世界名🌎「Prodigy-神童-」⚔️第四章　正義を語る者

――第四章　正義を語る者――

　「ねぇ…遊びましょう…」

暇を持て余したアリスが、一人の見知らぬ男に声を掛けた。男は薄いブルーのサングラスをつけ、胸元の開いた長袖の黒いシャツからはシルバーのネックレスか見え隠れし、指や腕にもシルバーをちらつかせた、少し遊び人のような風貌だった。どこからどう見ても、その気だるそうな動きから、その男も暇人のようにしか見えない。
「あらら…飛んで火に入る可愛い子ちゃんかねぇ～。」
男はアリスの顔を見るなり、サングラスの端を少し落とし、茶化すようにそう言うと、
「なめられたもんだなぁ～…俺等ゴットハンターも。」
とつけ加え、だらけて座っていた石からゆっくり腰を上げた。アリスにとっては敵でもあるゴットハンターだったが、暇を持て余したアリスには、そんな事、どうでも良かったらしい…。
「あら…遊んでくれないみたいね。」
そう言ってアリスが去ろうとした時だった。男は、
「そんなに遊んで欲しけりゃ、ベッドの中でねん寝させてやるよっ。」
と、薄笑いを浮かべてアリスに言う。なんて不躾な男…。ルイスとは大違い…。アリスはそんな事を思いながら不機嫌さを露に、笑顔を隠した。
「あなたも外見はまぁまぁだけど、私、面食いなの。それに礼儀知らずはタイプじゃないわ。」
と、アリスが言い終えると、やはり敵は敵…
男はその言葉に苛立ちながらも、ガードを発動させた。熱風が一面の草花を焼き焦がした。
けれど男はアリスに敵意がない事を察した。
…なんだ、この女は…
「聖戦の陣…聖なる守護を…。」
アリスがそう小さく口にして、祈るように手を組み、その両手を大きく開いた時だった。
そこには誰も見た事がない世界があった。
「召換かっ！！」
男はその世界に呑み込まれる瞬間、そう言って、思わず顔を片腕で隠した。男の視界が開けると、そこには大きな白いクロスのかかったテーブルと数脚の椅子があり、一番奥の椅子にアリスが座っていた。
「ようこそ…。煙草は控えて下さらない？…香りが苦手なの。」
アリスのその言葉を聞くと、男はこのふざけた演出に苦笑し、火のついた煙草を吐き捨て、アリスに掴みかかろうとした。
「駄目よ…喧嘩はいけないわ…。」
アリスは男が襲い掛かるのに、平然とそう言った。その直後だった。…男の動きが止まった。しかし、正確に言えば動けなかったのだ。
男は何事かと我の体を見ると、己の肩と足に、幾つもの黒と白の手がしがみ付いている事に気づいた。
「ねっ♪」
アリスは自分が言った言葉が正しいのだと言わんばかりに、男の姿を見てにこやかに笑った。
「アリスのマジックハンドからは逃げられんよ。」
もがく男の背後に落ち着いた感じの男の声がした。一瞬…黒い人影が、動けない男の背後から風のように通りぬけた気がした。男が慌ててアリスの方へと目をやると、アリスの肩を軽く後ろから抱く一人の紳士風情の男がいた。
「まぁ♪…ルイス、来てくれたのん♪」
アリスは、ルイスの登場に笑顔を見せた。
「目を離すとすぐこれだ…。しかし、何故にまたこんなつまらぬ男を連れ込むんだ。」
と、ルイスはアリスを抱いたままそう言うと、男の方を向いて冷たく睨み、鼻で笑った。
「えぇ～っ…だってぇ～、ルイス構ってくれないんだもん…寂しいもん♪」
アリスは男とルイスの間の火花を知ってか知らずか、背後から伸びたルイスの腕に顔を静めた。
「だから、こうして来てやっただろう？」
「うん、嬉しい♪」
男の存在を無視して、二人は何時ものいちゃいちゃぶりを発揮する。ラビーが飛んできて、二人に紅茶まで出して、長閑としか言いようがない…。
「だぁ～れが、”つまらぬ男”だぁ～おいっ！シカトしてんじゃねぇよっ！！」
身動きも出来ない男はとうとう痺れをきらして、ルイスに怒りを露わにした。
「五月蝿いなぁ～、邪魔すんなよ。ホント、つまらぬ男だ。」
