麻の服越しにその胸を見た。そこで彼はこう言った。
「あの高貴な軛の平原は何と美しいんでしょう」
この娘がクー・フリンの返答に対してあの言葉を言ったのはこの時であった——「オルビネにある〈シュケーネ・メンの浅瀬〉からバンフング・ナルカドまでの間の、素早い泡のブレアがフェデルムを粉砕する全ての浅瀬で銀を殺したことがないような人は、この平原に一人も来たことはありません」とエウェルは言った。
「あの高貴な軛の平原は何と美しいんでしょう」
「この平原には一人も来たことがありません。子牛の醜い化け物が男を別の男に与えて九の三倍の数の男を一撃で倒しそれぞれの九人の中の一人を助けて投げない人は」
「あの高貴な軛の平原は何と美しいんでしょう」
「ブローン・トロガンからオイメルグ(4)まで、オイメルグからベルティネ(5)まで、ベルティネから大地の悲しみまで〈スアン・メック・ロシュクミルクの角〉を打たなかった者は、この平原には一人も来たことがありません」
「それは言われ、それは行われる」とクー・フリン。
「それは結ばれ、それは誓われ、それは与えられ、それは受け入れられる」とエウェル。「質問です。あなたの家系は?」と彼女は言った。
「俺はバズヴ(6)の森のもう片方に行った男の甥だ」と彼は言った
「では、あなたの名前は何ですか?」と彼女は言った。
「俺は犬をしばしば襲う病の英雄だ」と彼は言った。

1: ブリウグ……訪れた者に無際限のもてなしを行う、公共的な役割を担う富者。その役目の見返りとして、王に相当する〈名誉の値段〉を得られる(拙記事参照)。
2: ブルグ……恐らくブルグ・ナ・ボーニャ、ボイン川のほとりの妖精の塚として名高い場所。ダーナ神族のいくつかの神格がここを住処とすると考えられる。
3: フェーニ……アイルランド
4: オイメルグ……2月1日に行われていた春の最初の日を祝う異教の祭り。インボルグの名の方が知られている。家畜の乳の出を願うもの。
5: ベルティネ……5月1日に祝われる夏の始まりの祭り。英語読みしてベルテーヌとも。
6: バズヴ……モーリーガンを筆頭とする三人の戦争と恐怖と死の女神の一人。その名前は「ズキンガラス」を意味し、彼女ら三人はカラスの姿に変身する。モーリーガンはクー・フリンと浅からぬ因縁を持つ。


【続く】

記事を面白いと思っていただけたらサポートをお願いします。サポートしていただいた分だけ私が元気になり、資料購入費用になったり、翻訳・調査・記事の執筆が捗ったりします。