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「黒影紳士kk」season4-5幕〜帰ろう…黒影〜 蒼と赤、炎の旋律編🎩第三章 砂漠に黒影


――第三章 砂漠に黒影――

 僕は、漣の様な砂紋の遥か広がる場所にいる。
灼熱の大地から逃げるように、幾度となく朱雀と鳳凰の翼で飛び、永遠に続くその景色を飛び回った。やがて体力も尽き、太陽に焼かれたイカロスの様に落下して行く。
………喉もとうにくっ付き咽せり、足は砂に取られ重く、力無く崩れて落ちる。
 崩れ落ちた先は傾斜で、手も足も効かず、漆黒のロングコートに巻かれ、バサバサバサッと、鳥の羽ばたきの様な音を鳴らして落ちていく。
……此処は……何処なんだ……。
止まった砂漠の山間に動けずに蹲り、砂が口に入らぬよう少しだけ上に顔をずらす事しか出来ない。
斜陽が目に焼き付き、その焼け付く光に目を薄くする。
黒い大きな鳥が、真上を旋回していた。禿鷹か……。
一匹、二匹と増え、三匹めの禿鷹がやってくる。……死んだら……きっと餌になるのだろうな。
黒影は諦めた微笑みを浮かべ、目を閉じた。
……何でこんな事に……なっちまったんだ……。
嗚呼……こんな時……最後に力尽く寸前に……何だって後悔なんかするんだ。後悔しない人生を選んでも……選んでも……。
やがて極寒の風が吹き荒れ、ただ静かに美しい星々の儚いく長い命だけが、黒影を嘲笑うかの様に輝く。……風を避けなくてはと這って手を伸ばそうと足掻いてみても、目前の掌は無情にも滑り落ちた。一気に体温が奪われて砂の冷たさに同化していく様だ。

 嗚呼せめて……喉が焼けついてなければ……
 この広過ぎる大地と空に……思いっきり君の名を叫びたい
 沢山の愛をくれた君に……有難うと言いたい
 君が……君の笑顔が……最後に見たい
 ―――――――――――――――――――― 

「鸞(らん)……後で部屋に少し寄って行っていいか?」
 夕食を終えると、黒影はそんな事を急に聞いてきた。
「どうしたの、急に?……別に良いけど……。」
 と、鸞は不思議そうに答えた。
 最近、何処となく黒影の元気が無い。勿論、そう思わせない様にしているのは分かる。……それにしても、変なのだ。
あれだけ、喜んでいた白雪の愛情たっぷり珈琲も、無言で飲む事が増えた。……探偵社の経営も、サダノブによると至って順調で、逆にセキュリティ系の精密機器が売れが伸びて、良い方だと聞いた。本人は無意識だろうけど、溜め息も二倍は増えている。
「黒影……具合でも悪いのか?」
 風柳が聞いた。ほら……兄弟だから、尚更分かるんだ。
「そう見えます?……特に悪い所なんて無いですよ。」
 と、報告書のチェックをしたりする。
「……黒影?」
 白雪が心配そうに話し掛けた。
「ん?」
「何かこの頃変よ?」
 と、白雪が言う。
「何が?」
「最近、時夢来(とむらい※FBIチームで作られた、多忙期や寝れない時でも黒影の予知夢を念写し映し出すアイテム。)に頼りっきりね。予知夢念写が出来るからって、夜更かしていたんじゃないでしょうねぇー。」
 と、白雪は勘繰る。
「夜更かしはしていないよ。……そうだ。なぁ、サダノブ、今度ギャラリーの予知夢の夢じゃなくて構わないから、僕の夢に来てくれないか。(※サダノブは狛犬として黒影に宿る鳳凰を守護している)」
 と、黒影は言い出すのだ。
「はあ……分かりました。予知夢でも無いのに夢って、プライバシーがどうのって言ってませんでした?」
 と、サダノブは聞く。
「違うよ。……先にプライバシーがどうのと言ったのはサダノブだった。(※黒影とサダノブの夢領域は繋がっている。)まぁ、扉一枚しか間がないから、仕方ないけどな。」
 と、黒影は苦笑いをする。

