アイルランドの異教的伝承「ブリクリウの饗宴」⑦(¶57~62)

私が翻訳したアイルランドの異教的伝承「ブリクリウの饗宴」(Fled Bricrenn)をここに掲載していきます。

【前回】


登場人物と用語の一覧はこちらにあります。適宜ご参照ください。


今回は英雄たちが猫に襲われるエピソードと、コナハト女王メズヴによる裁定が行われる場面です。


¶57

その晩彼らは食事を与えられ、そして三匹の猫がクルアハンの洞窟から放たれた。三匹の魔物である。コナルとロイガレは建物の棟木の上へ逃げ、自分たちの食事を獣たちの食べるままにさせ、翌日まで身を屈めたままだった。
クー・フリンはその場所から逃げず、己のもとへと向かってくる獣たちに向き合っていた。しかしその獣がその首を藁に向けようとしたとき、クー・フリンは敵の頭に剣の一撃を見舞ったが、まるでその頭が岩であるかのように滑った。
そのためにその猫は下へ落ちて行った。かくしてクー・フリンは朝まで食事もせず、眠りもしなかった。朝になるとその猫たちは消えており、彼ら三人の英雄たちは翌日、このような様子であったのを発見された。
「あの猫たちとの戦いは、君たちのいざこざに決着をつけるのに十分かね?」とアリルは問うた。
「いいえ、決して」とコナルとロイガレは答えた。「我々が戦う相手は獣ではなく人間です」

¶58

アリルは自室へ行き、壁に背をあずけた。彼は心中穏やかならず、やってきた問題に困惑していた。三日三晩、彼は一睡も一食もしなかった。するとメズヴがこう言ったのである。
「お前は臆病者だな。お前が裁定を下さないのならば、私が裁く」
「私にとっては難し過ぎる、この問題を解決するのは」とアリルは言った、「この諍いが持ち込まれるものは誰であれ哀れなものだ」
「だが難しくはない」とメズヴ。「なぜなら」と彼女は続ける。「青銅と琥珀金の間にわたる違いがロイガレ・ブアダハとコナル・ケルナッハの間にある差であり、そしてまた」とさらに続けて曰く、「琥珀金と赤い金との違いがコナル・ケルナッハとクー・フリンの間の差だからだ」

¶59

そこでメズヴは、しばらく考えた後ロイガレ・ブアダハを呼び出し、こう言った。
「さて、ロイガレ・ブアダハよ。〈英雄の分け前〉はそなたにこそふさわしい。この時よりエーリゥの戦士の王の座と、〈英雄の分け前〉、そして琥珀金の鳥が付いた真鍮のカップをそなたのものとする。裁定の証としてそれを取るがよい。そして今晩コンホヴァル王の〈赤枝〉の館でそれを見せるまで、他の誰にもそれを見せるでない。〈英雄の分け前〉がお前たちに与えられるとき、そなたのそのカップをアルスターの貴族全員に見せるのだ。さすれば〈英雄の分け前〉はそなたのもの。そしてアルスターの戦士達の誰も、そなたに勝ることはないだろう、そなたの持つものがアルスター全土に知れ渡れるがゆえに」
そしてそのカップがロイガレ・ブアダハに与えられた。極上の葡萄酒で満たされており、彼はそのカップの中のその飲み物を、女王の館の床上で、一口に飲み干した。
「そなたにはそこで英雄にふさわしい宴会が開かれる」とメズヴは言った。「アルスターの全ての戦士の前に100年間立ち続けるまでの長きに渡り、そなたがそれを楽しまんことを」

¶60

すぐロイガレが立ち去り、コナル・ケルナッハが同じようにメズヴのいる女王の館へ呼ばれるのである。
「さて、コナル・ケルナッハよ、」とメズヴは言った。「〈英雄の分け前〉はそなたにこそふさわしい。この時よりエーリゥの戦士の王の座と、〈英雄の分け前〉、そして金の鳥が付いた琥珀金のカップをそなたのものとする。裁定の証としてそれを取るがよい。そして今晩コンホヴァル王の〈赤枝〉の館でそれを見せるまで、他の誰にもそれを見せるでない。〈英雄の分け前〉がお前たちに与えられるとき、そなたのそのカップをアルスターの貴族全員に見せるのだ。さすれば〈英雄の分け前〉はそなたのもの。そしてアルスターの戦士達の誰も、そなたに勝ることはないだろう、そなたの持つものがアルスター全土に知れ渡れるがゆえに」
今度もカップはコナルに与えられ、それは極上の葡萄酒で満たされており、彼はそのカップの中のその飲み物を、女王の館の床上で、一口に飲み干した。
「そなたにはそこで英雄にふさわしい宴会が開かれる」とメズヴは言った。「アルスターの全ての戦士の前に100年間立ち続けるまでの長きに渡り、そなたがそれを楽しまんことを」

¶61

すぐコナル・ケルナッハが立ち去り、クー・フリンに使者が送られた。
「王様と女王陛下とお話しに来い」とその使者は言った。
クー・フリンは御者のロイグ・マク・リアンガヴラとともにフィズヒェルという盤遊戯をしていた。
「俺を馬鹿にしているな」と彼は言った。「見ていろ、他の馬鹿なやつらと同じように騙せると思ってるなら」
すると彼はフィズヒェルの駒を使者に投げた。それは使者の脳に突き刺さった。使者は死に、吹っ飛ばされてアリルとメズヴの間に投げ出された。
「なんたること!」とメズヴは言った。「もし怒りに駆られれば、クー・フリンは我々を殺すだろう」
メズヴはすぐに立ち上がり、クー・フリンのもとへと駆けつけ、両腕を彼の首に回した。
「騙すなら他のやつにしろ」とクー・フリンは言った。
「アルスターの奇跡の申し子よ、エーリゥの戦士の炎よ、私たちはお前を騙したかったのではない」とメズヴ。「もしエーリゥの最も優れた戦士達が来ようとも、私たちは一番最初にお前にそれを与えるだろう。なぜならエーリゥの戦士達は、名声と勇気と武勇とにおいて、理知と若さと気高さにおいて、お前の方が優れていると認めているからだ」

¶62

するとクー・フリンは立ち上がり、メズヴとともに女王の館へと行った。アリルは彼に歓迎の意を示し、彼に赤い黄金のカップを手渡した。それは極上の葡萄酒で満たされており、宝石でできた鳥が付いていた。さらに彼の両目と同じ大きさの竜石が特別に与えられた。
「そなたにはここで英雄にふさわしい宴会が開かれる」とメズヴは言った。「アルスターの全ての戦士の前に100年間立ち続けるまでの長きに渡り、そなたがそれを楽しまんことを」
「そして我々の裁定はそれである」とアリルとメズヴは言った。
「そなた程の者はアルスターの戦士達の中に居らぬ故、そなたの細君程の者も女たちの中には居らぬ。我々は過ぎたることとは思わぬ、そなたの細君が常に宴会場でアルスターのあらゆる女たちの前を行くことを」
クー・フリンは一口でカップ一杯の葡萄酒を飲み、すぐさま王と女王と召使全員のもとを辞し、仲間たちを探しに行った。
「私からの助言だが」とメズヴはアリルに言った。「今夜はあの三人の英雄を再び我々のところに留め、さらなる試練を課すのだ」
「お前自身のしたいようにするがいい」とアリルは言った。
戦士達は留め置かれ、クルアハンに連れていかれた。


【続く】

記事を面白いと思っていただけたらサポートをお願いします。サポートしていただいた分だけ私が元気になり、資料購入費用になったり、翻訳・調査・記事の執筆が捗ったりします。