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「黒影紳士」season3-4幕〜秋、深まりて〜 🎩第四章 策士、眠りて

――第四章 策士、眠りて――

「涼子さん、珈琲欲しいな」
 黒影は涼子に監視カメラ映像を乍ら言った。
「そうさね……黒影の旦那は珈琲だった。今、持って来るよ」
 涼子は風柳と白雪がお茶を飲んでいた店の奥の部屋を通り、キッチンへ向かおうとする。
「ちょっとぉー!キッチン貸してっ。其れは私の仕事なの!」
 白雪は仁王立ちして涼子を止める。
「おやおや、今日も可愛いお姫様だねえ。じゃあ、貸すから持って行ってやんな」
 と、涼子は素直に今日は退いてくれた。
「何よ、なんか調子狂うじゃない」
 何時もは黒影を取り合って一悶着あっても良い筈なのに、其れが無くて白雪は思わず言った。
 白雪が黒影に珈琲を持って行くと、黒影は手だけ伸ばして珈琲を掴み、監視カメラ映像を未だ凝視している。
「風柳さん、来た!」

 突然黒影は振り返って言った。
 風柳は夢探偵社付近で待機していた穂に、慌てて知らせる。黒影は更に監視カメラ映像に集中して海堂 幹也を追う。無線に繋がっているマイク音声に切り替えた。

 ――――――――――――――

「了解!開始します」
 穂は慌てて、
「サダノブさん、来ました!」
 と、声を掛けて二人はバイクを風柳邸兼探偵社の横に置いて、回り込んで庭の木々に身を潜めた。

「今、マルタイ《(対象者)=此の場合は海堂 幹也》が入ったのを此方でも確認した、どうぞ」
 黒影は無線が聞こえているか確認する。
「感度良好。マルタイのバイク確認。排気量からして、十分追い越せそうです」
 サダノブが返答した。
「了解。次の合図迄待機だ」
 と、黒影が言ったので、其の儘静かに二人は息を潜めた。
 二十分位経っただろうか……。
「犯人が出るぞ。追尾準備」
 黒影がそう言ったのでサダノブは、
「準備出来ています。マルタイ確認後出ます」
 と、答える。
「ああ、分かった。健闘を祈る」
 黒影は其の儘無線を切った。

 海堂 幹也が外に出て設計図を畳み、バイクの椅子の中に入れると走り出す。
 穂とサダノブはアイコンタクトし、ゆっくり走り始める。
 途中、直線道路に入るとフルヘルメット内の穂とサダノブが、ツーリングの際の会話で良く使っている、「たすかーる」製の無線マイクを使う。
「此処が良さそうだな。じゃあ、行って来まーす」
 サダノブは穂に言うなり、海堂 幹也のバイクの横にスーッと加速して付けると、海堂 幹也のバイクのサイドミラーをガッと掴み、車体にパーっと氷の結晶を這わせた。
 一瞬、何が起きたか分からない海堂 幹也はぐら付きスピードを下げる。後ろにいた穂は其の隙に小さなGPSを、海堂 幹也のバイクの車体とタイヤの間の車体側の裏に貼り付け、直ぐに次の小さな交差点を曲がった。
「サダノブさん、出来ました!」
 穂の其の声を聞いて、サダノブも逃げ道を探して曲がると同時に手を離し、スピードを上げて確認される前に逃げる。
 暫くして辺りを見ても海堂 幹也が付いて来ていないと確認すると、
「穂さん、付いて来られてない?大丈夫?」
 サダノブが心配そうに聞くと、
「大丈夫そうです。此の儘合流しますね」
 と、元から車体に搭載されているサダノブと穂のGPSを見て来る様だった。
 サダノブはバイクを止めて、スマホで黒影に連絡し、
「任務、完了ー!此れから穂さんと合流したら帰ります」
 と、伝える。黒影は、
「ああ、海堂 幹也のバイク位置、確認出来た。バイクがあるだろうから先に家に帰ると良い。心配なら穂さんとご飯でも食べてくれば良いよ。お疲れ様」
 黒影がそう言うと、
「やったー!じゃあ適当にメシ食って帰ります!お疲れ様でーす!」
 と、サダノブ任務直後なのに既に脳天気だ。
 ――――――――――――――
「海堂 幹也の現在地が分かる様になった。涼子さん、此のデータを常に見れる様に、うちのタブレットと同期して欲しい。……後は、そうだ此処も未だ危険か。未だサダノブの荷物があるかも知れないけれど、ゲストルーム空けるから暫く使えば良い。……ねっ、風柳さん?」
 黒影は急に話を風柳に振る。
「あっ……えっ、ああ良かったらですが……」
 風柳はお茶を溢しそうになって言うので、黒影はしてやったり顔でニタリと笑った。
「……そう言われてもねぇ、黒影の旦那の所に行けるのは嬉しいけれど、店の物が心配だよ」
 涼子は辺りを見渡して言う。
「其れなら、うち(警察)の者を誰か付けますよ。海堂 幹也が動いて身の潔白が証明出来なくなってもいけないだろうし」
 と、風柳は提案する。
「……まぁ、其れなら遠慮なく遊びに行かせて貰おうかね」
 涼子はやっと納得した様だ。
「えー、魔女と一緒~?」
 白雪は膨れっ面をして断固反対の様だ。
「ほら、困った時はお互い様だよ。海堂 幹也を捕まえる迄のほんの少しの間だよ」
 黒影は微笑んで何とか機嫌を良くして貰おうとしている。
「少しだけ?」
「うん、ほんの少し……」
「全く……仕方無いわね」
「……有難う」
 黒影は何とか白雪を納得させた。
 ――――――――――――――