と、ルイスもこっちもだと言わんばかりに不機嫌全開な顔をした。
そして、片手をひらりと仰ぎ、宙をふらふら飛んで紅茶ポットを持っていたラビーを呼びつけ、
「ラビー。そこのつまらぬ男にも茶を出してやれ。」
そう言った。
だぁ～かぁ～ら！誰がつまらぬ男だよ…うぜぇ…絶対殺してやる！男はルイスの言動にそんな事を思った。
「これでどう飲むんだよっ！」
男がそう言ったのも無理がない。ラビーが紅茶を目前で勧めようとも、男は腕すらまだ動かせないのだから。
「お前…ほんとにつまらぬ男らしいな。戦意をなくせば済む事だ。」
ルイスは、この馬鹿とは付き合いたくないと言わんばかりに呆れながらも教えてやった。
「ルイスぅ～。この人ねっ、Prodigyだよ。」
アリスはルイスの腕をほどき、ルイスのいる後ろを向くと、そう伝えた。
「そうか…。ならば攻撃出来たとて、何もきかんな。」
ルイスはアリスの言葉に安堵したのか、そう言い終えると優しい笑みを零した。
「確かに…ここでは自由もきかない。…しかし、攻撃もきかないとは聞き捨てならないなぁ～。俺は…Prodigyでもゴットハンターだ。」
そう言うと、男は炎を自らの体に覆った。誰も戦う事すら出来ない筈のマジックハンドの世界で、男は男自身の動きを封じていた無数の手を焼き払った。ボトボトとマジックハンドの焼き焦げた残骸が地に黒い雨のように落ちた。
「確かに…只のつまらぬ男じゃなさそうだ。」
ルイスはその光景に、先程までの優しい笑みを瞬時に消してそう言った。
「アリス…解除してくれ。」
ルイスの願いにアリスは、
「うん。ルイスのお願いだったら聞いてあげるよん♪」
そう答えて召換であるマジックハンドの住まう召喚の世界を消した。

　現実世界に戻るなり、ルイスはサーベルを抜く。何時もの戦い前の儀式のように、手袋を手から外すと、それを地に落とした。
ルイスは顔の正面にサーベルを翳し、祈るように目を閉じた。男の闘志の流れを感じながら、目を開けると戦いの始まる合図のように、
サーベルを持ち替えた。
「はっ…そんな細い剣で俺の炎が切れるとでも思っているのか？！」
失笑と言わんばかりに、男はルイスの武器を見て余裕を見せた。青と赤にゆらめく異色の火炎が、男の右腕に巻き付いている。次の瞬間、男とルイスの姿が交差した。静まる空気の中…ざっという音だけが響く。
「正軍も崩壊した今…Prodigyがゴットハンターとは…まるで…共食いだな。」
先に口を開いたのはルイスの方だった。しかし、その姿は何時もの紳士風吹かせる有意義なものではなく、ルイスの服は炎に所々が焦がされていた。表情にも何時もの余裕はなく、まるで鋭い烏の口ばしが敵を狙うように殺気だっている。
「炎を裂く…かぁ～。面白いんじゃない？」
反対に男は余裕をちらつかせるようにそう言った。それにルイスと比べ、まったく外傷も見られず、戦いを楽しんでいるような笑みさえ見せるではないか。ルイスは急いでガードを発動し、防御に入った。漆黒の羽が、風と同化しサーベルから巻き上がる。
「Prodigyであるあんたの攻撃は効かない。あんたのガードだって解除できる。俺はあんたと違う。同種ではあっても…俺はProdigyの両親から産まれた、Prodigy二世だからな。」
男はそうルイスに言った。ルイスは我の耳を疑う。これが…二世の能力？！ルイスの脳裏に”どうする？”初めて見る敵に戸惑いが浮かんだ。その時だった。
後を追ってきたDr.とザインの二人がのこのこと今頃、やって来たのだ。しかも、
「何、遊んでるんだ？」
と、ザインは暢気そのものだ。Dr.も”ようっ！”と軽く手を翳しただけで、この兄弟にはどうやら場を読むと言う事がわからないようだった。
「何処を見たら遊んでるんだよっ！」
ルイスは窮地だと言うのに、この能天気兄弟に付き合っていられるかと思い、邪魔だと言わんばかりに怒鳴った。ザインはルイスの一括に少し考えたようだが…出た答えが、
