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ケルト世界とアイルランドにおける犬について、そして英雄クー・フランについて――考古学と伝承、神話学の点から

今年は戌年ですね! もう春なのに何言ってんだと思われるかもしれませんが、今度は本当に戌年です。なぜ新年最初のノートでこれを書かなかったのか、自分でもわかりません。

ケルト神話で犬といえば言わずもがな、あのお方です。彼に限らず、ケルト世界において犬は重要な動物です。今回はケルト世界の犬について、考古学、伝承、そして神話学の見地からも少々、お話ししたいと思います。


1.考古学から見るケルト世界の犬

現代日本では、犬といったらもっぱらペットですが、古来より犬は人類の友として、生活に役立って来ました。

それはケルト人にとっても同様で、特に狩猟犬としての用途で名高かったようです。紀元前1世紀に生まれたギリシアの著述家ストラボンによれば、ローマ支配以前のブリテン島からは狩猟犬がローマに輸出されていたとのことです(『地理誌』)。

犬の用途は他にもあり、まず番犬としての用途(これは後で触れる例のあの英雄の命名エピソードからも明らかです)や、残飯処理、穀物の害獣からの保護、さらに食肉や皮の使用にまで及んでいた証拠があります。紀元前1世紀のギリシア人歴史家であるシケリアのディオドロスによれば、ケルト人は狼や犬の皮を床に敷いて座ったそうです。またケルト世界には狩猟犬のみならず、愛玩犬もいたようであり、ローマ支配下のブリテン島のKirkby Thoreからは小さくて可愛らしい犬の銅像が出土しています(ヘッダー画像;Miranda Green, Animals in Celtic Life and Myth, 1992, p. 25より)。

犬は信仰にも関わりを持ちます。ノドンスという神の神殿がリドニー・パークに築かれており、そこからは複数の犬の図像が発見されています。ノドンス神がいかなる信仰を抱かれていたのか、詳しいことは不明ですが、治癒神としての信仰があったようです。またローマの狩猟神シルウァヌスとの関わりもあるため、狩猟神としての信仰も推測され、犬の図像はこの面からも解釈できます。なお、この神はその名前からアイルランドの「銀の腕」のヌァザ(Nuada Airgetlam)、そしてウェールズの「銀の腕」のヌッズ(Nudd Llaw Ereint)と同一の神格ではないかと推測されています。

現存する犬種としてアイリッシュ・ウルフハウンドがおります。これはアイルランド原産の犬で、全犬種中最高の体高を誇り、とにかくめっちゃでかいです。ケルト人の犬は熊とも戦ったという話ですが、この大きさなら納得です。後に触れるクランの番犬も、九人がかりでなければ御せなかったとされていますが、これだけ大きいとそれも無理ないと思えます。


2.ケルト人の伝承における犬

ケルト人の伝承における犬と言ったら、誰よりもまず最初に出てくるのが英雄クー・フラン(「クランの犬」)です。彼ははじめその名をシェーダンタ(Sétanta)といいましたが、ある時を境にその有名な名前を名乗り始めました。

それはまだ彼が子供のころ。アルスター国王コンホヴァルをはじめとした面々が、アルスターの鍛冶師クラン(Culann)の宴会に招かれたのです。コンホヴァル王は幼きシェーダンタも誘いましたが、彼は他の子どもたちとスポーツに興じており、後から行くことにしたのです。しかしコンホヴァル王はそのことを忘れ、鍛冶師クランから尋ねられたとき、もうこれで全員だと言ってしまいました。そこで鍛冶師は番犬を解き放ちました。それはスペインから来たという恐ろしい猛犬で、つながれた三本の鎖をそれぞれ男が三人ずつで引っ張らなければならないほどの犬でした。遅れてやって来たシェーダンタは、しかし襲いかかってきたその犬と取っ組み合い、ついには返り討ちにして殺してしまいました。鍛冶師クランは幼き男児が死なずに済んだことを喜びながらも、嘆き悲しみました。なぜなら、もはや彼の財産を守るものはなく、それらを失ったも同然だったからです。そこで幼きシェーダンタは、ならば新しい番犬が育つまで、自分がその番犬の代わりになろう、のみならず鍛冶師クランの家が立つムルセヴネの平原全てを守ろう、と申し出ます。そこでコンホヴァル王付きのドルイド(賢者)であるカスバズが、シェーダンタはこれからクランの犬(Cú Chulainn;cú:犬)と名乗るべし、としたのです。これがクランの犬、クー・フランという名前の由来です。

