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悪魔の所業相談所👿第五章

 ――第五章 再会――

 「どうぞ。」
私は、ぶっきらぼうにこの事務所のドアの前にいるであろう人物に言いました。招かざる客とは…まさにこの客人の事でしょう。客人と言ってよいのかすら定かではない。しいて言うなれば単なる訪問者かも知れない。
「まだ、こんなところにいたか。」
入ってくるなり、訪問者は私に言いました。
彼は人間ではない。…悪魔なのです。とはいえ、悪魔や天使がここに来る事は珍しい事ではないのです。私で手におえない願いは天使に相談もするし、天使にも仕事がなければ勿論代償は特価ながら頂戴しますが、仕事を横流ししたりもいたします。昔は僻みあってはいましたが、今はそんな時代ではないのです。
それに、悪魔といっても実は同類であればそんなに仲が悪いものではないのです。悪魔は代償を貰い願いを叶えられますが、唯一自分の願いだけは自分で叶える事が出来ないのです。自分で出きるのは魔術を扱う事のみ。魔術から外れた願いは他の悪魔に頼まねばならないのが現状。しかしながら、彼は私のしている仕事に納得してはくれませんでした。それは…私が、人間が相手でも願いを叶える仕事をするからです。悪魔の中では、この願いを叶える儀式は獲物を得るための手段であり、こうして商売にして人間を獲物にせずに代償のみで願いを叶えるのは私ぐらいです。こんな私を、彼は悪魔の恥さらしだと言った。…彼は、私の父なのです。
その彼が言った言葉に、若き日の私は反抗心を持ちました。人間である母を持つ私が、人間と関わりを持って何が悪いのかと…ずっと父と疎遠し、この相談所に身を潜めておりました。悪魔が人間と恋に落ちるなど、その方がよっぽど悪魔の恥さらし。父は母を愛してから、随分その事で苦労したのでしょう。けれど、それでも母の事は忘れないでいて欲しかったのです。父が母の事を闇雲に隠し、私の仕事を反対した時…私には、それが許せませんでした。
「私の勝手でしょう?…それより、こんなところまで来て…何かご用ですか?」
私は、父をあしらうように、父に背を向けてそう言った。
「そんな冷たい事を言うな。こうして久々に感動の再会が出来たのだから…」
父はそう言って、私の目前に来ると下手な笑みを浮かべた。
「よくもまぁ…。私はもうその顔を見ないで済むとすっかり安心していましたよ。…それより、どういう事です?」
私は父に聞いた。どういう事とは、先日この相談所に訪れた相談所荒しの事です。彼は悪魔でした。私は危うくあの詐欺にあって、この相談所を畳なくてはいけないところでした。
悪魔が代償無しに願いを叶えるのはご法度。勿論、代償は自分で払わなくてはいけないし、それを商売にしていたのならば二度とこの職に就けなくなります。詐欺師が悪魔だと分かった時、同業者の仕業かと思っていたのですが、父が現れた事で私は悟ったのです。あの詐欺師は、父の差し金だったのだと。
「まさか…彼を過去に置き去りにするとはな。本当に、お前が願いを叶える仕事をするに相応しいかどうか、試すつもりだったのだが…それにしても、彼には可哀想な事をした。」
父は、そんな事を言うと、がははと笑った。本当は過去に置き去りにした彼の事など、ただの一興にしか思っていない…。父は正真正銘の悪魔だ。私はそんな父の姿に嫌悪感を抱きながらも、憎しみを込めてこう言った。
「私からこの仕事を奪う気だったくせに、よく言うな。」
私がそう言うと、父は笑いを静め呆然と私の顔を見た。
「確かに私は極悪非道な悪魔かも知れないが、それは心外だな。」
父は、私に無表情のままさらりとそう言って、私に背を向けた。
「じゃあ、一体何なんだよっ!今更のこのこ仕事の邪魔をしに来てっ!」
父の言動が、私には何処と無く腹立たしく…思わず、私は父の背にそんな暴言を吐きました。父は黙ったまま…微動だにせず、暫しの沈黙の後、こう言った。
「願いを…叶えてはくれまいか。」
私は、父のその言葉に我耳を疑いました。しかし、確かに父はそう私に言ったのです。私がこの仕事についてから、反対し続けた父が…今更、私に願いを叶えろだなんて、きっとろくな相談ではないのです。私は断る事を腹に決めながらも、興味本意か父にこう聞きました。
「あなたの願いを聞くには、相当の代償を貰わなければ受ける気になれませんね。…で、一体何をこの私にくれると言うのですか。」
すると、驚くべき事に父の口からこんな言葉が出てきたのです。
「私の長過ぎる命をお前にくれてやろう。…悪魔の不死の命だ。人間には高値で売れるだろう?」
私は、すかさず父にこう言いました。
「何を考えてるんだ、あんたっ!悪魔の命を売れば人間が悪魔になるんだぞっ!母のような悲しい人間をまた創ろうとしているのかっ!」