「サダノブ、あんた良くこんな監視カメラだらけの所に住めたもんだねぇ……。頭狂っちまうから全部オフにしといたよ」
 サダノブが帰るなり、涼子がゲストルーム兼何時もはサダノブの部屋から出て来る。
「えっ?あれ?涼子さん、何で?」
 サダノブがそんな事を言っている間に、黒影が気付いてリビングで、
「涼子さん、其奴は頭が馬鹿になるぐらい束縛されたいド変態だから放っておけば良いんですよ。……で、サダノブ、暫く危険だから涼子さんを家で預かる事になったから」
 と、サダノブに涼子がいる経緯を話す。
「先輩、今のは流石に酷いですよぉー。俺は穂さんが安心するなら良いって、放っておいただけですからねー」
 サダノブは心外だと言いたいのか、腰に両手を置き膨れっ面をしている。
「穂も穂ならアンタもアンタだよ」
 涼子は呆れてゲストルームに戻って行った。
「人の腕を万年、取ろうとしている奴の何処が正常なのか聞きたいぐらいだ」
 そう付け足して黒影は珈琲を飲んだ。
「其れと此れはそもそも……。あっ!其れより俺の荷物勝手に退かしましたよね?!」
 サダノブが黒影に慌てて聞く。
「ああ、涼子さんがな。態々良いって言うのに、二階迄運んでくれたよ。……何か拙かったのか?」
 黒影は何事かと聞いたのだが、
「べっ、別に……良いですけど!」
 サダノブはそう言うなり勝手に怒って二階に上がってしまった。
「……ん?……なんだ、サダノブの奴。其のうちプライバシーが如何のこうの言って来ないだろうなぁ。涼子さんならうちの仕事の遣いに散々出してるから、今更気にはならない筈だが……」
 黒影は頭を捻り呟いた。
「何だか、最近怒りっぽい気もするな。……遅れた反抗期だろうか?」
 風柳も気にはするも理解出来ない様だった。