クー・フランは、ケルト人の伝承の中で最も名高い英雄です。アイルランドの伝承はいくつかの「サイクル」に分かれますが、そのうちのアルスターサイクルにおける中心人物が彼であり、その中でも「クアルンゲの牛捕り」が特に有名です。この物語では、アルスター国のある優れた雄牛を狙ってコナハト国女王がアルスター国へ略奪行に出るのですが、彼女がアイルランド全土から招集した戦士達を、クー・フランはたった一人で相手にするのです。疲れ果ててボロボロになるまで戦い、そして親友さえも殺しても自国の人びとと財産を守る彼の姿は、筆舌に尽くしがたい感銘を覚えさせます。

犬の名を冠する伝説上の人物としては、クー・ロイ・マク・ダーリェもいます。彼はアイルランド南部のマンスター国の王であり、魔法使いでもあり、そしてクー・フランとライバルのような関係にあります。彼はクー・フランを主人公とする物語のいくつかに登場します。例えば「ブリクリウの饗宴」では、クー・フランをはじめとするアルスターの三人の英雄たちが、誰が最も優れた英雄かで争い、クー・ロイ王に裁決を求めます。クー・ロイ王は野卑な大男に魔法で変身し、英雄たちの勇気と名誉を試す試練を課し、見事クー・フランがその試練に打ち勝つのです。

アイルランドの伝承における犬は他にもあります。例えば「マク・ダ・ソーの豚の物語」では、レンスターのある王、マク・ダ・ソーがとても素晴らしい猟犬を持っていました。それはたった一匹で十もの軍隊に匹敵し、王家の領地全体の番をしていたほどであり、コナハト国の女王メズヴと王アリル、そしてアルスター国の王コンホヴァルの両方がそれを欲しがるのです。この二国はいわばライバル関係であり、そこから二国の戦士、コナハト側のケド・マク・マーガハとアルスター側のコナル・ケルナッハの一騎打ちへと発展するのです。この話は、アルスターサイクルの中では珍しくクー・フランが中心的役割を果たさないものとして有名です。

アルスターサイクル以外ではフィアナサイクルに、ブランとシュキョラーンという、フィンが飼う二頭の猟犬がいます。彼らはただの犬ではなく、奇妙な出自を持っています。フィンの叔母の夫に対してある妖精が横恋慕し、魔法によって彼女を犬に変えてしまい、雌犬となった彼女が産んだ子供が、この二頭の猟犬なのです。すなわちフィンのいとこにあたるのです。

そしてフィンの息子オシーンの誕生の物語では、上記の二頭の猟犬が不思議な力を見せます。オシーンの母親となる女性サズヴは、これまた妖精の魔法で鹿に変身させられていました。二頭の猟犬がこの正体を見抜き、彼女を攻撃せずにいたため、結果としてサズヴの呪いは解け、人の姿に戻り、フィンの妻となったのです。

他には、『コンの息子アルトの冒険、及びモルガーンの娘ディェルヴハイミェへの求婚』では、「犬頭」を意味するコンヒェン(Coinchend;coin : 犬、chend : 頭)という女が登場します。この「犬頭」は、娘が求婚された時自分は死ぬと予言され、それゆえ娘に近寄ろうとする全ての男を殺し、その首を切って串刺しにして並べているのです。


3.犬と冥界

さて、ケルト人の世界および伝承において、犬がどのように扱われてきたかをお話ししてきました。ここからはもう少し踏み込み、比較神話学的に考えていきたいと思います。犬という動物は、神話においてどのような役割と象徴性を持っているでしょう——それは冥界、すなわち死者の世界との深い関わりです。犬は死、そして死者の世界としばしば結びつけて考えられるのです。