「懐かしいなぁ……。」
 夜になると、黒影は鸞の部屋(※鸞が産まれる前は黒影の部屋だった)を訪ねて、またあの窓から月が見たいと言う。
「もぅ……寒いんだからさぁ……。……この景色、好きなの?」
 と、鸞は黒影と同じ夜空を、窓の端から顔だけ覗かせ聞いた。
「……うん。……この景色を見ないと眠れない時もあった。」
 と、黒影は何も隠す気も無く話す。
「じゃあ、部屋変える?」
 と、鸞が聞くのだが、
「今いる部屋の方が広いから。二人なら丁度良い。……此処じゃもう、狭いかな。」
 そう言ってすっかり大人になってしまったと黒影は思いながら苦笑いを浮かべる。
「この部屋にいた時から黒影は黒影だったんでしょう?」
 鸞は不意に気になって聞いた。
「あぁ……そうだよ。」
 黒影は優しい声で答える。
「変わろうと思わなかった?」
 と、鸞が聞くと、
「思わなくても人は勝手に変わる。……けど、僕は出来るだけ変わらない方が好きだ。……犯罪は目紛しく日々変わる。だから、帰った時ぐらい……変わらないものに安堵したくなる。」
 と、その瞳に月を映し答えるのだ。……犯罪……情報……日々、何の中で走っていたのか不意に止まり振り向くと、それは真っ暗な海の中の渦の様で、時々ぞっと背筋が凍りそうになる。見えないモノを追いかける代償がこれかとさえ……思えてならない。
「やっぱり……良く寝れないんじゃない?」
 と、鸞が聞いたので、黒影は何で気付いたのだろうと、ふと鸞を見る。
「……大した問題じゃない。」
 嘘は嫌いなので否定はせずに黒影はそう言った。
「ほらぁ……皆、なんか変だって気付いてるよ。」
「……そうなのか?」
「そうだよ。」
 黒影は頭を傾げて何でバレたのだろうと考えたが、分からない。犯人か「真実」を追う以外は、そう言う事も黒影は分からない無頓着なところがある。
「……仕方無い。家族なら、そんなものか……。……大丈夫だよ。対策ならさっきこうじてきた。心配要らない。」
 と、黒影はまた夜空を見上げる。
「じゃあ、安心して僕も寝れるよ。」
 と、鸞は笑った。
「そうさ、いつだって……大丈夫にこれから成るのだから。……じゃあ、邪魔をしたな。有難う。……おやすみ。」
 と言って微笑むと、黒影は手を軽く振って部屋を出て行く。
 歩き慣れた階段をゆっくり降りながら、今日も在るだろう悪夢へと向かって行く……。
――――――――――――――――――――――――――

