泳げない海亀 #91(Separate ways)
ネルソンが裏で手を回さずとも「ワク」が世に出る事は無かった。ちょっとした騒ぎにはなったものの、当の本人と連絡が取れなくなり、姿も現さなくなると話題自体が急激に収束していった。
それと同時進行的にロガーヘッドの人気もスキャンダラスな噂ばかりが目立つようになり、目に見えて落ちて行った。
✴︎
週四回行っていたバンド練習も徐々に回数が減り、挙げ句の果てには懇意にしていたボーカルであるサクライの欠席が目に付くようになった。
「ふざけやがって。あいつ、どうして来ないんだ」
何の連絡も寄越さないで練習をサボることも常習化しているサクライに忍は苛立ちを隠せなかった。三人で合わせる音もどこか噛み合わず、ぎこちない。
「奴はもう来ないよ」
隼人がスタジオ内の壁にかかった時計を一瞥するとドラムスティックを束ねながら言った。
「どうしてですか。サクはうちらと楽しくやっていたじゃないですか」光明が喚いた。
「楽しかったんじゃない。奴の目当ては俺達の人気だ。それもここ最近は芳しくない。興味が無くなったんだろ」
サクライだけではなかった。それまでロガーヘッドに群がっていた取り巻きの人間も低迷している人気に伴い、一人二人と消えて行った。
もはやロガーヘッドに価値はない。
そう判断し、手の平を返すように彼等の前からいなくなるのだった。
「サクはそんな奴じゃない。俺達と一緒に」
「そんな奴さ。はじめから分かっていた事だよ」
隼人がドラムスティックをケースにしまいながら光明を遮るように呟く。
そして顔を上げた。
「俺はこのバンドを辞めるよ」
その言葉に一瞬空気が止まった。
「兄さんもサクライと同じなのか?」
忍が聞く。
「そう思われても仕方ないな。でも俺は俺の選択をするよ。あの昇太を見てそう感じたんだ」
そう言って頬を緩める。
「俺たちはやっぱり好きな事を好きなようにやるべきだよ。だってミュージシャンなんだぜ」
忍が俯き、そしてしばらくして白い歯をみせた。
「兄さんは相変わらずかっこいいな」
嗚咽が聞こえ、忍が振り返ると光明が涙を拭っている。
「お前、また泣いているのか」
忍のその声も震えている。
「俺、すっかり昔の自分を忘れてました」
目を赤く腫らしながら光明は忍を見た。
「馬鹿野郎。いい歳したおっさんが狼狽えるのは見るに耐えないぞ」
頭をかきながら忍が苦笑する。隼人もそれを見て笑った。
続く
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