私は、そう怒鳴ったが、父は冷静そのものだった。
「ただし…それだけのものをくれてやるかわりに、私の体を売る人間は私が指定させてもらうよ。私の命と引き換えに、一人の人間を生き還らせその人間に、私の体をくれてやれ。」
私は、父の言葉に何も返せなかった。ただ、心臓の音がバクバクと聞こえた。人間のものでもない…悪魔のものでもないこの心臓だけが、時間を刻んでいた。私は、まさかとは思ったが、父に聞いた。
「あんた…まさか、その人間って…。」
そこまで言うと、父が頷いてこう答えた。
「お前の…母親だ。」
私の予測は当たってしまった。出来る事ならば…当たって欲しくはなかった。父が母と違う別の人間を懲りずにまた愛してそんな馬鹿げた事を言い出した…そう、思いたかった。
そうであれば、笑ってこの商談を断れたというのに…。
「しかし、母にあんたの命を渡すには代償を母からもらわなくてはならなくなる。」
私は必死の想いで、この商談を断ろうとそんな事を言った。本来ならば、悪魔の命一つで二つの願いぐらい容易く叶えられる。だが…この商談を成立させるわけにはいかないのだ。
「私はもう長く生き過ぎた…。私の体はお前の母に…。魂は、もう蘇らないように、お前が壊してくれ。」
私は父がそんな事を言うものだから、
「何を言っているんだ。魂を壊してしまえば、母さんに二度と会えないんだぞっ!そんな事で母さんが喜ぶとでも思っているのかっ!」
と、無機になって父に反抗するように言った。
しかし、父は私の意見など上の空といった感じで、話を進めた。
「お前…人間として生きたいと思った事はないのか?…お前は悪魔であり続ける事を選び、こんな仕事についているが、何も私はお前の仕事自体を反対していたのではない。ここにいれば、お前は母と同じ人間と関わりを持てる。悪魔にもなりきれないお前には、それが必要だった。…違うか?」
私は、
「違うっ!」
そう、子供のように否定する事しか出来なかった。父は更に、
「母さんが生き還ったら…魂は人間、体は悪魔になる。お前と、同じだ。この世でもどの世界でもお前は一人だったのかも知れない。しかし、そうすれば…道は開ける。お前は違うと言ったが、私にはそれがお前にとって一番の願いだったから、お前はこの仕事を選んだように思えた。私が好きで人間を愛したのだから、私が苦しむのは当然だと思った。…しかし、お前には罪はない。私は、お前が叶えられない願いに縋る姿が痛々しくてならなかった。…だから、反対もしたんだ。私は…悪魔として、息子の願いを叶えてやりたい。」
と言った。人間である証の涙が…私の目から零れ落ちた。情けない…なんて、人間って奴は情けない生き物なんだ。…そう、思った。
けれど、父はこんな人間を愛した。父と母の血を継いでしまった所為か…僕にはそれが何故か、わかってしまう。わかりたくもないのに…涙だけが無情に、真実を映す。
「父さん…人間が何故、願いをするのか知ってる?」
父は私の質問に、叛けていた背を翻し、私の顔を伺った。
「悪魔は欲や利益の為に願いをする。しかし人間はもっと漠然とした願いを持つ。夢の戯言のように願いを持つ。…それはね、悪魔じゃきっとわからない。人間は、必ず死ぬからだよ。何時か死ぬとわかっているから、少しでも生きている時間を大事にしたくて願いをする。
母さんは言っていた。…何時か終わると分かっているから、大事だと思う事が出来る。こんなに、素晴らしい事はないと…。父さんにそれがわかる事が出来ないのが可哀想だって。
…でもね。父さんも、もう悪魔じゃない。俺の願いを叶えようと、死を覚悟している。僕は一人なんかじゃない。…昔より…成長したんだ。」
父は僕のその言葉を聞くと、微笑んだ。父が人間のように…初めて笑った。
「涙というものは、案外いいものだな。…また、来てもいいか。…長い命は、退屈過ぎてな。」
父がそう言うと、僕は一つ頷きこう答えた。
「ああ。暇潰しぐらいにはなってやるよ。」
と。

私の願いは…叶わなかった。しかしながら、叶わなくてよかったのだと思う。何かを失ってまで、何かを得たいとは願わない。今有るものだけを、大事に出来れば…私は、それだけで構わないのだ。
叶わないからこそ価値がある。
…そんな願いも存在するのだ。

🔸次の↓第六章へ↓(此処からお急ぎ引っ越しの為、校正後日ゆっくりにつき、⚠️誤字脱字オンパレード注意報発令中ですが、この著者読み返さないで筆走らす癖が御座います。気の所為だと思って、面白い間違いなら笑って過ぎて下さい。皆んなそうします。そう言う微笑ましさで出来ている物語で御座います^ ^)

お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。