「今日は予知夢じゃないのか……。」
 サダノブはその夜、夢の中で何時もの黒影の予知夢へと続くギャラリーへの扉を開き言った。
……来いって言っておいて扉が開いていないのは、予知夢ではないからか、警戒心のようなものなのか……。
「お邪魔しまーぁああ?……何これっ!?」
 ギャラリーは存在した。なのに、大量の砂が流れ込み、美しい中庭も絵画も見れたものじゃない。窓は砂で入れない……中庭には辛うじて通れる。
「あれ?……この影……。」
 砂に目を落とすと、一羽の大きな鳥の影……。
上空を見上げても、鳥などいない。……先輩が影に何かやったのか……。何時もなら自分の影、置いて行くのに。
……それは存分に怪しく、何処に飛ばされるかも分かったものじゃないが、行ってみるしかない。冷気を纏って影に飛び込んだ。
「……先輩!呼んでおいてこりゃあ、一体何ですか?!」
 サダノブは叫んだ。
「真実の丘」の美しささえ、砂に飲み込まれ、灼熱の太陽に晒されている。
「……返事が……無い……。変だ、先に寝ていた筈なのにっ!」
 サダノブは黒影を探す為に、ジャンプし狛犬の阿行と吽行の姿になる。真っ白な二体の狛犬は小さいが探索には使える。
「あんれー、やばっ!ダメか。」
 走ろと思ったが、砂に足を取られ短い阿行と吽行には向いていないらしい。二匹の狛犬は一匹になり、大きな野犬に変わる。(※この姿を黒影はケルベロスとふざけて呼ぶ)……これなら大丈夫だなっ。
サダノブは黒影の炎や焼ける匂い、白檀の香りを探して走り抜ける。阿行と吽行よりかは重いので沈むが、速さもスタミナも格段に上なので、足を取られる前には走り抜けれる。
 ……何故、この「真実の丘」は聖域(※神に保護指定とされた場所。平等を司る「真実の墓」がある事によって、鳳凰が出現し指定される。)に指定されているのに、こんな姿になれば鴉(Prodigyの世界ではMOTHER Coreと言う別名の生命エネルギー体)か、ザイン(Mother Coreから派生したProdigy=神童のオリジナル。聖域を護る神命がある。)が血相を掻いて来ないんだ?
いつも、壊す度に神の聖域を崩すなとダッシュで来た筈なのに……。そう考えていると、ふわっと甘い香りが鼻をつく。
……白檀……先輩だ。……炎じゃないから、闘ってはいない。
少し安心して、黒影の姿を探した。
「――……えっ?……嘘だろう?」
 サダノブは姿を戻し、それを見るなり、大きな砂漠を転がる様に走った。何故だ!先輩に何かあったら、守護の俺が分からない筈が無いのにっ!
 黒影は息も絶え絶えに、漆黒のロングコートを頭に被り、蹲り砂漠の大地に倒れていた。
「先輩っ!しっかりっ!……すみません、来るの……遅くて。……何でもっと早く言ってくれないんですかっ!」
……どうせ……黒影ならこう言うんだ。
……何かあったら、お前が気付くから。そう言って、「助けて」さえ、未だに上手に言えない理由にしてっ!
何かを言おうとしているが、唇はカサカサで舌がくっ付いてしまっている。砂漠に彷徨い死に行く黒影の姿がある。
「……だから、予知夢見れなかったんだ!来いって言うなら、水でも持って寝たのにっ!こんなんじゃあ……元気なくなるのは当たり前ですよ!一回、起きてから対策会議問題ですよっ!」
 と、言うと、サダノブはまた大きな野犬に姿を変え、黒影のコートを噛み軽々と飛ばすと、背に黒影を乗せて来た道を走り帰る。黒影は何も言えないが、安堵して目を閉じた。
 ――――――――――――――――――――――――――

「すみません……急ぎで先輩起こして貰えませんか。」
 夜分に悪いとは思ったが、結婚してからは同室だったので、部屋をノックして眠そうに出て来た白雪に、サダノブはお願いする。
「……うん、分かった。……何か飲む?」
 と、白雪はサダノブに聞いたが、
「夢の話しです。気にしないで、寝ていて下さい。」
 と、にっこり笑って言う。
「……そう、サダノブがいるなら大丈夫そうね。喧嘩、怪我はダメよ。今、起こしてくるから。」
 と、白雪はサダノブに言って、黒影を起こしに行ってくれたみたいだ。

