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魔法少女の系譜、その164~オセアニア系ヒロインとインド系ヒロイン~


 今回は、前回の予告とは違う内容にします。『機動戦士ガンダム』のララァ・スンのような「日本人以外の有色人種ヒロイン」を語るうえで、大事な作品を、見落としていたことに気づいたからです。

 まずは、前回までのおさらいをしましょう。以下に、前回に書いた「日本人以外の有色人種ヒロイン」が活躍する作品の年表を上げますね。

昭和四十三年(一九六八年) 『サインはV!』
      ↓
昭和四十六年(一九七一年) 『原始少年リュウ』
      ↓
昭和四十九年(一九七四年) 『ファラオの墓』
      ↓
昭和五十年(一九七五年) 『アンデス少年ペペロの冒険』
      ↓
昭和五十一年(一九七六年) 『王家の紋章』
      ↓
昭和五十三年(一九七八年) 『海のオーロラ』
      ↓
昭和五十四年(一九七九年) 『機動戦士ガンダム』

 この年表に入れるべき重要な作品を、二つ、忘れていました(^^;

 一つは、美内すずえさんの少女漫画『はるかなる風と光』です。
 もう一つは、わたなべまさこさんの少女漫画『あやかしの伝説』です。

 『はるかなる風と光』のほうから、行きましょう。
 この作品は、『別冊マーガレット』―略称で、別マ―に、昭和四十八年(一九七三年)から、昭和四十九年(一九七四年)にかけて、連載されました。上の年表で言えば、『原始少年リュウ』と、『ファラオの墓』との間を、ちょうど埋める作品です。

 『はるかなる風と光』の主人公は、エマという名の少女です。時代設定は、十八世紀末から十九世紀初頭です。彼女は、キング島という、南太平洋の島で生まれ育ちます。キング島は、モデルはあるかも知れませんが、架空の島です。
 エマの父親はイギリス人で、母親は、南太平洋先住民―おそらく、ポリネシア系―の族長の娘でした。エマという英語名は、父親が付けた設定なのでしょう。
 エマは、八歳まで、自然豊かなキング島で育ちます。族長の血を引いていても、全然、お嬢さま育ちではありません。大自然の中で、ワイルドな遊びを繰り返して育ちます。

 そう、ヒロインのエマは、何と、オセアニアの人です。二〇二一年現在でも、日本の漫画やアニメ作品に、オセアニア系ヒロインなんて、ほとんど見ませんよね。
 オセアニア系ヒロインは、近年、ディズニーが、アニメで、積極的に取り上げています。『リロ&スティッチ』のリロが、ハワイ人―ポリネシア系の一派―でした。『モアナと伝説の海』のモアナも、ポリネシア系の人です。
 『リロ&スティッチ』が、ディズニーの本拠地の米国で公開されたのは、二〇〇二年です。『モアナと伝説の海』が、米国で公開されたのは、二〇一六年です。どちらも、二十一世紀に入ってからの作品です。

 それに対して、『はるかなる風と光』は、一九七三年に連載開始ですよ。『リロ&スティッチ』から数えても、二十九年も前です。どれだけ時代に先駆けていたのかと思いますよね。

 エマは、キング島で伸び伸びと育ちましたが、より良い教育を受けるため、八歳で、イギリスへ留学します。留学先では、「白人ではない」ことで、さんざんいじめられます。
 ヨーロッパ系とポリネシア系とのハーフの彼女は、容姿からして、白人ではなかったのでしょう。とはいえ、昭和の時代の少女漫画なので、ちゃんと美少女に描かれています。肌も、黒っぽく描かれてはいません。
 エマは、いじめに負けるような性格ではありませんでした。偏見や嫌がらせに屈せずに、学び続けます。やがて、イギリスからフランスに渡って、そこで、ナポレオンと出会います。ナポレオンは、彼女を気に入って、いくつかの課題を与え、彼女を成長させます。