「全部。…お前の生き方とか、ふざけた時代遅れの服とか…。」
だった。ルイスは正軍破壊事件の後、数日間ザインという男の日常を垣間見てきたが、鬼神と呼ばれたザインが、実は戦い以外では馬鹿そのもので…何よりも天然だという事実を知った。だから今更、そんな答えが返ってきても驚きはしない。むしろ、ザインに聞いた自分を恥じてため息をつくと、
「甘く見るな。こいつはProdigy二世だ。
俺達の攻撃は効かない…。」
と、ザインに油断するなと忠告を込めて伝えた。しかし、ザインの天然はルイスの想像の範囲を超える。ルイスの言葉に一時無言になっていたものの、やがてザインは手のひらをぽんと叩き、
「こいつもProdigyかぁ～。…そして二世かぁ～。うん、いい響きだ。」
と言うと、満足気に首を縦に二度程振って納得すると、今度は敵である男に、つかつかと近づくではないか。男もこの展開に思わず動きが止まる。
「お前さぁ～…すっごいな。」
ザインは男の前まで行くと、男にそう言った。
Dr.はこの言葉を聞いて嫌な予感を感じていた。
「仲間決定～♪」
うろたえる男を無視してザインは男を指差してそう言った。Dr.も己の予感が的中してしまった事に思わず頭を抱えこむ。
「出たよ…ザインの我侭…。」
Dr.はそう小さく呟くと、幾ら実の兄とはいえ、今だけは他人のふりをしようと心に思うのだった。
「はぁ？…誰がなるかよ！こんな弱そうな奴の仲間になんか、誰がなるかっ！」
男は、当然とも言える言葉をザインに返した。
しかし、一方のザインはというと、その言葉を聞いてもまったく諦める気配はない。それどころか、プラモデルを買ってもらった少年のように目を輝かせ、
「じゃ！じゃあさぁ～！俺がお前より強けりゃ文句ねぇよなぁ～？」
と、男を指していた指を二度程左右に揺らして、小悪魔のような笑みでそう言うのだ。そして、その妙な笑みを残したまま、
「俺はオリジナルだ。俺は…弱かねぇ～ぞ。」
と、ゆっくりとした口調で静かに付け足す。
ふざけたザインの言動に、見ているにも呆れたのか、ルイスは怒り交じりに、
「貴様っ！そいつは俺の相手だ。…しかも、人が弱そうな言い方するなっ！」
と、ザインに言い放つ。…だが、ルイスの怒りは天の一声、
「アリス、嫌だよ。ルイスが戦うの…。」
と言うアリスの一言でがらりと一転してしまうのだった。
「殺（い）てまえ、ザイン。」
と、一言言うとさっさとルイスは涙目のアリスの慰めに入った。ザインはその一言にやる気十分というかのように、
「おうっ！」
と、軽い一言を返すと背に背負った剣に手をかけるのであった。しかし、先に戦闘準備に入ったのは男の方だった。下らない一部始終を見せ付けられていた男は不機嫌になり、既に手に再び炎を纏い、何時でも攻撃出来る状態にいる。こんなに空きだらけの奴に構っていられるか…そう、思いながら男はさっさと始める気でいたのだ。
「ちょっ！ちょい待って！…準備がまだだ。」
その男の姿を見たザインは慌てて男に両手をバタつかせて見せて、戦いを止めようとする。
更に、次にザインがとった行動は、体に巻きついた鞘を押さえる複数のベルトが絡まったらしく、男を無視してそれを解いている。このふざけた行動には、実は男にも予測できないであろう策があったのだ。
「さぁ…やろうか。」
やっとの事で上手く剣を抜けたザインはこれからだと言うように、戦いを楽しむ鬼神の目で剣を前方に構えた。
「いい目だねぇ～。お気に入りに追加でもしとくか。」
男も、ザインの戦いに無邪気な姿に、気を良くしたのか冗談を言う。しかし、次の言葉は一変して男も獲物を刈る豹のような目つきになり、
「だ・け・ど…俺の攻撃はもう終わっている。」
と、言う。ザインはこの予想にしなかった言葉に、
「なん…だと？北斗の拳かよ。」