 ――――――――――――――――――――
「おいっ、何をそんなに怒ってるんだ?変態発言は流石に謝るよ」
 と、黒影は気になって二階に行き謝るのだが、鍵を勝手に閉めて入れてくれそうもない。
「あのな、元は僕の部屋なんだが」
 思わず黒影は溜め息を吐いて言う。
「もう良いよ……俺、居場所ないし……」
 と、何故かいじけている様だ。
「はぁ?また家出とか言い出すのか?穂さんと居たいんなら素直に言えば良いじゃないか?今、お前の所為で居場所が無いのは僕の方なんだが」
 と、言うのだがサダノブは、
「違います!さっきご飯行ったばっかりだし。ポチでも馬鹿でも何でも良いですけど、信用してくれないし、頼ってくれないし……涼子さんばっかり!」
 と、怒ってる理由を言うのだ。
 サダノブの説明下手には慣れていた黒影も流石に訳が分からず、上を見上げた。
「はぁ?白雪じゃあるまいし。……お前言っている事が支離滅裂だぞ。信用も信頼もあってって、当然だろう。そうじゃなきゃビジネスパートナーにならないよ。其れに明らかに何の能力が無くても、普通に強いし素早いからな。其れに機器を作る腕が良い」
 黒影は涼子を思い浮かべ答えた。
「じゃあ、他は要らないですよね!俺だって、風柳さんだって、白雪さんだって!皆そんなにオールマイティじゃ無いですもんね!探偵するなら、涼子さん一人と組めば良いじゃないですか。迷惑だの、狙われるのが飛び火するだの何時も気にして……本当はビビってる癖に!俺に言わせりゃ、あんたの方がよっぽど馬鹿らしいっすよ!」
 と、サダノブが言うではないか。
 流石の黒影も此れには頭に血が昇って、
「面と向かって言えない奴に言われたかねぇよ!勝手にまた人の思考読んだなっ!そうやってコソコソして、人の気も知らないで、何も考えないお前に何が分かる!?こっちは人の命預かって考えているんだぞ!馬鹿だと言うならお前が代わりにやれるんだろうなっ、やってみろよ!」
 と、とうとうキレてしまった。その直後、ドアが開いてサダノブが、
「出来る訳無いじゃないですか。……そんなの、誰にも」
 と、言った。
 黒影は、今にも殴り掛かって大喧嘩になってもおかしくないと思っていたのに、サダノブが何を言いたいのか今度こそ分からない。
「別にコソコソする気なんて無いですよ。何時も読んだ後かも知れないけど、話してるじゃないですか?そんなに信用ないかなぁ……俺。先輩は頼りになるから分からないかも知れないけれど、あてにもされない方の気持ち、考えた事あります?此の程度だからって決められた方の気持ち、分かります?そういう優劣より可能性を信じるのが、先輩じゃなかったでしたっけ?
 ……疲れてますよね。ずっと。何でそう言う時は他の誰でも無く、涼子さんなのかなぁー。
 死にたかったんですよね、あの日も。采配を間違えて誰かが死んだら……。ずっと此の儘考え続け、何時か失敗したら……そう思って。頼られる事が怖くて逃げたかった。其れを変えてくれたのが涼子さんなんでしょう?
 確かに涼子さんが絡んだ事件かも知れない。だけど手が足りないと思うのは、また疲れて逃げたくなったから。未解決……トラウマですよね。フラッシュバックしてるんだ。俺みたいに読めなくても、人は何処かで感じて分かるもんじゃないんですかね。……俺が必死で掴んだ腕は、そんな冷たいもんじゃなかった」
 サダノブの言葉に黒影は思わず自分の掌を見た。
 開いたり、閉じたりするのに……何故か其の時、冷たく血潮の様な物が、全然感じられなかった。
 ……温かい腕が無いから、居場所が無いなんて言ったのか……。
 其れにしても、何でこんなに変わってしまっていたのだろう。
「……如何したら……良いのだろう……」
 気が付けば、黒影はそんな言葉を発していた。
「また全然休んでないっすよ。偽の設計図、何時間書いてたんだか……。もっと気楽に頼って休めば良い。もっと信じても良い。海堂 幹也が動いたらちゃんと起こします。先輩、本当に事件の事しか頭に無いから、風柳さんも白雪さんも心配だったのに。……言えなくて辛そうにしてるのに、全然気付いて無かったじゃないですか。じゃあ……俺、リビングでのんびり緑茶でも飲んできます」
 サダノブは言うだけ言ってリビングに行ってしまった。
 黒影は思ったより周りが見えていないのだと、一つ長い溜め息を吐くと、
 ……一々其れが言いたいだけで喧嘩吹っ掛けて来るなんて……。
 よっぽど己は頑固に見えたのかと、苦笑する。
 背伸びをして、窓を開け……少し冷たい風で頭を冷やし、だらりと肩の力を抜いて安楽椅子に凭れて眠りに就く。
 久々の安堵感を感じ乍ら……。
 ――――――――――――