例えば、エジプトにおける冥界の神、アヌビス。これは犬またはジャッカルの頭を持つ神です。墓地を徘徊するという習性から、死と関連付けられたのではないかという説が有力のようです。また、ギリシアには冥界の番犬として三つ頭のケルベロスがいます。同じくギリシアで、冥界の女神ヘカテーは犬を連れているとされています。

日本には狛犬というものがあります。これは冥界というわけではないですが、神社の境内という、ある種のこの世ならざる場所と現世との境界に置かれた犬です。

また、より後代の民間伝承ですが、ブリテン諸島には黒い犬の姿を取る不吉な妖精(黒妖犬)の存在が広く伝わっています。『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』で言及された死神犬(グリム)は、教会墓地を守るとされるチャーチグリムです。この黒妖犬は人の役に立つことはあるものの大抵は危険な存在で、触れると死ぬとされます。またチャーチグリムは教会墓地を悪しきものから守っていますが、これを見ることは死の予告であり、さらに人が死ぬ直前にチャーチグリムが教会の弔鐘を鳴らすこともあるといいます。またバーゲストという妖精も通常黒妖犬の姿をしており、一般に死の前兆と見なされています。

このように、犬は死者の世界である冥界、そして死そのものと結びつけて考えられることが多いのです。井本英一は『古代の日本とイラン』において、「犬は、あの世とこの世、それは聖界と俗界でもよい、の死者であると広く考えられていたことは事実としなければならない」と述べており、またヘロドトスが伝える、エジプト王にあやかって祭司が二匹の犬(犬頭のマスクをした人間)に導かれて冥界に見立てた女神の神殿に行って帰ってくる儀礼に触れています。

では、肝心のケルト文化圏ではというと、ケルト伝承全般に、恐ろしい死をもたらす犬の例がいくつも見られます。上記のコンヒェン(「犬頭」)はその一例と言えるでしょう。しかもこの恐ろしい女は、自分の娘の住む異界の砦に男を入れないように番をしているので、ケルベロスのような冥界の番犬であるとも言えそうです。

また、狩りの最中に異界へ迷い込むというのは、ケルト人の伝承、特にフィアナサイクルでは頻出のパターンです。そして狩猟においては必ず猟犬を伴うものです。これは上記の井本英一が紹介しているような、冥界(異界)への道案内としての犬の観念として見てよいのではないでしょうか。このようにして、ケルト人の観念の上でもやはり、犬が死と結びつけられているのは確かなようです。


4.クー・フランと冥界

4.1.クー・フランの放つ「死」の印象

犬が死、冥界と関わる動物ならば、犬の名を冠する英雄はどうなのでしょうか。次はクー・フランと「死」について考えてみたいと思います。

某ゲームでは、クー・フランを元にしたキャラクターが「太陽神の息子」であるがゆえ「光の御子」と呼ばれているそうですが、伝承を読む限り、私はむしろ反対の印象を抱きます(とは言えそのゲームはやったことないのでもしかしたら的外れなことを言っているかもしれませんが)。そもそも彼の父親である「長腕」のルグは太陽神ではないということもありますが、クー・フランは常に暗い「死」のイメージを付きまとわせているように思えるのです。

「死」のイメージを喚起するクー・フランの逸話は、例えば彼が初めて武器を取った日のことです。それは、ドルイドのカスバズが「その日初めて武器を取った者は、立派な戦士になり、名声を博すことになるが、短命になる」と予言をした日でした。『エウェルへの求婚』でも、彼が早死にすることを危惧したアルスターの者たちが、彼に嫁を取らそうとします。尤も、英雄が短命なのは彼に限ったことではありませんが。

彼自身の死のみならず、彼は敵にもまた死を振りまきます。特に印象深いのは『クアルンゲの牛捕り』序盤です。クアルンゲの褐色の牛を略奪するため、アルスターめがけて進軍する女王メズヴ率いる軍勢に対し、クー・フランはどこからともなく投石器で石を放ち、まるで魔法のように、戦士達の頭を的確に狙って殺していくのです。