と、冗談を返すものの、その顔には静かに一粒の汗がつたっていた。それもその筈、Prodigyの戦いでは先にガードを発動した方が勝利する事だってある。それと共に、ガードと攻撃が同じタイプのものならば、攻撃のタイミングが一瞬先を越されただけで死を招く事もあるのだ。ザインは男の真意を探ろうと、男の様子を伺ったが、男に別段不審な動きはない。
…が、足元に微かな熱風を感じた。慌ててザインが己の足元を見ると、ザイン自身の影から火が舞い上がっているではないか。
「炎の審判。…ジャンヌダルクをも焼き尽くしたProdigyを裁きし地獄の火炎…。火刑影裁の炎は狙ったものは必ず逃さない。足元からじわじわと朽ちていくがいい。」
男はザインに死を宣告するかのように、攻撃能力を明かした。
「もう…何も…君を救えない。止まらないよ…君の全てを焼き尽くすまで…。」
男は、炎を必死に払いのけようとするザインの姿をみて、あざ笑うかのように言った。
ザインもその言葉に勝機を失ったかもように首を項垂れた。…かのように思えたが、項垂れたザインが顔を正面に戻すと、そこには先程までは男が感じられなかった殺気立つザインの表情があった。ザインは、別段自分に勝機がない事に項垂れていたのではなく、単にお気に入りの靴が焦げて行くのを不機嫌に見ていただけだったのだ。
「…それって…本当かなぁ～？」
靴を台無しにされた所為か、怒りの篭ったどす黒い声でザインは男に静かに言う。男は、闘志が薄れるどころか増していくのを感じて、不審に捕らわれる。
「真実程脆いものはないのだよ、二世君。水龍の光明…真実を見るがいい。」
ザインがそう言うと同時に剣から透明に光を帯びた龍が現れ、ザインの影に纏う炎目掛けて突っ込んでいく。
火が弱まっているだとっ！！…男はシュウゥ…という音を立てて消えていく炎に我目を疑った。ザインのガードは剣を抜けば自然に発動されるもの。それをあえて発動しなかったのは警戒からの事だったのだ。あのふざけた言動も、男がザインをふざけた奴だと油断した隙に、要でもある剣を抜く時間稼ぎだったのだ。
「油断したな。」
ザインの特殊能力を既に知っていたルイスは、始めからわかっていたと言わんばかりに言った。アリスもルイスの一言に、
「ねっ♪」
と同感すると笑顔を見せた。
「勝負あり…だな。ザインに剣を抜かせた瞬間からお前の負けだ。どんな攻撃もザインには効かない。１００％の防御は１００％の攻撃と同じ…もう、何もザインを傷つけられない…。」
さっきの男の言葉を裏返し、Dr.は兄を侮辱した仕返しと言わんばかりに男に冷めた視線で言う。
「なっ…、そんなわけねぇ！」
俺の１００％の攻撃がっ！…男の心は真実を見ようとはしなかった。己の弱さに…目を向けようとしない未熟さが其処にはある。
「…貴様、つまらぬ上に無能だな。オリジナルのガードを解けるのは、オリジナルの直系の血筋のみ。」
全てが終わったかのようにルイスは自らが起こした突風で吹き飛んだシルクハットを拾い上げ、深々と被り直しながらそう言うと、男を背に歩き出す。Dr.もルイス同様、男に背を向け顔だけ男に向けると、
「つまり…俺だけなんだわ。残念だったね。」
そう言うと、その場を去って行く。男は自分の成す術もなかった事実に膝を落とした。
オリジナルだと言うだけで…何故に与えられたものが、こんなにも己と違うのか…。しかし男自身も、自分の強さに過信していた。何時かオリジナルという存在を砕くものがあるかも知れない。強さとは何か…己が見た真実は、何だったのかと己に問いたその時だった。
「神は…全てを与えない。俺もまた…お前が必要だから…。俺はそう解釈している。」
仲間に続いて背を向け去って行くザインが、足を止め男にそう言い残した。この無敵にも思えるザインにも必要なものがある。だから、あんな不用にも思える仲間といるんだと男は悟った。
「つまらぬ男さんも一緒に遊びに行こう♪」
ルイスの腕にしがみ付いていたアリスが振り向いて男に声を掛ける。