「サダノブ……黒影は?」
 風柳が喧嘩でもしたのかと心配になり、降りて来たサダノブに聞いた。
「ああ、先輩なら休んでるんじゃないんですかねー」
 と、行って微笑んでいる。
「そうか、其れなら良かった」
 風柳もほっとしたのか笑っていた。
「やっと大人しく寝てくれたのね。本当に大人しく出来ないんだから、あの人……」
 白雪は黒影の飲み掛けの珈琲を眺めて言うと、小さく笑い目を薄くする。
「マジで説得大変でしたよー。殴られるんじゃ無いかって内心、めっちゃビビっていたんですから」
 サダノブは心臓の辺りを押さえて深呼吸した。
「お疲れ様」
「お疲れ様でした。お茶淹れるわ」
「上手くいったみたいじゃないか」
 四人の策士に嵌り、黒影は幸せそうな笑顔でのんびり夢心地だ。
 ――――――――――――――
「……此処が多分拠点ですね。でもオークション会場に急にバイクじゃない移動手段で移動されたら厄介ですね」
 サダノブはタブレットのGPSの海堂 幹也が暫く留まっている地点をテーブルに置き言った。
 其れを聞いた茶を啜ってまったりしていた涼子が、
「其れならもう問題無いよ。警戒心が高いと損する事もある。ぜーんぶ、監視カメラ映像から、此方から観れる様にしておいたよ」
 と、ケロッと言うではないか。
「え?もう?如何やって?」
 驚き乍らサダノブが聞いた。
「サダノブには難しい話だから、簡単に言えば黒影の旦那の秘蔵っ子の衛星追跡にちょちょいと変わった電波乗せてるのさ。流石の「たすかーる」でも、黒影の旦那がいないと出来やしないよ」
 涼子は上を指差してそう説明する。
「まさか違法な何かではないだろうね?」
 風柳は恐る恐る聞いた。
「さあね。国際法では灰色セーフ。そもそも黒影の旦那の所有物だからね。なんて言っても後ろ盾が良い。其れに開発の提案して来たのだって黒影の旦那さ。あたいは技術を少し提供しただけ」
 と、すました顔をしてまた茶を一口飲んだ。
「全く……彼奴は何処から何処迄手を広げているんだか、全然分からん!」
 いくら兄の風柳でも、考えている事が分からないのが黒影なのかも知れなかった。