 ヨーロッパで学ぶうちに、エマは、自分の故郷であるキング島を、客観的に見られるようになります。故郷が大好きなことは、ずっと変わりませんが、故郷の悪い点も見えてきます。ヨーロッパの良い点を取り入れて、キング島を発展させようと思うようになります。
 最後に、彼女はキング島へ帰って、指導者としての手腕を大いに発揮し、故郷を発展させる夢をかなえます。彼女は、キング島で、クイーン・エマ、エマ女王と呼ばれるようになります。

 スケールが大きく、波乱万丈な話です。実写でハリウッド映画にしても、まったく違和感がないでしょう。南太平洋版『風と共に去りぬ』みたいになりそうです。
 ジャンルで言えば、歴史ロマンになるでしょうか。少女漫画らしく、恋愛の要素もあります。

 一九七〇年代前半に、こんな話があったなんて、日本の少女漫画の豊饒さのしるしですね(^^)
 美内すずえさんといいますと、『ガラスの仮面』ばかりが有名です。けれども、他にも、いくつも、傑作をものしてらっしゃいます。『はるかなる風と光』も、その一つです。
 美内さんが「大御所」と呼ばれるほどの漫画家になったのは、決して『ガラスの仮面』だけのためではありません。『ガラスの仮面』以外の美内さんの傑作が、忘れられがちなのが、とても残念です。

 『はるかなる風と光』のエマには、実在したモデルがいます。ハワイの王族の一人に、Queen Emmaと呼ばれた女性がいました。
 実在したクイーン・エマは、十九世紀の前半に生まれて、十九世紀の後半に亡くなりました。漫画のエマより、だいぶ後の生まれです。ハワイの王カメハメハ四世の妻なので、エマ王妃、Queen Emmaと呼ばれました。
 エマ王妃の父親は、ハワイの大酋長ジョージ・ナエアでした。彼女は、生まれつき、正真正銘の、ハワイの高貴な人です。でも、母方の祖父が、イギリス人のジョン・ヤングでした。彼女は、ヨーロッパ系の血を四分の一引いたクォーターでした。

 実在したエマ王妃も、勉強熱心で、故郷のハワイに尽くした人でした。ハワイに学校を建てたり、病院を建てたりしています。
 エマ王妃は、ヨーロッパに行ったことがあります。当時のヨーロッパの指導者だったイギリスのヴィクトリア女王や、フランスのナポレオン三世に会っています。ヴィクトリア女王とは、特に親しくなり、何度も親書を交わしました。

 どうですか? 漫画のエマと、似た点がいくつもありますよね。美内さんが、実在したエマ王妃のことを知って、元ネタにしたのは、間違いないと思います。
 だから悪いと主張したいのではありません。ネットのない時代、ハワイの王族の情報なんて、日本人が入手するだけで、大変でした。その元ネタを、さらに上手く料理して、より劇的で面白い物語を仕上げました。さすがです(^^)


 さて、次に、わたなべまさこさんの『あやかしの伝説』へ行きましょう。
 『あやかしの伝説』は、昭和五十一年(一九七六年)に、『花とゆめ』に連載されました。上の年表で言えば、『王家の紋章』の連載が始まったのと、同じ年です。

 この作品の主人公は、九尾の狐です。人間ではありません。魔性のものです。
 『あやかしの伝説』は、日本の中世から言い伝えられる「玉藻の前【たまものまえ】伝説」を、ほぼそのまま、漫画化しています。天竺編・中国編・白狐玉藻編の三編から成ります。三編で、単行本一冊になっています。短くまとまった話です。

 天竺編は、題名どおり、古代のインドが舞台です。カヨウという名の少女が主人公です。カヨウは、もともとは普通の人間でしたが、妖狐に取り憑かれて、人格が変わってしまいます。まだ十代前半の頃から、妖艶な美少女となり、幾人もの男性をたぶらかしては、破滅に陥れます。
 ひどい悪事を働きながらも、彼女のしたことは、長い間、バレませんでした。みんな、彼女の外見の美しさに、目がくらんでいました。
 それでも、最後には、悪事がバレて、インドにいられなくなります。彼女は、インド人の女性、カヨウという身分を捨てて、中国へ逃げ去ります。