「敵はそう遠くないところにいる」アリルが息子達に言った。名前に皆マネとうことばがついた七人きょうだいである。
彼らはいっせいに立ち上がり、周囲を見渡した。腰を下ろそうとしかけたところへクー・フリンが攻撃してきた。投石器から飛んできた石が兄弟の一人に命中し、頭が破裂した。
「お揃いで威勢のいい話をぶち上げた後にしちゃあ、たいした戦いっぷりでしたな」と道化のマイネーンが言った。「あたしにやらせてくれさえしたら、あいつの首なんかすぐにへし折ってやったのに」
クー・フリンの投石器から石が飛んで、マイネーンの頭蓋骨を割った。
このようにして次々に犠牲者が出た。(キアラン・カーソン著、栩木伸明訳、『トーイン クアルンゲの牛捕り』、pp. 78-79)

人がすぐ死ぬのは別にクー・フランの戦いに限った話ではない。それは確かにそうかもしれません。これだけではまだ論拠として不十分です。では更なる要素を見ていきましょう。

彼の特徴の一つに、恐るべき身体変形があります。普段は美少年ですが、戦の興奮に支配されたクー・フランは、異形の外見に変わっていきます。それはアイルランド語でリアストラズ (ríastrad) と言い、「歪むこと」を意味します。

体全体がよじれ、歪み、ねじ曲がって、ふだんとは似ても似つかない、異様で恐ろしい姿に変わり始めた。頭から足の先まで、体中いたるところの骨や腱や関節や筋肉が、あたかも嵐に翻弄される樹木か、川の流れに洗われる葦のごとく、がさがさゆらゆら戦きはじめた。皮膚の内側で肉体がすさまじく回転した。左右の足先と向う臑と膝小僧が飛び跳ねるように後ろ向きになったかと思うと、両足の踵とふくらはぎと膝の裏側が翻って正面を向いた。ふくらはぎの腱が束になってぐりんと正面へ移動し、すねの真中にこぶし大のしこりをこしらえた。首を支える縄束のような筋肉は、生後一カ月の赤ん坊の頭ほどの大きさのこぶをいくつもこしらえ、それぞれのこぶを途方もない形へと次々に変化させながら、耳と首筋との間でぴくぴく波打った。
それから彼は、顔全面と造作のひとつひとつを真っ赤な大釜そっくりに変容させた。片方の目を内側から吸い込むように、頭蓋の奥深くまで落ちくぼませたので、乱暴な鶴がやってきて、眼科から目をえぐり出そうとたくらんだとしても、くぼみの深さを探り当てることさえ難しかっただろう。もう一方の目は頬の上にぎゅーんと飛び出していた。口は恐ろしげに歪み、歯をむき出してにんまり笑った形になった。あごがあんぐり開いて口の中がまくれあがったので、肺臓やら肝臓が喉の奥でぱたぱた動いているのが見えた。口の中の天井と床ががんじょうなやっとこみたいにガチンと閉じたかと思う間もなく、雄羊一頭分の羊毛と同じほどたくさんの、白熱した雲がもくもくと流れだした。心臓は血に飢えた猟犬が餌を求めて吠えるように、あるいはまた、熊の群れに割って入った獅子が吠えたてるごとく、肋骨の内側でがらんがらん鳴り響いた。沸騰する怒りから頭上に沸き上がった煙霧には、きわめて有毒な炎と熱い煙が含まれていたせいで、ちらちら揺らめく光を放った。そのひかり即ち、いくさの女神バーヴのたいまつであった。クー・フリンの髪は、石垣のほつれを埋め尽くす赤いとげだらけの灌木さながら、硬く尖り、もつれあった。(中略)額からは勇者の輝きがあふれ出した。戦士が持つ砥石さながらに長く、分厚く、船の舳先のごとく秀でた額であった。(同上、pp. 149-151)

このような恐るべき変形により、クー・フランはしばしば異形の姿に変化します。この変身は異界と結びつけて考えられます。というのも、異界——すなわち死者の世界に住まうフォウォーレ族という悪魔たちは、しばしば一つ目であったり一本足であったりするのです。クー・フランほど徹底的ではありませんが、アイルランドの伝承でのこのような異常な身体は、ほぼ常にフォウォーレ族、そして異界に結びついています。