「……悪いな、助かったよ。」
 暫くして黒影がリビングに来るとそう言って、
「何、飲む?緑茶?」
 と、聞かれたのでサダノブは色々言いたいが、頷き黒影がキッチンに入るのを見ていた。
 ウォーターサーバーの前から暫く動かない後ろ姿。ごくごくと水を喉を鳴らす音だけがする。
「ちょっと、先輩……夢だからっ!……あんまり飲みすぎると腹冷やしますよっ。」
 と、サダノブは注意した。
 砂漠で死に掛けるなんて、何日分の長い夢に思えたかは計り知れないが、少なくとも現実には現実の肉体がある。
「……頭では分かっているんだがな。」
 そう言って、黒影は緑茶をサダノブに渡し、自分には珈琲を作ってリビングの指定席に座る。
「あー、死ぬかと思った……。」
 と、黒影は珈琲を飲み、だらんと天井を見上げ言った。
「夢で死ぬ日もあるんですか。」
「……ああ。暗くなるだけだけど。」
「何日前から?」
「二週間とちょっと……。」
「はぁ?二週間も砂漠にいたんですか?!なら、言ってくれれば……」
 と、サダノブは飲んでいた緑茶を茶托に置いて驚く。
「……たかが夢……だろう?……こんなに、続くなんて思っていなかったし。何かの能力者の攻撃なら、サダノブが気付かない訳ない。だからやっぱりただの夢なんだ。」
 と、黒影は言う。
「じゃあ何で呼んだんですかっ!二週間もそんな夢見ていたら誰だって参りますよっ!……野生の直感は違うって言ってる!」
 と、サダノブは言い張る。
「……ただの夢じゃないのか?ポチは馬鹿だが、野生の勘はあながち当たるからなぁー。」
 と、黒影は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「何、その顔っ!自分の夢でしょうよ。……どうせ、タダ働き嫌だから放って置いたんだ!」
 と、サダノブは調子を崩してまで、放っておいた理由に気付いて怒る。
「あーそうだよっ!だって夢見が悪いからって、現実的に問題があるって誰が思う?」
 と、黒影は白状して開き直る。
「はぁ?予知夢で探偵社やってる社長の言い分がそれ?……予知夢念写の時夢来(とむらい)じゃ、立ち行かなくなったから、俺呼んだんでしょう?予知夢の方が鮮明ですからね。……大体、覚えています?昔、夢の能力者と闘った時?あー言う厄介なのだったらどうするんです!」
 と、黒影にサダノブが注意したのだが、
「あーそんなのもいたなぁー。夢やら、「真実の丘」で散々怪我もしたからなぁ……。
……そうだ、あの夢が嫌で寝なくなって一週間。今日はサダノブに言っから少しは寝たけど、すっかり睡眠不足だ。ギネス(※必ず医療チームの元、行います。真似しないで下さい。)の眠らない継続記録は13日。3日で回復。(※執筆時点)挑もうかなぁー。……あ、でも後遺症で推理出来なくなると困るよなぁ……。最近、大きな事件がなくて幸いだが……咄嗟の判断力がなぁ。やはり、眠りは寡黙の伴侶である(著バルタザール・グラシアン/「賢者の教え」より」(※今夜悩んで辛いなら明日考えろって事)もダメか。此処まで続いたら元も子もない。……サダノブ……予知夢のギャラリーから帰る(※予知夢から目覚めるには予知夢の絵画に触れなくてはならない)のも予知夢の絵画を掘り起こすだけで厄介だ。
これではデスクが散らかって作業低下するのも当たり前。僕はスムーズでスマートな仕事がしたい。」
 と、黒影はそんな事を言いながら、ハキのない調子でぐるぐる思考を回してやっと辿り着く。
「……だぁーかぁーらぁー?詰まるところの?」
 と、サダノブは何かを待っている。
「分かった!……何だ、そうだった。……サダノブ、何とかしろ。」
 と、黒影はにっこり笑って言う。サダノブは頭を抱えて、
「違――うっ!そこは、素直に「助けて」って言うんでしょう?何でそこまで頑固なのっ?!そんで、他力本願寺の本尊がまた降臨したんですけどー!良くも悪くも戻って一緒だし!」
 と、少しは期待したのに、何時もの黒影で逆にガッカリする。
「僕が僕で何が悪いっ!失礼な奴だなっ!……スッキリしたんだから良いじゃないかっ!僕は明日の夜には熟睡したいんだ。このままだと、探偵社潰れるぞ。事は急ぎだ。出掛けるぞっ!夜勤手当付きなら文句はないなっ!」
 そう言って黒影はまだ夜だと言うのに、そそくさと着替えて、帽子とロングコートを羽織り顔を洗い身支度を整える。
「嘘でしょー……。」
 と、肩を落としながらサダノブも慌てて支度をした。