必要なものなんて…何もないと思っていた。
強さだけがあれば、それで良いと満足していた。負けたのは、その愚かさだ。男はそう思い知った。アリスの言葉に優しく苦笑いを浮かべながらも、久しぶりに笑えた…だから、
「もう…つまらない男じゃねぇよ。」
そう答えた。…が、しみじみしたものを悟るデリカシーが、この一行にある筈もなく…
「いいかい、レディー。あんな馬鹿と口をきいちゃ駄目だよ。」
と、ルイスはアリスに忠告する。
「うん、わかったのん♪」
アリスも、その言葉に納得し、男は二人のやりとりに怒り、
「おい、キザ野郎っ！！俺にはちゃんとした名が…」
と、自分の本名を名乗る間もなく、
「Jr.五月蝿いぞっ！」
と、ザインが口を挟む。男の不快感を他所に更に追い討ちをかけるかの如く、
「だとよ。お前…Jr.決定ぇ～。」
と、Dr.が男にニヒルな笑みを浮かべる。
「なんでそうなるんだよっ！」
Dr.の言葉に、更に怒りを増した男が問うと、
「二世だからじゃない？…まぁ、良いだろそんなもん。ザインが決めたらそれでい～のよ。諦めなさい。」
と、ぶっきらぼうにDr.は答えるだけだった。男（Jr.決定！）は、
「適当だな…。」
そう、呆れた奴等に苦笑した。怒りはもうどうでも良かった。自分自身も何時だってどうでも良いと思ってやって来た。だからゴットハンターになって意味の無い戦いを続け、悲しみから逃げていた。何だか…同じ気が少ししただけだったが、
「まっ…いいか…。」
そう小さく呟くとJr.はポケットから雑に煙草を取り出し、火を着けると歩き出した。

　ザイン達が新しく仲間に入ったJr.と共に向かった先は武器屋だった。…とはいえ、見た目は変哲もない民家だった。
「本当にここなのか？」
ザインはルイスが渡した住所の書いてあるメモとその民家を見比べる。
「…ああ、確かにここにあった筈だ。俺の師と昔はよくここに来た。移転した話は聞いていない。」
ルイスも、以前との違いにそうザインに答えながらも、真相を確かめるべく、民家に入った。すると中から柄の悪そうなスキンヘッドの大柄な男が出てきた。
「おぅ！ルイスじゃねぇか！」
ルイスを見るなり、その男は懐かし気に気さくに声を掛ける。
「もう、武器屋は辞めたのか？」
ルイスがそう、その主人に聞くと、彼はそそくさとルイス達を中に入れる。
「あんまり大声出さないでくれよ。」
ルイス達を奥の部屋に案内すると主人はそう言った。
「どういう事だ？」
ザインが主人にそう聞くと、ルイスも話が聞きたいと言わんばかりに、椅子に腰掛けシルクハットをテーブルに乗せた。そして武器屋での交渉を始める如く、危害がない事を示す為、命同様に大切なサーベルを取り外す。
「その様子なら…まだ、何も知らないみたいだな…。知っている奴なら、武器を外しはしない。あんた等が思っていたより、革命とやらは進みが早い…。」
主人はそう言ったが、ルイスは武器を装備する気配はない。この男は信用に足りる…ルイスの行動に、他の仲間も一応に武器を外した。
「何時からそんな物騒になったんだ？」
ルイスは主人に聞いた。
「Prodigyじゃなくても、武器を取って戦うんだとさ。人類全てがあんた等の敵になった。もう、正軍だけと戦う楽な時代は終わったんだよ。だからProdigy専門に武器を売ってた俺は、こうやって隠れるしかない。
お陰で商売もめっきり…。」
主人がそう言うと、
「じゃあ…ここには大した武器もなしか…。」
Jr.はそう言って部屋を出ようとした。…が、主人は、
「待て、若ぇの。だてにこの商売やってねぇよ。安心しな…ちゃんと隠しておいたさ。それより、その様子じゃ情報も欲しいだろ。」
そう言うとJr.を椅子に座るよう指示する。ルイスも、顎で座れと言いたいようだったのでJr.は渋々話を聞く。
「最近はあんたのような二世も随分増えてきた。昔は人間とProdigyが共存していたが、今はこんな時代だ。同じ種族で結婚するのが普通になった。…けどな、Prodigyはこのご時世じゃ、種として減少している。