クー・フランの外見の面に関して付け加えると、彼を描写する者はその姿を「黒い」(dub) と表現します(『エウェルへの求婚』¶15、『ブリクリウの饗宴』¶51;なおこの二つの作品での当該箇所はほとんど瓜二つ)。アイルランドの伝承で「黒い」者は、異界に属するものが多いのです。例えば死者の神ドン (Donn) 。その名は「褐色」あるいは「暗い色」を意味し、「ドンの館」と呼ばれる死者の世界を支配するとされているのです。

また、上で説明したように、クー・フランがその名を名乗り始めた時から、彼は鍛冶師クランの家のあるムルセヴネの平原を守るようになったのですが、ムルセヴネ (muirthemne) とは「暗い海」(teim「暗い」、muir「海」) を意味します。ここでは海の深い闇が想起され、さらに海はアイルランドにおいては異界、死の世界のあるとされる場所なのです。

戦争と死の女神であるモーリーガン(「偉大な女王」)との繋がりのもまた、彼と「死」とのつながりを暗示するかもしれません。モーリーガンはしばしばカラスの姿で現れ、軍勢の頭上を飛び、不吉な声で鳴き、戦士達を恐怖に陥れて同士討ちを起こします。彼女は『クアルンゲの牛捕り』において、はじめクー・フランの愛を求めて近づくのですが、彼は戦いの最中故にこれを断り、その結果彼女は三種の動物に変身して三度彼の戦いを邪魔します。しかし彼はその都度この妨害を退け、彼女の身体に傷を負わせました。その傷は彼自身でなければ癒せない傷でした。その後、彼女は老女に変身して彼に正体をさとられないようにしながら、渇きを訴える彼に三つの乳房を持つ牛の乳を搾ってやり、その代わりに三つの傷を癒されました。その後彼女は彼に味方し、敵の軍勢の恐怖を煽って同士討ちを誘いました。また『クー・フランの死』では、奸計により狂気に陥り、戦車に乗って死地へと誘われるクー・フランを、モーリーガンは戦車を壊すことで邪魔しています。さらに終盤では、今まさに殺されんとする彼の肩に、カラスの姿で止まるのです。

以上の事柄を勘案すれば、クー・フランが黒、すなわち死の色をイメージさせる人物であると言っても、あながち間違いとは言えないでしょう。彼は「光の御子」などではなく、それとは正反対の闇と死の属性を持つ男。そして、それは「犬」の名と符合します。犬と死とは、ケルト世界においても切っても切れない関係。「犬」の名を冠する英雄もまた、死の英雄。この符合は偶然ではなく、必然と考えた方が自然でありましょう。

クー・フランという英雄像には、特異な点があります。早熟さ、外見の美しさ、そして勿論のこと、人間離れした強さ——これらの点は、大方の英雄が備えるものです。しかし、上に引用した、常軌を逸した身体変形等は、およそ他の英雄は持たない性質ではないでしょうか。なぜ彼がこのような異常な特性を持つのか、私は長らく疑問に思っていましたが、彼が英雄であると同時に「地獄の猟犬」(hell hound) であるならば納得できます。彼は死神、あるいはその使いであり、美しいだけではなく、人々に恐れられなければならないのです。


3.2.さらなる考察

さて、クー・フランが斯様に死者の世界と縁深い犬であると考えた上で、彼についてさらにいくつか考えたいと思います。

クー・フランは、若き英雄です。これは彼の特徴の一つであり、折に触れて強調される点です。特に、口髭が生えていないというところにその若さが表れています。というのも、ケルト人は口髭が生えた男を一人前と見なすからです。そして男として未熟ということは、性的能力も未熟ということです。故に彼には後継ぎとなる子がいないのです。影の国のアイフェとの間にせっかくできた男子は、なんと自分の手で殺すことになってしまいます。

そしてまた、彼の名前を継ぐ者もおりません。アイルランドでは、伝説の英雄たちの名は、しばしば実在の人物にも名付けられます。たとえばファーガス(Fergus)、これはフェルグス・マク・ロイヒをはじめとする幾人かの英雄の名です。他にはダーモット(Dermot)——これは英語化されたディルムッド(Diarmuit)、またコナー(Conor)は英語化されたコンホヴァル(Conchobar)です。しかしクー・フラン、ないし幼名シェーダンタを名乗る人はいません。

