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瞑想が深まるとどうなるか

実は、私は毎日瞑想(座禅)します。
寝る前に2時間ほど座ります。

瞑想をしたことがない人に対して、

「瞑想が深まるとどうなるか」

を言葉で表現します。

まず、座った直後は、色々な雑念が沸きます。特に日常の様々な懸案事項

「○○を締め切りまでに終わらせないといけない」
「○○は承諾すればよいのか、断ればいいのか」

といったことも当然思い浮かびます。

キレイごとしか言わない巷の瞑想指導者は

「何もジャッジするな」

と必ず言いますが、逆に私はあえてジャッジします

それでしっくりくる答えが出ればそれで落ち着くわけですし、
答えが出なくても、状況整理くらいにはなるので、やはり落ち着きます。
ジャッジは大事です。

そうこうしているうちに、体の感覚に意識が向くようになります。
巷の瞑想指導者も

「あまり食後に瞑想しない方が良い」


と言われますが、それはその通りだと思います。

食後に座禅すると、

ざわつく感覚・落ち着かない感覚

に陥りがちになってしまうからです。

少しおなかが減っているときの方が気持ちが落ち着きます。
だから、瞑想に入れるようになると、自然とあまり食べなくなります。

お酒を飲むと、

ざわつく感覚・落ち着かない感覚

が増長されてしまうので、
自然と飲まなくなります(とはいっても宴会では楽しく飲みます。笑)。

足を組んだことのない人だと、すぐに足が痛くなると思いますが、
こんなものは才能でも何でもなく、単なる訓練です。

少しずつ座禅を繰り返すことで、
誰でも長時間座れるようになるものです。

座禅で少しでも「落ち着く」感覚が得られればしめたものだと思います。
それを少しづつ繰り返してただただ座れる時間を延ばすだけです。

目安として、私の場合ですが、大体一時間くらい座り続けると、そういった想念が沸かなくなります。

このままずっと座れるのではないか、と思える状態に陥ります。

そのときは

「ただ何もない」時間が過ぎるだけ

となります。

瞑想そのものを言葉で表現すると、これだけのことです。

瞑想したことのない人に分かりやすく伝えるなら、

「何か好きな趣味に没頭して時間を忘れる」

が一番近いと思います。
没頭しているその時は「何もない」ですよね?

厄介なのは、

たったこれだけのことなのに、巷の瞑想指導者は、
何か崇高そうな権威のありそうな色々な言葉

「宇宙」
「無限」
「神」
「仏」
「エネルギー」
「振動」

を貼り付けて権威付けしようとする

ということです。

何か(趣味や仕事)に対して異常なまでに没頭している人のことを

「神がかっている」

と表現すると思います。想像してみてください。

没頭している人自身が自分自身のことを「神がかっている」とは言わないですよね?

瞑想が深まると、人の深層心理が赤裸々に見えるようになります。