それはどういう事だかわかるか？」
Jr.を見て主人は言った。Jr.は、
「血の事か？」
と聞く。どうやらJr.にも気がかりな事があるらしい。主人は肯定するかのように頷くと話を進めた。
「そうだ。血が濃くなるとどうなる？二世がまれに持つ能力…オリジナル以外のガード能力を無効化させる力…それこそが今の正軍の欲するもの。正軍はとうとうガード能力を無効化させる手段を持った。…これだが…」
主人はおもむろに、一枚の記事の切り取りをザイン達の前に提示した。
「ギカっ！…生きていたのかっ！」
始めにそれに反応したのはルイスだった。正軍の将軍の横に白き制服を纏い立つ、ギカの姿が其処にはあった。
「ルイスも知ってるのか？…俺も奴が正軍に捕まるまでは、よく武器の面倒をみてきた。しかし…今は…ギカそのものがあんた等の敵になるかも知れない…。…正軍が今までProdigyを狩ってきた本当の理由。それは、Prodigyの能力を探る為だった。今…正軍はガードを無効化する装置を作る事に成功した。ギカはそれを搭載した新しい生きた正軍の兵器になった。これがもし…二世にも有効になったら？」
主人はそう話すとJr.の方を伺う。
「オリジナルガードを解ける可能性…か。否定出来ないな。」
とJr.が言うと、Dr.は思わずザインの顔を伺う。
これが成功したならば、ザインとて危うくなるのだから当然だ。
「二世を狙う理由はわかった。しかし一般市民が加勢するのは何故だ？」
ザインもこの話には興味を持たない筈がなく、主人に問う。
「高額賞金が懸かっているのさ。…それにガード能力を無効化する装置は誰でも手に入る。
護身用にジャンク屋で販売されるようになった。あれがあれば、Prodigyじゃなくてもある程度戦いに慣れた奴なら対抗出来る。
あんた等も使うか？体内に埋め込むから痛みは伴うが、今よりかは戦いが楽になるよ。」
と主人が勧めたが、
「俺は必要ない。」
当然のようにザインは言う。
「悪いが、剣にしか興味がなくてな。まだ実験状態の信用に値しないものは不用だ。」
ルイスも断った。本当は、愛弟子を敵に変えた存在が気に食わないのかもしれない。ルイスの表情が曇ったのを察したアリスはルイスの顔を心配そうに伺ったが、ルイスはアリスを気にも止めずその場を去った。
「相変わらず情の深い男だ。あいつの師によく似てきた。」
主人はルイスの去っていった後、静かにそう言った。
「ルイスの先生、知ってるの？」
アリスが、主人の言葉に返した。
「ああ…知っているよ。もう、死んじまったけどな。昔、この国の王に仕えていた…。
その頃の王はProdigyでもあった。だからこそ、人間との共存も出来た。あの頃は…平和だった。」
主人はそう言うと、昔を思い出すかのように、視線を上に向けた。
「しかし、正軍はそれが気に入らなかった。
Prodigyが生まれる以前の国に愛国心があった。だから国で起きた犯罪を全てProdigyがやったと世間に思い込ませた。やがて反乱が起きた。人々は国王を狙って城へと攻め込んだ。しかし…国王は一切手を民に向けなかった。あいつの師もそれを忠実に守り、死んだ。あの男は…例えそれが王の命令でなくとも、民に剣を振るうような男ではなかったがな。ルイスにも、その志が受け継がれていると良いのだが…。」
主人の言葉は、ルイスを案じるかのようでもあった。
「今のままじゃ、この国は滅びる。その時の王の息子…それが今の正軍の将軍だ。今は民の見方面してはいるが…民に家族を皆殺しにされた恨み…消えはしないだろう。」
主人がそう話すと、ザイン達は言葉を失った。
その時だった。
主人の家の木で出来た窓が、ギシギシと音を立てて撓った。

主人の家を出てすぐ、ルイスは一人の若い女に出くわした。
「あなたと一緒にいた人…ジャッカルでしょ？」