 ……だから面白い。君の帽子の中は……。

 ――――――――――――――――
 夜が夕陽を吞み込んで直ぐ、黒影は頭がスッキリした気分で一階に行った。
「お早う、良く眠れましたよ」
 リビングで団欒している皆に、軽く挨拶をして自席に座る。
「何だ、楽しそうじゃないか……」
 隣で白雪と涼子が珍しく花札で遊んでいる。
「全然、楽しくないわよ!未だ役も覚えていないのに、容赦しないんだもの。卑怯よっ!」
 白雪は憤り意地になっている。
「どうせ風柳さんがいるって事は賭けていないんだろう?嫌なら降りれば良いじゃないか」
 黒影は何を無機になっているのかと、呆れて言う。
「お金じゃなくても賭けてるんですよ」
 サダノブが黒影に耳打ちをする。
「何をだ?」
 不思議そうに聞いた黒影にサダノブは笑い乍ら、
「今日の先輩の夕飯を何方が作るか……を、ですよ」
 と、言うではないか。
「はぁ、全く暇だからって下らん事を。少なめにしたら半分ずつ食べるよ」
 と、辞めさせようとしたが、
「ちょっと、此れは女同士の戦いなの!口挟まないでっ!」
 黒影は白雪に言われてしまう。
「そうだよ、黒影の旦那っ!勝負にいちゃもんつけるなんて勝負師らしくないね」
 と、涼子にまで勝負師らしくないとまで言われ、
「ならば此の勝負はフェアでは無いらしい。勝負師ならフェアに戦うべきだ」
 黒影は白雪の手札から、絵柄札を指差し、
「赤短、花見酒、猪鹿蝶……で、こいこいだな」
 と、白雪に教えてやる。
「教え過ぎだよ、勝負にならないじゃないか!」
 涼子は言う。
「役を知らないのに吹っ掛けたんだから構わないでしょう?札を持っていたのは確かなんだから。さぁ、後何点差?」
 と、黒影は聞いた。
「5点」
 二人の勝負を見て点数を数えていたサダノブが答える。
 其の間に涼子はカスを引いたらしい。
「あれ?此れじゃ流れちゃう……」
 白雪が思わず次に手にした札を見て言った。
 其の言葉に涼子はにやりと笑みを浮かべる。
 白雪が捨て様とした手を、黒影がスッと止める。
「捨てるは必要ない。もう一つの意味があるんだよ。皆で力を合わせればっと……はい、「雨四光」。良い景色だ。
 ……さあ、此の辺でお開きにしないと作戦会議にならないし、夕飯が何時迄も食べられそうにない。
 そもそも賭けているのに、僕に何を食べたいかも聞いていないのだから始まらないじゃないか」
 黒影は尤もらしい事を言う。
「じゃあ、黒影は何を食べたいの?」
 白雪が聞いたので黒影は微笑んで、
「涼子さんは得意の煮物、白雪は洋食、一品ずつ皆に作ってくれたら嬉しいなぁー。スープにするか味噌汁にするかは、二人の料理のバランスを見て僕が具材考えて作るよ。如何?」
 そう二人に黒影は微笑んで提案する。
「其の笑顔には弱いからねぇ。まぁ、一人前の煮物じゃ作り辛くて仕方無いから、皆のも一泊の礼で作っても良いよ」
 涼子は納得してくれた。
「白雪は?」
 黒影はまたにっこりして聞いた。
「あーもうっ!同じキッチンに立ちたく無いし、入れたく無かったのにぃー。黒影も作るなら、其れで我慢するわよ!和洋なんて合わなくても知らないんだからっ!」
 と、プイッと外方を向くも、作る気になったらしい。
「さあ……女性二人に手料理を作って貰える、幸せな男共は作戦会議と行きましょうか」
 と、黒影は笑った。
 ――――――――――――

 涼子が先にコトコト落とし蓋をして弱火にし煮込んでいる間、白雪は洋食を作り、作戦会議が終わった黒影は、其の二つの料理を見て少し驚いた。
「意外と良い組み合わせだ」
 そう呟くと、白ワインを出してグラスに注ぎ飲み乍ら、味見を少しして上を見て考える。
「良し、あえて和の白味噌かな」
 と、呟いた。

 テーブルに並んだのは涼子が白雪を気遣って、洋食に合いやすく作ったらしい、少し薄味だが出汁を効かせたカレイの煮付けで、生姜もしっかり細かく刻んでおり薬味も揃えてある。
 白雪も其れに合わせ様としたのか、揚げた海老と貝をたっぷりの野菜で混ぜた具材の多いサラダの様な一品に、トマトとブロッコリーを上に飾りドレッシングは別に掛けられる様にしていた。
 ……やっぱり、本当は仲良しなんだよなぁー……。
 そう思い乍らも、黒影は二人の味の邪魔にならない様、白味噌で油揚げとワカメのオーソドックスな味噌汁を合わせる事にした。