 夜の道を二人で走る。
「……何で車じゃないんですか?」
 サダノブが不機嫌そうに聞く。
「此処から近い場所へ行く。」
 と、漆黒のロングコートをバサバサ靡かせながら黒影は答える。
「じゃあ、何で全力疾走なんですか?」
 と、黒影に追いつくので必死なサダノブは、ヒィーヒィー言いながらも聞く。
「店から帰らせない為だっ!」
 と、黒影は答える。
「店?誰!?」
「見りゃ分かるよっ!」
 ――――――――――――――――――――――――

「はぁ……はぁ……良かった。居た……。」
 黒影がカランと店の扉のベルを鳴らしバーに入って来た。珍しく息を上げて……。
「そんなに会いたかったのか!嬉しいなぁー……聞いたか、マスター。」
 私は黒影が膝に手を置き疲れ果てているのを見ても、にっこり笑い漆黒の着物を掛けて包み込んでやる。(※鴉は世界を愛しすぎてちょっと愛情が歪んでいる博愛主義者)
「先輩……早いって……。ああっ!先輩の古い友人さん……じゃなくて、今鴉に改名でしたっけ?」
 と、サダノブが入ってくるなり、私を見て聞くのだ。
「あぁ!サダノブも来たのかっ!……そうだよ、最近改名した。神と暫し分離しているからな。可愛い犬だなぁ……馬鹿(※思考読み能力がある為、普段は力を制御している駄目馬鹿である)も許せるのが分かるよ。」
 と、私には阿行と吽行の姿に野犬も見える。
「……と、クロセル(※サダノブが長い地下生活で絶望し、無意識に呼んでしまった堕天使)……。君には多少、私でも警戒はするが、此処は酒の席だ。黒影がいれば何もしまい。……さぁ……皆んな、飲もうか……。」
 私はニヤリと笑った。
一体の狛犬如きにこれだけの力……「正義崩壊域」(鴉が持っていた余った力を破れた大地に吸う聖域。現在は神の手にある。)がまだ在ったらなら、一番に吸い込みたい……。
……が、それも黒影は平等に帰してしまった。今となっては、黒影の全て策の至る手の内だったのかも知れない。それでも愛するよ……世界を。それしか私には出来ないのなら。
「……で?黒影が走っていると言う事は事件か?」
 と、聞くと、
「……まだ分からない。個人的な事件ではあるが。」
 と、黒影は喉が渇いたのか、席に座るとマスターの前でコンコンとカウンター奥を指先で2回鳴らす。
 ……早く、一杯くれ。
 の、おねだりだ。
「聖域「真実の丘」の様子がおかしい。何故に、鴉もザインも来ない。……もう「真実の丘」は聖域ではないのか?それとも任を退かれたのか?」
 と、黒影は私に聞いた。
「否……神命は継続だ。「真実の丘」の異変は知らされていない。何が起こった?」
 私はびっくりして黒影に聞いた。どうやらうかうか酒を飲んでいる場合では無かったようだ。
「あっ……俺は……。」
 サダノブがマスターに何か注文をしようとしているが、私は言った。
「マスターはこの世界の総ての者の酒の好みは熟知している。レモンかライムかだけ言えば良い。」
 と、サダノブの良く飲むジンのサファイアボンベは置いてない店も多いが、ここにはあると教えるとサダノブは喜び、
「じゃあ、今日はライムー♪」
 と、マスターに頼んだ。マスターが、
「炭酸平気ならダブルどうよ?」
 と、渋い声で聞いた。
「え?ジンにダブル?」
 と、サダノブは聞く。マスターはにっこり頷くと、禁断のレシピを開く。
「トルネード……ダブル。」
 と、言って渡す。
 レモン一個の半分程の皮を細い林檎の様にむき、ロンググラスに引っ掛ける。グラスに出来た螺旋に更に同じ様にライムの皮の螺旋も交差させ飾る。
 ライムコンク(ジュース)とジンを炭酸で割り、仕上げに生のライムをぎゅっと搾り、ライム強めに仕上げた美しい一品だ。
「やべーっ!何これ、洒落てんじゃん!」
 と、サダノブは何時もと違う飲み方に気分良くしている。
「おいっ!聞き込みに来たんだ。あんまり飲みすぎるなよ。」
 と、黒影はあまりにサダノブが満面の笑みで飲むものだから、そう言った。
「何故、知らせが行かないんだ。すっかり砂漠化した。……僕はてっきり予知夢のギャラリーもそうだから、夢だと思っていたが、雲行きが怪しくなってきたな。」
 黒影はウイスキーを飲みながら、真剣な眼差しで考えているようだ。
「……なぁ、黒影……。何かマイナスな事があるんだ。犯罪者とは常に誰かのマイナスを願い行う。逆から解くのだよ。」
 と、私は教えた。これは神が何時も言っていた事だ。物語には、前後左右が存在しない。だから、自由で何処から読んでも美しいものを見付けたい……それはまるで、夢のようだと。
「何故、鴉が分かるんだ。推理なら僕の範疇だが?」
 と、黒影は犯人の心理をしるなら逆説からと知っているからこそ、聞いているのも私には分かる。
「神は以前、物語のノクターンを作ったのだよ。しかし、それは長く物語を書く上で起きた、奇跡に過ぎなかった。しかし、それが忘れられず、次は奇跡では無くもっと鮮明に鮮やかにしたいと、躍起になってるらしいよ。」
 と、私が神の知る限りの近況を黒影に伝えると、黒影は優しく微笑み、
「元気そうで……ホント、本当に……何よりだ。」
 そう言って美味そうにグラスを傾ける。