女はルイスに聞いた。
「先日知り合ったばかりだ。名までは知らん。」
Jr.の事かと思ったが、ルイスにはそう答えるしかなかった。
「私、あの人と付き合っていたの。」
女がそう言ったが、ルイスはそうかと言うだけで、あしらうつもりでいた。
「でもね…あの人、隠してたのよ。自分がProdigyだって事。騙されていたの…信じてたのに。でも、今はそれで良かったって思ってるの。だって…復讐しても、誰もが私を正しいと言うわ…きっと。」
女は薄笑いを浮かべてルイスにそう言った。
「Prodigyだったからと言って途切れる愛なんて、大した事なかったんだな。いずれ別れるものだったんだ…諦めろ。」
ルイスは呆れたように、そう言って女をあしらう。…が、女は諦めがつかないようだ。
「私ね、ガード無効化装置つけたの。痛かったわ…でも、私が受けた屈辱には比べようもない。私があれから、どれだけ家族に虐げられてきたか…。」
Prodigyは今や、差別の代名詞になっているのだろう。ルイスはため息を漏らした。
「俺はProdigyだが、止める気もなければ女を敵にする気もない…。それに、俺があいつの恋愛のもめ事に関わるなんて御免だ。
さっさと、仇でも討って来れば良い。」
ルイスはそう言うなり、女の前を空けたが、女はJr.の所へ進もうとはしなかった。
「丁度いいわ。…私、ゴットハンターになったの。余興に、あなたも始末させてもらうわ。」
そう言って女は銃を抜いた。
「俺は女子供を相手にする気はないんだがな。」
ルイスは静かに女に言った。ルイスの紳士的な思考には、それも一環のようでもあった。
それはルイスの師とも同じ…一般市民も相手にしない主義だったが、ゴットハンターとあっては話が違う。相手が狩る者だとしたら当然、自分も狩られまいとするのが常識かもしれない…。しかし、ルイスの辞書には妥当な答えなどないのだ。
「じゃあ、大人しく狩られるといいわ。」
女はそう言って銃口をルイスに向ける。
「そう簡単にはさせんよ。」
そうルイスは笑ってみたものの、その表情は少し歪んで見えた。幾ら剣の使い手とて、銃相手では苦戦になるだろう。しかし、ルイスには確かめたい事があった。…ガード解除装置がどれほどの物か、好奇心のようなスリルもあった。自分の愛弟子がしでかした始末…戦いを避ける気などなかった。皮肉なものだ…ルイスはそう思いながらも、漆黒の羽を巻き上げ、ガードに入った。次の瞬間、女は目を赤く光らせる。凄まじい爆風が起こった。
ルイスの風のガードの力と、得体の知れぬ見えない突風が反発した為だ。風には風…相手のガード能力を増幅して返す…これが…。
ルイスは戦闘よりも相手のガード解除を読む事に専念していた。
「何やってんだよっ！」
主人の家でも異変に気づき、ルイスと見知らぬ女が戦っている姿を見つけたザインはそうルイスに言った。
「見ればわかるだろっ！戦っているんだ。今度こそは邪魔をしないでいて貰おうか。」
ルイスの声は殺気だっていたが、その姿は片腕に銃弾が当たったようで、夥しい鮮血が溢れている。剣士たる者が剣の次に大事な腕をあんなにされてしまったら…。ザインはルイスの様子の異変に気づいていた。ルイスは攻撃を一切しない…それは、相手が女だからだ。
しかしその攻撃を避ける気配もなく、むしろ向かっているようにも見える。ルイスはあの女と戦っているんじゃない、己の迷いと戦い現実を見失っていた。血を省みず突っ込む姿は…何時かのザインそのもののようでもあった。
「馬鹿かっ！ガードが効かないというなら、何故この俺を呼ばないっ！」
ザインは脳裏に浮かんだ正軍にいた頃の自分の姿をかき消すようにルイスに叫んだ。
「何故、俺がお前を頼らなくてはいけない。俺の剣はお前のオリジナル能力に劣るとでも言うか！俺は今までこうやって剣一つで戦って来た。それがなんだ…オリジナルガードやガラクタ機械に負ける筈がないっ！」