「涼子さん、未だ「昼顔」の涼子の腕は健在ですか?」
 食事をしつつ黒影は涼子に聞いた。
「ああ……多分ねぇ。其れより、料理対決は何方が勝ちかい?」
 涼子はわくわくして聞く。
「健在ですか……其れは素晴らしい。後で作戦の計画書見せますね。
 料理対決は……そりゃあ妻の料理が一番ですけど、涼子さんのも中々に美味しいですよ。まさか、二人示し合わせたみたいに魚介にするとは思いませんでした。白ワインの何かと思ったんですが、其れではあんまりに折角の味がボケてしまうので、僕はシンプルにさせて貰いましたよ。甲乙付け難い……仲良く作れたので二人共勝ちですね。お疲れ様でした」
 と、言うなり黒影はキッチンに戻り、涼子に日本酒と、白雪にシャンパンをグラスで出した。
「仕事になるかも知れないから、嗜む程度でお願いしますね」
 と、付け足して。
黒影は作戦の書類を見乍ら最終チェックをすると、まだゆっくり幸せそうに食べているサダノブの、タブレットの海堂 幹也の現在地を確認して見ている。
「風柳さん、此の辺りで貸切出来る広い会場のあるホテルって何処でしょうね?其れかネットオークションかなぁ?実物も確かめないで買うには、些か冒険な品ばかりだからなぁ……未だ警察の方は何か報告ありませんか?」
 既に食べ終え、お茶迄飲んで夕刊を見ている風柳に、黒影は聞いた。
「未だ無いが……。何だ、今日だと思うのか?」
 黒影に風柳が聞く。
「ええ。監視カメラ画像を見ていたら海堂 幹也、ガレージに行って何回か車のトランクを開けているんですよ。
 バイクの時にサダノブに凍らされ掛かったから、随分と警戒して全て外からも何か分からない様に鞄に入れたままトランクに詰め込んでいます。其の回数が盗まれた物の数と一致します。オークションの準備だったらしいですね」
 と、黒影は言うのだ。
「でも此の辺のホテルなら夜の部の会場貸しはもう始まっているだろう?」
 と、風柳は聞く。
「ええ当然。……始まっているんですよ、闇のオークションも。他のオークション……例えば、慈善団体の寄付を銘打った偽のオークションの名前を使って。
 商品名さえ違えば、事前に商品ロットと詳細を送っておけば、オークション成立で本物か見るだけで済みますし、車のトランクに海堂 幹也が詰んだ様にバックだけ出しても周りからは見えないが、買った相手だけ確認出来る。
 海堂 幹也が動かないのは、未だ出番は大取りの後半ですからね。其れ迄奪われる事を警戒しているんです。
 あの近辺に廃屋も無いし、工事中のビルも無い。呉々もバレない様に見て廻って来て欲しいんです。特に入場制限は厳しい筈ですよ。
 今、身柄を確保し奪った物を返して貰えれば、僕は其れで良いのですよ。   今、待っているのは、一斉にしょっ引いて貰おうとしているだけですからね」
 黒影は此の間の礼に、警察にも一花咲かせてやりたいと思っている様だった。
「何だ、其れを早く言え。皆きっと喜んで探してくれるぞ。今直ぐ動かすよ」
 風柳は笑顔で連絡を取り、さっきの話を簡潔に話し捜査に当たる様、話している。
「涼子さん、ちょっと面倒が増えちゃったけど、良いかな?勿論、海堂 幹也を最優先に逮捕する。此の僕が保証する」
 黒影は涼子に言った。
「黒影の旦那のお願いじゃあ、仕方無いね。まあ、また他の奴らに盗られるより、丸めて一回解散して貰った方が、あたいも気分が良いよ」
 と、涼子は了承してくれる。
「有難う、涼子さん」
 黒影は微笑んでいた。
 ――――――――――――――――