『……なぁ、黒影。物語って最後に美しく、感動するらしいんだ。だから、夢……叶わないと思う。……でも、だから叶えたくなった。だって……叶わない夢に挑む方が価値があるって思うだろう?有限な人生の莫大な時間も……足りないんだ。後、3回分……否、10回分人生が延びたとして、その人生10回を費やして、たった一曲の美しきカノンを私は奏でたいのさ。』

『……だからね、……それは君の直ぐ背後。君が頁を捲ろうとすると、後ろから忍びよるのさ。』

「……っ!」
 黒影はバッと後ろを振り向く。サダノブがヘッ?って顔を見る。
「お前じゃないんだよっ!」
 と、黒影はサダノブを退かす。
「何すか……幸せに飲んでいたのにぃー……。」
 と、サダノブはぶつくさ言っている。
 黒影の影が有る。
「何だ……僕の……」
 ……影かと言い掛けて、黒影は止まった。
 「……僕の影……何処だ……。」
 黒影は足元にある影に言った。
「まさかっ!」
 鴉は警戒して、立ち上がる。サダノブは意味もわからず、
「寝不足で変になりました?そこにあるでしょう?」
 と黒影の影を指差した。
「サダノブ……仕事だ。店をでる。……マスターご馳走様。探偵社に請求書回しておいて。」
 と、言うなり黒影は駆け足で店を出た。
「サダノブっ!黒影を頼んだよっ!」
 私はサダノブの走り去る姿に叫んだ。
「あったり前過ぎっす!」
 と、ニカっと振り向き出て行った。
 ――――――――――――――――――――――――――

