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短編小説「右手の君へ 後編」【微ホラー】

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 8月17日(水)

 お父さんなんか嫌いだ。


 8月18日(木)

 お父さんはなんにもわかってないくせに。財布からお金を取ったのはボクじゃないのに。ボクじゃない。ボクじゃない。ボクじゃない。ボクじゃないボクじゃない

 ボクのポケットからあのお金が出てきたのは、きっと右手のこいつがやったんだ。なんでこんなことをするんだ。ボクを困らせて楽しんでいるの?

 お母さんが泣いているのをみるのはこれが2回目だ。それをみるとなんだかボクもとても悲しくなった。初めてみたときよりもずっとずっと悲しくなったんだ。だいたいお父さんがゲームもなにも買ってくれないのが悪いんだ。ユウジとケントはスマホも持ってる。ゲームも動画もみれるんだ。お父さんもお母さんもボクがみんなから仲間ハズレにされてもなんとも思わないんだ。

 全部右手にいるこいつのせいだ。こいつがいるから宿題もできない、友達の家にも遊びに行けない。ユウジの家にいけばスイッチがあるからみんなで遊べるのに。

 包丁で手首から先を切り落せばこいつはいなくなるのかな? でもそれはボクの右手がなくなることでもある。そんなのあんまりだ。


 8月24日(水)

 右手がこいつに奪われてから一ヶ月。はじめはあんなに気持ち悪かったのに、今は右手が勝手に遊びはじめてもなんとも思わなくなった。こいつもこの生活に慣れてきたみたいで、今日ははじめてお箸を二本持っておっとっとをつまむことができた。食べるにはボクが口を近づけなくちゃいけないけれど、だいぶマシだ。

 左手でなんとか8以外の数字くらいは書けるようになったので、少しでも宿題を終わらせようと夜は算数のドリルをした。そんなときだった。ボクがページをめくろうとしたとき急に右手が動いて、そのせいで右親指が少し切れて血が流れはじめたのだ。

 右手は苦しむように暴れだして、ボクは宿題どころではなくなった。そばにあったマグカップは倒れて中身の牛乳が全部こぼれて、ノートのページはぐちゃぐちゃに破られた。しまいに右手はボクの顔に掴みかかってきて、ボクはイスから転げ落ちて頭を打った。小さな切り傷がきっかけでボクは死にかけるハメになったんだ。

 ボクはそのとき弟とのケンカを思い出していた。ボクは基本的には優しいお兄ちゃんだったけど弟が悪いことをすれば、しかってやるのは兄のつとめだった。だって弟のコウスケはまだ8歳だったんだから。

 ボクは右手も同じようにしかってやることにした。だってこれからどんなときもずっと一緒にいるかもしれないのだ。だとすればダメなことはダメだと教えなくてはならない。

 右手をヒザで押さえながらマグカップで何度もなぐりつけた。どれだけなぐってもボクは痛みを感じなかった。

 ~月~日

おにいちゃんごめんなさい


 8月31日(水)

 今日の朝、目がさめてみると右手がボクのものに戻っていた。このまえまでのことがうそだったように動く。自分で殴った跡だけは変わらずに残っていて、とても痛んだ。

 そして昨日のところにあるこの文はいつ書いたんだろう。この字のうねり方からみて、右手が書いたものに違いない。あの右手はコウスケだったのだ。「ごめんなさい」ってことは反省しているのかな。だとしたらコウスケはボクに最後にこれだけ伝えて、消えてしまったんだ。

 コウスケはボクの右手にずっといたんだ。ボクといっしょに夏休みをすごした。いっしょにご飯を食べて、いっしょにプールに行って、いっしょに宿題をしていたんだ。ボクは弟がいなくなってようやくそのことに気づいた。もうコウスケに会えない。そう思ったら涙が溢れて止まらなかった。

 弟はあの日、買い物を押しつけられたことを恨んでいただろうか。お母さんに頼まれた買い物。ボクはそれがめんどくさくて、コウスケに押しつけてしまった。ボクはずっとそのことを知らないフリをしていたんだ。ボクのせいで弟がトラックにハネられたなんて認めたくなかったんだ。お父さんにもお母さんにもずっと言えなかった。でもコウスケはそんなボクと、死んでからも一緒にいてくれた。ごめんなさいって言ってくれた。

 右手の君へ。ありがとう。

 今日でその夏休みも終わる。明日からまた学校が始まってしまう。右手が使えなかったせいで、夏休みの宿題はほとんど終わらなかった。結局ボクは左手でものを書くのを諦めることにした。どうしても引いた線がペン先に隠れてしまうのに慣れなかったんだ。

 お父さんとお母さんには日記をみせて、このことを正直に話した。右手がコウスケのものになっていたこと、そのせいで宿題が進まなかったこと、その様子を毎日日記に書いていたこと、そしてコウスケがボクを許してくれたこと。二人とも何も言わずにボクの話を聞いてくれた。

 ただお父さんが「この日記はどうやって書いたんだ?」と聞いてきたけど、なんでそんなヘンなことが気になるんだろう?


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