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蹴り上げた先に

キーパーが飛び出している。

油断している。

コンマ何秒の判断で、私はループシュートを選択した。

思っていたより軌道は低かったが、しかしそれは相手を欺くには充分な高さだった。

次の瞬間、ボールがゴールネットを撫でた。

**

私がサッカーを始めたきっかけは、公園で転がってきたボールを思い切り蹴った瞬間に訪れた。

ボールの持ち主である年上のお兄さんが発した「すげぇ!!!」の一言。

その一言が頭の中でループした。

幼少期の私は、自分の感情をコントロールするのが苦手で、いろんなものやひとにそれをぶん回し当たり散らしていた。

いつもいつも頭の中には曇り空が広がっていて、褒められることはなかったし、スッキリすることもなかった。

でも、ボールを思い切り蹴った瞬間、そしてお兄さんが褒めてくれた瞬間、人生で初めてその二つを手に入れた気がした。

その日から私は来る日も来る日もボールをひとりで蹴り続けた。

ちょうどサッカーのJリーグが開幕した時代。
サッカー仲間を探せばそこら中に居たと思うが、協調性の欠片もない私には練習相手が居なかった。

見かねた母親が所属チームを探してくれた。

当時、女子のサッカーが盛んではない時代、女の子が足でボールを扱うなんて…と言われていた時代、なかなか所属させてくれるチームはなかった。

…と私は思っていたが、今思えば私の体験練習での協調性のなさが問題だった可能性もある。それくらい尖った女子だった。

とにもかくにも、所属チームが決まらない。
そこで頭を抱えた母親が選んだ、最後の望みを託したチームは、結成わずかニ年目のチーム。

とにかく人数が欲しいだろうという相手の懐事情に飛び込み、なんとか所属が決まった。

最終確認としてこう聞かれた。

「ほんとにやるのね?」

「うん」

この選択をした瞬間、あのループシュートへと道が繋がった。

**

私はその日からサッカーに夢中になった。

今思えば努力としか思えないことを、全く努力と思わずただひたすらに積み重ねた。

うまくなると、自然と周囲から一目置かれる。協調性はまだ小指の爪ほどしかなかったが、サッカーを通せば交われるという自信が私を徐々に変えていった。

当時の規定では、なぜか女子の選手は男子の公式戦に出られないことになっていた。

仕方なく私は、男子と掛け持ちで女子のチームに所属をし、公式戦だけはそちらで出場することにした。

当時は女子のサッカー人口が少なかったこともあり、気付けば女子の県の代表に選ばれていた。

後に、なでしこジャパンとして大活躍した選手達が、私の県には何人も居た。

そのチームで私は一軍に選ばれ、大会では優秀選手賞をもらい、有頂天になっていった。

そんな私に突如立ちはだかったのは、昭和の残り香を養分に生きているような、そんな指導者だった。

競技人口が少ないスポーツは、もちろん指導者も集まらない。

理不尽に怒鳴られ、罰を与えられ、仕舞いには試合に出されなくなった。

気に入られないと試合に出られない状況になった私は、そこで初めて人の顔色を伺うことをした。

どうしても試合に出たかった。

試合に出ても、右行け左行け下がるな上がるな…と、赤旗白旗ゲームのように飛び交う指示に、従順に動いた。

自我の塊だったはずの私は、気付けば傀儡になっていた。

結果が残せるはずもなく、サッカーを好きで居られるはずもなく、私は中学進学を機にサッカーから離れた。

**

サッカーボールを見るのも嫌な時期が何年もあり、県選抜での仲間達の活躍を耳にしては心の中で唾を吐き、気持ちの整理がつかないまま大人になった。

そんなある日、職場の同僚からフットサルに誘われた。最初は断ったが、人が足りないからと何度も誘われ、気づいたら行かざるを得ない状況になっていた。

昭和の化身に身につけさせられた、人の顔色を伺うスキル…その頃にはばっちり板についていた。

乗り気ではない心を引きずり、なんとか体育館にたどり着いた。

靴を履いていると、そこにボールが転がってきた。

何気なくそれを蹴った。

瞬間、懐かしい何かが私の中で弾けた。



楽しい!!!!!




驚くことに試合はもっと楽しかった。
没入感、一体感、爽快感。

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そして私はループシュートを決めた。

振り返るとそこには「すげぇ!!!」と目を輝かせる男性がいた。

ループシュートを打てる程の技術を身につけ、他人の様子を観察する癖を染みつかせ、私はここに辿り着いた。

そう、彼に出会うために、私の道は続いていた。

**

たまに思うことがある。

サッカーをしていなかったら?
もしくはサッカーを嫌いになっていなかったら?

彼との出会い、そこから生まれた新たな私との出会い、そして我が子達との出会い…全てが無になる。

あの日、ボールを蹴り上げた先は、曇りのない今に繋がっていた。


#あの選択をしたから

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