こう考えることはできないでしょうか。これらの事実が示しているのは、クー・フランという人物がアイルランドにとって異質なものであることだ、と。上で考えた「クー・フラン=地獄の猟犬」説は、この考えを支持するように思われます。彼は人でありながら人でなく、こちら側にいながら向こう側におり、生きながらにして半ば死んでいる。そのように考えると、彼の奇妙な特徴が、すとんと腹に落ちる、そう思えてなりません。

そう考えるべき根拠は他にもあります。彼の父である英雄神ルグのことです。彼は「トゥアサ・デー・ダナン」という神々の一員です。彼ら神族はかつてアイルランドの地の上を支配していました。しかし人間の祖先である「ミールの息子たち」という一族が現れ、彼らに敗北してしまいました。しかしトゥアサ・デー・ダナンはミールの息子たちを苦しめるために、魔法によって作物が実らないようにし、また家畜の乳が出ないようにしました。その結果彼らは和議し、地の上をミールの息子たちが、地の下をトゥアサ・デー・ダナンが支配することになりました。これらのことからわかるように、トゥアサ・デー・ダナンは地の下に住まう神々なのです。すなわち、クー・フランに流れる血の半分は、この世ではなく地下の異界、死者の世界に属するのです。

さらに、彼の幼名シェーダンタ(Sétanta)の名前の由来は、実はアイルランドではなくスコットランドにあるのです。アイリッシュ海を挟んだスコットランドはランカシャー州の沿岸部に、セタンティイ族(Setantii)というケルト人部族が住んでいたのです。シェーダンタとセタンティイ族の名前の類似の指摘は早く、19世紀末のケルト学者ジョン・リースによって指摘されています。この事実もまた、クー・フランが外来的な存在であり、アイルランドにとっては異質なものであるということを暗示しているように思われます。その上、アイルランドの伝承ではアルバ(スコットランド)はしばしば異界の代名詞として扱われており、上述した彼のルーツにも一致するのです。

さて、いくつか根拠を述べましたが、これらのことから私が想像したのは、クー・フランという英雄が、アイルランドの人びとにとって異質なもの、本来的でないものとして感じられていたのではないか、ということです。「外からやって来た英雄が最も優れた英雄となる」というモチーフは、アイルランドの伝承の他のサイクルに既にあり、クー・フランの父である英雄神ルグもまた、トゥアサ・デー・ダナンに元々いたわけではなく、彼らの危機に際して異界からやって来たのです。フィアナサイクルのフィン・マク・クウァルも、はじめ森の中で老婆に養育され、その後タラにやって来て、フィアナの長となったのです。クー・フランもまた異邦人であれば、アイルランドの伝承体系を貫く一つの美しいパターンが存在することになります。


もう一つ述べておきたいことがあります。それはクー・フランとフィン・マク・クウァルとの対比です。というのも、上述のように犬とクー・フランとが死と暗黒をイメージさせるならば、その名が「明るい、白い」を意味するフィンと好対照をなすのではないかということです。クー・フランは死と関わり、その姿は黒く、短命で、跡継ぎはなく、またしばしば戦車に乗ります。

一方でフィンの名前は「明るい、白い」を意味します。また彼はクー・フランと反対に、年老いるまで生きました。老いた彼が後添えとして迎えようとした美女が、彼の臣下の若い戦士と駆け落ちしたのが『ディアルマッドとグラーニャの逃亡』です。そしてこれもクー・フランと反対に、フィンには息子とどころか孫までおります。フィンの息子はオシーン(前述した鹿の乙女サズヴとの子)、その息子がオスカルです。さらにフィンは、フィアナサイクルの時代は皆そうですが、戦車ではなく馬に騎乗します。

さてここで挙げた要素を並べてみます。

クー・フラン:暗—短命—跡継ぎなし—戦車
フィン:   明—老齢—孫までいる—騎乗

このように並べてみると、クー・フランとフィン・マク・クウァルとが対照的な英雄であると言えるということがお分かりになると思います。


考察が長くなりましたが、いかがでしたでしょうか。今回は特に犬と冥界のつながりが中心となりました。考察を進めるために用語の説明をいささか省略してしまったきらいがありましたが、ご了承ください。ケルト人にとっての犬は、馬や牛、豚といった家畜と並んで重要な動物だったと考えられています。彼らの伝承の中で最も中心的な人物が犬の名を冠するところに、一番よく表れているでしょう。ここで触れた以外にも、もちろん犬はケルト人の伝承の端々に現れます。それは彼らにとって犬が身近だったことの証左でしょう。今回は以上です。それではまた。