 そう、カヨウは、ララァ・スンより前に現われた、希少なインド系ヒロインです。しかも、魔法少女で、ダークヒロインです。
 ララァ・スンは、日本のアニメで最初期に現われたインド系ヒロインでした。漫画まで視野を広げると、『あやかしの伝説』のカヨウが、最初期のインド系ヒロインでしょう。言い訳しようがないほどの悪役ですが。
 なお、カヨウの外見も、肌が黒っぽく描かれてはいません。でも、エキゾチックな美人で、「日本人ではないな」という感じです。

 『あやかしの伝説』中国編は、お馴染み、妲己【だっき】の話です。中国古代の王朝、殷【いん】の紂王【ちゅうおう】は、妲己という美女に溺れて、政治を顧みなくなります。もちろん、妲己の正体は、もとカヨウだった妖狐です。
 殷の国は荒れ果てて、ついに、易姓革命が起こります。妲己はいずこへか逃げ出して、行方知れずになります。

 『あやかしの伝説』白狐玉藻編では、もと妲己だった妖狐が、またもや人間の少女に化けて、遣唐使船に乗り込み、日本へ向かいます。日本でも、宮廷に入り込み、鳥羽法皇の愛妾である玉藻の前となります。後の展開は、おおむね、伝統的な「玉藻の前伝説」どおりです。

 玉藻の前伝説を漫画化したものとしては、『あやかしの伝説』は、初期の作品です。
 けれども、じつは、『あやかしの伝説』より、ちょうど十年前の昭和四十一年(一九六六年)に、『青いきつね火』という作品が出ています。岡本綺堂の小説『玉藻の前』を漫画化したものです。作画は、他ならぬ、わたなべまさこさんです。
 つまり、わたなべまさこさんにとって、玉藻の前伝説を漫画化するのは、『あやかしの伝説』で、二度目でした。

 『あやかしの伝説』が出た頃、わたなべまさこさんは、ホラー系少女漫画の描き手として、すでに、高い評価を得ていました。いまだに、「最も怖かった少女漫画作品」として挙げられることが多い『聖ロザリンド』は、わたなべまさこさんの作品です。昭和四十八年(一九七三年)に連載が始まった作品ですのに。
 とりわけ、わたなべまさこさんの描く悪女は、妖しさと恐ろしさとで、ぞくぞくします。『あやかしの伝説』は、そういうわたなべまさこさんの長所が、存分に生かされた作品でした。
 『あやかしの伝説』も、ジャンルに分類すれば、オカルトホラーでしょう。あるいは、歴史オカルトホラー、もしくは、伝奇ものといえます。


 ここまで来たところで、上記の年表に、『はるかなる風と光』と、『あやかしの伝説』とを加えてみましょう。

昭和四十三年(一九六八年) 『サインはV!』
      ↓
昭和四十六年(一九七一年) 『原始少年リュウ』
      ↓
昭和四十八年(一九七三年) 『はるかなる風と光』
      ↓
昭和四十九年(一九七四年) 『ファラオの墓』
      ↓
昭和五十年(一九七五年) 『アンデス少年ペペロの冒険』
      ↓
昭和五十一年(一九七六年) 『王家の紋章』
              『あやかしの伝説』
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昭和五十三年(一九七八年) 『海のオーロラ』
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昭和五十四年(一九七九年) 『機動戦士ガンダム』

 『機動戦士ガンダム』のララァ・スンが登場する前に、何人もの「日本人以外の有色人種ヒロイン」がいて、それなりに活躍していたことが、わかりますね。
 ニュータイプ(超能力者)として優れた能力を持ち、専用機に乗って戦闘するララァが登場するには、助走として、彼女たちの活躍が必要でした。

 今回は、ここまでとします。
 次回も、「日本人以外の有色人種ヒロイン」を取り上げます。



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