「其れらしき、オークションが見付かったぞ!」
 暫くして連絡があり、通話は其の儘に風柳が黒影に伝える。
「ドレスコードってあるんですかね?僕は面が割れているだろうし……。潜入なんてまどろっこしい物は要りませんね。大宴会の方が性にあってる。……ホテル側に連絡して、会場を囲みますか」
 黒影は少し考えて言った。
「其れが良いな。丁度隣の小さな会場が空いているらしい。其処に隠れて一斉に出るか……」
 風柳は黒影に聞く。
「場所は其処で良い。奴等は拳銃を持っているに違いない。あんまり警官とは言え、撃ち合いは流れ弾が厄介になるから避けたい。さっきの策で先陣を行きましょう。
 出入り口の箇所、廊下の幅、内部の広さだけが分かれば十分です。到着する迄ホテル側に確認して貰って下さい」
 黒影は其の言葉と共に、そろそろ出る事を皆に知らせた。
「未だ食器洗えてないわぁー」
 白雪が黒影にキッチンから声を掛けた。
「おや、其れは困った」
 慌てて黒影はキッチンに手伝いに行った様だ。
「さて、美味しいご飯も食べたし、あたいは動き易い服に着替えて来るよ」
 そう言って、涼子はゲストルームに戻って行った。
「サダノブ、忘却の香炉忘れるなっ!」
 黒影はキッチンからサダノブに声を掛ける。
「はーい、既に大事に持っていますよー!」
 サダノブは黒影に返事をした。
「良し、其れで良い。今日は絶対、お前に必要だからなっ」
 黒影は安心したのか、また食器を洗っている。
 ――――――――――――――
「良し!向かおう。タブレットで海堂 幹也の位置は絶対把握する事。サダノブ、最優先事項だ。頼んだぞ」
 ……あれ、今頼まれた?……
 サダノブは少し嬉しくて、笑顔で黒影の後に付いて行った。
「困ったなぁ……」
 風柳が思わず言った。車は四人でピッタリぐらいだ。
「あたいが仕事する時は此れだって知っているだろ?」
 車の横に涼子が真っ赤なライダーズスーツに、真っ赤なバイクに跨り其処にいた。
「そうだったな」
 風柳は思わず苦笑した。
 何でこんなに派手なのに捕まらなかったのかと、今更思ったからだ。
――――――――――――――

「……如何ですか?状況は?」
 黒影はオークション会場の隣の小さな会場に入り、顔見知りの刑事らと落ち合う。
「未だオークションが始まって一時間。イベント予定の提出書類では、如何やら三時間の予定らしい。後、此の小さい方の会場が見付かると厄介だからホテルの従業員に扮した警官を配置して巡回させている」
 と、黒影だと気付くと答えてくれる。
「巡回と連絡手段は?後で一時退避して貰うと思います。先に海堂 幹也を捕まえて設計図等を取り戻す。其の際、一時期的に煙幕の様な物を起こします。どんな物が見えても其の範囲外には及ばない。一般人は巻き込みません。信じて下さい。
 火災防犯シャッターや火気に反応するものは全て切って下さい。我々が入ると同時のタイミングで巡回を退避させるのがベストです。先発が終わったら直ぐお知らせします。そうしたら、一斉逮捕に踏み込んで下さい。正面出口からで大丈夫です」
 黒影は探偵社側の計画を説明した。
「連絡は無線だ。今、一台渡す。能力を使うんだな……。防犯シャッターと火気に反応するものを切る様、ホテル側に伝えておこう。一般人は潜入前に出入りを封鎖する。
 何をする気か多分聞いても分からんが、あまり無理はするなよ」
 と、其の刑事は最後に黒影を心配してくれた。
「今は……一人で無理しなくて良くなったんです。信頼出来る仲間が出来ました」
 そう黒影は微笑んだ。
「そうか……良かった。本当に、良かったな。じゃあ、健闘を祈るよ」
 と、刑事は言う。
「有難う御座います。其方の健闘も祈ります」
 黒影がそう言うと、其の刑事は嬉しそうに微笑んでくれた。

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お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。