・R. I. Best, 'The adventures of Art son of Conn, and the courtship of Delbchaem', in "Ériu", vol. 3, 1907, 149–173.
・Scéla Mucce Meic Dathó, Rudolf Thurneysen, 1935, via CELT.
・Táin Bó Cúalnge from the Book of Leinster, Cecile O'Rahilly, 1967, via CELT. 
・Táin Bó Cuailnge Recension 1, Cecile O'Rahilly, 1976, via CELT.
・ David H. Greene, Richard Green, Daniel G. Calder, The Death of Cu Chulainn, An Anthology of Irish Literature, vol. 1, 1985, pp. 68 ff.
・Miranda Green, Animals in Celtic Life and Myth, 1992.
・James MacKillop, A Dictionary of Celtic Mythology, 1998.
・八住利夫、『アイルランドの神話伝説Ⅱ』、1929年初版、1981年改訂版
・井本英一、『古代の日本とイラン』、1980年
・キャサリン・ブリッグズ著、石井美樹子・山内玲子訳『イギリスの妖精 フォークロアと文学』、筑摩書房、1991年
・キャサリン・ブリッグズ著、平野敬一他訳、『妖精事典』、冨山房、1992年
・フランク・ディレイニー著、鶴岡真弓訳、『ケルトの神話・伝説』、2000年
・キアラン・カーソン著、栩木伸明訳、『トーイン クアルンゲの牛捕り』
、東京創元社、2011年
・松村一男、平藤喜久子、山田仁史編、『神の文化史事典』、白水社、2013年
・アイリッシュ・ウルフハウンド - Wikipedia

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元院生。ケルト神話の翻訳や、ケルト神話関係の知識、ケルト神話のあらすじなど書いています。面白いと思っていただけたらサポートをお願いします。連絡は「仕事依頼」から。マシュマロ:https://marshmallow-qa.com/celticmythtrns

コメント5件

今回の主題からは外れますが、2つほど質問したい話があります。
1つは長腕のルグが太陽神ではないという点です。ケルト人は光の神=太陽神とは考えていなかったということでしょうか。
2つ目は発音の話題で、ケルトは詩による口伝だっため韻を踏むために固有名詞も変えてしまい、それを文字に書き留めたため、名前がバラバラに伝わっているというのは本当でしょうか。

なにぶん、日本語書籍しか読んでいないため薄弱の知識しか持っていません。
今後の考察の数文程度の話題として答えて頂ければ幸いです。
のれんさん、ご質問ありがとうございます。

1.ルグは光の神でも太陽の神でもありません。Lugという名がラテン語と比較して「光」の意味ではないかと考えられたこともありますが、これは間違っていました。"Electronic Dictionary of the Irish Language"によれば、lugは「戦士・英雄」を意味します。(http://www.dil.ie/30934
2.口伝だったために発音がバラバラになった、というのはあまり聞いたことがありません。固有名詞の発音は、むしろほとんど揺れがありません。むしろスペルの方に揺れがあります。しかしこれは固有名詞に限ったことではなく、アイルランド語全体でそうなっています。これはアイルランド語の発音・表記の規則の問題で、例えばダグザのスペルは、MacKillopの"A Dictionary of Celtic Mythology"ではDagda, Daghda, Dagdae, Daghdhaと四つ挙げられていますが、これら全て全く同じ発音です。のれんさんがどの書籍を参照なさったのかはわかりませんが、恐らくアイルランド語の知識のない方が書かれた本ではないでしょうか。

以上です。いかがでしょうか。まだ納得いかれない点ございましたら再びコメントお願いします。
ご返信、ありがとうございます。

ケルト向けの辞書など本場では研究が見直されているのですね。非常に納得できました。
これからも勉強しつつ、あなたの更新を楽しみにしております。
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