「サダノブ!そいつは僕の影じゃないっ!」
 黒影は走りながら言った。
「何ですって!?だからって、何で走るのって!」
 サダノブも追いかけながら言う。
「間合いがないっ!早いぞ!……さっき逆だったんだ。左右逆転していた!影なら左右同じなんだよ!よって影一族のものでもないっ!敵襲だっ!……人気が少ない……飛ぶぞ!
朱雀炎翼臨(すざくえんよくりん)」
 黒影は慌てて略経を唱え、朱雀の羽根で飛んだ。
 これなら、影は地上へ黒影は天空へ離れられる。……追跡は……?!
 黒影は地上に落ちた自分の影を見下ろす。
「サダノブ!……其方へ行くぞっ!」
 影が地面を伝い、サダノブの影へ近付いている?
「先輩突き回してんじゃねぇーよ!偽影の分際がーっ!ぅおりゃーー!」
 何故かまた馬鹿な事を言って影に突っ走って行くサダノブに黒影は呆れている。
「折角、間合いをとったのにっ!」
 と、黒影が言った途端に、サダノブは地面に拳を叩き込み、影を目掛けて巨大な氷の氷柱を立ち並ばせた。
「地上戦なら、こっちの範疇だろーが。」
 と、サダノブは影がどうなったか見守る。
 氷の氷柱の中に……影が浮いている。
「ぅーわぁ……気持ち悪ぃ。自分の影のそっくりさんが、中で蠢いてるよー。気分わるいなぁー、これ。サダノブ、これクロセルの剣で切っても無理かなぁ?それとも燃やす?」
 と、黒影は地上に舞い降りると真っ赤に燃え盛る羽根を閉じ消すと、マジマジ影を見詰める。
「……黒影、サダノブ!大丈夫だったか?」
 黒い着物を羽織った鴉が飛んで来た。
「ああ、お陰様で。……でも、これ閉じ込めただけで生きてる。何でしょうね?」
 と、黒影は鴉に聞いた。
「世界を見るからって、黒影じゃないんだ。世界広しどこんな物は知らない。この世界特有のモノらしいな。」
 と、鴉は答える。
「……鴉も知らないって事は、能力者の仕業だな。しかし、何の能力だ、これは……。幾度となく能力者と闘ったが、これは珍しい……。」
 と、黒影は影から目を離す事無く言った。
「明らかに、犯人と分離している。犯人の一部じゃ無いのか?……そうだ、クロセルの方が分析出来るかもな。」
 と、私は助言した。
「そうか……。少し力を借りてみましょうか……。ポチじゃ頭足りないから、クロセル貸してー。」
 と、黒影はサダノブに言う。
「はあ?閉じ込めたの俺っすからね!……仕方ないからクロセル出すだけで、それも俺のだからっ!」
 と、サダノブは不機嫌そうだ。
「何、言っているんだ。馬鹿にするだけならポチはそんなに怒らない。クロセルが出たがっている証拠だ。早く変わってやれ。」
 と、サダノブに宿った堕天使クロセルと変わるよう支持する。琥珀の猫目、黒衣の堕天使の美しい銀髪の髪が月下の風に揺れている。
「……クロセルおはよう。元気に寝てた?……脳天使エクスシアイだったんなら、興味深くて当たり前だよね?」
 と、黒影はクロセルに好きなだけこの陰を見せてやる。
「……物質……入ってる。小さい……髪の毛?……爪?後は幻視。主……クロセルには影に見えない。」
 と、クロセルは言う。
「ん?……人間にしか影に見えて居なかったのか……。爪でも髪でも気持ち悪いなぁー。こんなもの人の影につけようなんて、失礼にも程がある!……じゃあ、それで幻視の影に入り幻視の夢や世界を見ていたのか。しかし、犯人特定もこの幻視さえ何とか……あっ!分かった。」
 と、黒影が言うとクロセルはにっこり笑って。
「流石、我の主。全ては無用。……では、おやすみなさい。」
 と、クロセルは羽を閉じて丸まり眠る体勢を取る。
「有難う。お休み……。」
 そう言った次の瞬間にはサダノブが目覚めている。
「やはり悪魔は美人だな。じゃあ、私は此処で。」
 と、鴉はクロセルを見て少し安心したのか、そう言って真っ暗な闇に烏と也て姿を消して行った。
「サダノブ、これは幻視らしいぞ。脳に幻視を止めされば「真実」しか残らない。
 つまりはだ、思考読みの出番だ。僕の脳から送る視覚伝達を正常にしてくれ。夢見が悪いのはそれで直る。少し帰って一眠りしたら、犯人を探す。……とってもイージーだ。」