ルイスはザインに言った。何がここまでルイスに我を失わせるのか…。サーベルにきっと命以上のものを預けて、ルイスなりの信念をもって今まで生きてきたのが、突然無力だと知り…そして愛弟子を何時か切らなくてはいけないであろう心の迷いとの葛藤からか。ルイスはルイスなりに、答えを出そうとしている。しかし…
「そんなの…違うだろっ！相手は女だろ！？お前、戦う必要のない者と戦ってんだぞ！」
ザインは必死にルイスを止めようとした。けれどその声は無残にもルイスには届かない。
そんな会話の間にも、ルイスは血の痕跡を増してゆく。己の身体よりも己の信念を信じたい時があるのかも知れない。今のルイスに、守るべき者の存在は片隅にでもあるだろうか。
「お前は革命と言って、何人の同類を殺した！？陳腐な正義感で犠牲をいとまず、己の与えられた能力のみに頼っているお前とは違う！」
ルイスは己の迷いの矛先をザインに当てつけた。ザインはルイスの自力で攻撃を避け続けようと血を流していく姿を成す術もなく見ていた。ザインは考える。自分は、正しいと思った信念を貫くため…。己の守りたいものを守りたかった我侭で、どれだけこの戦争を拡大させただろうか…。間違いかも知れない、けれど…それを認めてしまったら戦い続けて死ぬだけの運命だった。信念が正義感を生むとしたら、ルイスと自分は同じだった。自己の能力を過信した事はない…しかし、それが正義だったかなんてわからない。ヒーローになりたかったんじゃない、ただ自分がそれでは生きて生まれた意味を知る事は出来なかった。確かなのは一つ…犠牲が必ずそこにあるという事。だけど…だけど…
「じゃあ、お前は何なんだよっ！正義面したヒーローだからって殺しは許されるのかよっ！少なくとも、犠牲を最小限にしようと、俺だって思ってんだぞっ！陳腐な道理かましてる場合かっ！お前以外に、誰がギカの師になれるんだよっ！あいつを止められるのは、お前だけなんだろ！」
ルイスの腕に二発目の弾丸が届こうとする時、ザインはそう言った。ザインにはガードを発動させる気力なんかなかった。けれど…同じなのにわかりあえない辛さが、青光する鱗を纏う龍を動かした。女もそのザインが出現させた龍の姿に自分の力が劣る事を知ると、戦意を失い恐怖に微動だせずにいる。ルイスは倒れる間際、無数の龍が目前で弾丸を口に入れ食らったのを見た。その手には、堅く師の形見でもあるサーベルが握られていた。大量の流血で気絶したとは思えない程、気を失ってもなお、その手の力は増し、握り締める強さに比例して腕から血が流れた。
Dr.はルイスの元へ走った。手から光を発し、ルイスの肩の傷を塞ぐ。…が、止血してもまだルイスはぴくりとも動かない。Dr.はうろたえる女の姿を見て睨む。…畜生っ！女じゃなきゃ…！！Dr.はルイスが手を出せなかった事実を知ると、ルイスの強くサーベルを握り締めた手を握る。
「死にたくなかったら失せろっ！こいつのサーベルはお前の銃弾なんか容易く切り裂くぞ！」
Dr.にとっては、ルイスの紳士風情をちらつかせる性格が性に合わなかった。けれど、その信念の強さは嫌いじゃなかった。
「俺…こんな力、本当は望んでなかった。」
小さな声で、ザインは自分を責めるように呟いた。
「いいのよ、これで。目覚めたら…きっと何時ものルイスに戻ってるよ。」
アリスは肩を落とすザインの服の袖をそっと揺らしそう言った。

　ルイスが目覚めたのは二日後の夜だった。
Jr.は、
「変な奴だな。…何だか、俺が救われた。」
と、まだ眠っていたルイスの姿を背にDr.に言った。Dr.は何故？と聞く様に顔を上げる。
「ドク…俺に昔の女を殺せたと思うか？憎まれても…俺は死を選んだかも知れない。」
Jr.がそう言うとDr.は、
「…弱いな…。」
そう一言漏らしただけだった。

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