 と、黒影は笑った。
「あっ!……ぁあー!また言った!簡単って!それ、夢探偵社的ジンクスで、大事になるから言わないでって言いましたよねぇー?……何で、しかもワザと言うのかなぁ……。」
 と、サダノブは頭を抱える。
「簡単がダメと言うから、イージーに変えてやったろう?ジンクスなんか、気にしていちいち仕事してられるかっ!目の前に「真実」を隠すモノがあれば、走り暴くだけだ。それ以上でも以下でも大事、小事も関係ないっ!」
 と、黒影は言って帽子を脱いだ。
 サダノブは手を翳し、黒影の脳の思考を読んで視神経への信号を診ている。
「あー……、本当だ。シナプス(脳からの伝達信号物質)の動きが変だ。先輩の「真実の目」に障らないようにしなきゃな……。」
 と、サダノブは読みながら言っている。
「昔から散々、人の思考を読んでいたのだから、何時も通りにすれば良いだけだよ。下手にいじるんじゃなくて、戻せっ!」
 と、黒影は注意した。
「視神経まで行ってると難しいんですよ!……そんな事言ったら身体全部何とか出来るじゃないですか。親父じゃないんだから、無理ですよっ!」
 と、サダノブは言い放った。
「……そうだっ!その手があった。まぁ、何とかしてみろ。駄目だったら、親父さんの所へ僕を連れて行け。サダノブの親父さんなら幻視も見せた筈だ。練習台になってやるんだ、感謝しろ。」
 と、黒影は言うのだ。
「すみませんねぇー、親父じゃなくて。大体、普通思考読みの能力者ってだけで忌み嫌うのに、直せとか使えとか……先輩、扱いおかしいですからね。……そもそも、先輩は元から読み辛いって言ってるじゃあないですかぁ……。」
 と、サダノブは散々言うと何時もと違う箇所を見つけたのか静かになる。
 黒影も思わず、目を閉じて静かになった。
「……はい。……多分、何時も通り?だと思うんですけどぉー……。」
 と、サダノブが視界を戻したのか言う。
「はぁ?何だその自信のなさは……。目ぇ開けたくなくなるんだが……。」
 と言いながらも、黒影はゆっくり目を開ける。……見えてはいる。キョロキョロと辺りを見渡して変わらないかチェクして帽子を被る。
「……やれば出来るじゃないか。」
 そう言って、黒影は氷柱の中にいた影を確かめる。
「サダノブは視界をやられたままだから、影が蠢いてまだ見えるんだな?」
 と、サダノブに聞くと、
「ええ……動いてますよ、影が。」
 と、答えた。
「幻視だから攻撃はそんなに出来ないが、危うく一人ギネスチャレンジさせられるところだった。……案外厄介なものだな。……ただの気持ち悪い爪の一片も。……マニュキアしてやがる……女か?……否、夜の仕事じゃない限り、こんなにどぎつい色はしないなぁ。女と決めつけるのは早い。しっかし……これ、証拠にしても触りたくない……。」
 と、黒影は苦虫を噛んだ様な顔で話している。
「えっ?どんな色なんですか?全然分かりませんけど。」
 と、サダノブは見えないので黒影に聞く。
「どぎつい赤だよ!しかも鮮やかさもない……そうだ。……血みたいな赤だ。赤黒い。……物語じゃなきゃ、却下だこんなの。なんだ、今回はサスペンス路線の事件なのかー?最近、そー言うの、流行んないし規制多いから嫌なんだよなぁー。遺体は見慣れても、爪とかないよぉー……。僕、こう見えて潔癖な所あるし。……そうだっ!……ねぇ、これ、見なかった事にしよう!それが良いっ!証拠なんか探偵が押収してやる義理ないよねぇ……警察、警察にパスッ!」
 と、言うと黒影はコートのポケットに寒そうに手を入れ、背を丸め帰ろうとする。

🔸次の↓「黒影紳士kk」season4-5幕 第四章へ↓(此処からお急ぎ引っ越しの為、校正後日ゆっくりにつき、⚠️誤字脱字オンパレード注意報発令中ですが、この著者読み返さないで筆走らす癖が御座います。気の所為だと思って、面白い間違いなら笑って過ぎて下さい。皆んなそうします。そう言う微笑ましさで出来ている物語で御座います^ ^)

お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。