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魔法少女の系譜、その127~『王家の紋章』と「俺様男」~


 今回も、前回に続き、『王家の紋章』を取り上げます。
 前回は、「魔法少女」からちょっと離れて、キャロルやアイシスの相手役となる男性、メンフィスとイズミルとについて、考察しましたね。今回も、その続きです。

 メンフィスもイズミルも、大変な美男子です。頭も良く、武芸にも優れ、キャロルを熱愛していることも同じです。メンフィスが古代エジプトの王ならば、イズミルは古代ヒッタイトの王子と、身分の点でも、同等です。
 どちらも、往年の少女漫画のヒーローにふさわしい、完璧超人ですね。そのうえ、二人とも、強烈なツンデレなのですから、女性読者のハートをがっちりつかんでしまうのは、理解できます。

 ただし、メンフィスのほうは、性格に難ありです(^^; 傲慢で嫉妬深く、キャロルに接近する男を許しません。二〇二〇年現在で言う「俺様男」です。
 イズミルにも、傲慢な部分がありますが、メンフィスに比べれば、だいぶ優しい人ですね。

 少女漫画の中には、時たま、「俺様男」が登場します。けれども、おそらく、少女漫画を読まない人が想像するほど、多くありません。
 少なくとも、日本の少女漫画のメイン読者は、「俺様男」が、好みではないのですね。日本の少女漫画の多くが、「現代日本」を舞台にしていることを考えれば、それは、納得できます。現代日本で、古代の王族のような傲慢男なんて、リアリティがなさ過ぎて、登場させにくいですよね。ギャグなら別ですが。

 少女漫画に登場する「俺様男」といえば、おそらく、有名なのは、道明寺司【どうみょうじ つかさ】でしょう。『花より男子【だんご】』という作品に登場する人物です。
 『花より男子【だんご】』―略称は『花男【はなだん】』―は、一九九二年(平成四年)から、『マーガレット』で連載が始まりました。二〇〇四年(平成十六年)に完結しています。

 『花男【はなだん】』は、大ヒットした漫画です。アニメ化もされましたし、実写ドラマ化もされました。実写ドラマのほうが大ヒットして、実写の映画も作られました。
 この作品は、現代日本の英徳学園という私立高校が舞台です。英徳学園は、幼稚舎から大学まである一貫校で、お金持ちの子弟ばかりが入学してくる名門学校です。大部分の生徒が、幼稚舎から入ってきて、そのまま、内部で進学します。中学や高校で、外部から入ってくる生徒もいますが、それは、少数派で珍しい、という設定です。

 『花男』の主人公、牧野つくしは、英徳学園に高校から入ってきた少数派です。彼女は、良家の子女でも何でもなく、ごく普通の家庭の子です。母親の勧めで、英徳学園の高校に進学します。
 入ってみたら、英徳学園の高校は、F4【エフフォー】と呼ばれる、四人の生徒に牛耳られていました。道明寺司、花沢類【はなざわ るい】、西門総二郎【にしかど そうじろう】、美作あきら【みまさか あきら】の四人の男子生徒です。
 彼ら四人は、英徳学園の中でも、とびきりのお金持ちの家の子です。そして、みな美男子でもあります。少女漫画ですからね(笑)
 F4の親たちは、英徳学園に多額の寄付をしています。このため、生徒たちどころか、教師たちでさえ、彼らには逆らえません。学園内で、F4は、ピラミッドの頂点に立ち、事実上、やりたい放題です。

 ヒロインのつくしは、ひょんなことで、F4と対立することになってしまいます。それは、学園中の人間から、敵視されることを意味します。つくしは、壮絶ないじめに遭います。
 つくしは、負けません。彼女には、「自分は、間違ったことはしていない。やりたい放題のF4のほうがおかしいのだ」という、確固たる信念がありました。
 信念を曲げないつくしの姿に、次第に、味方が増えてゆきます。ついには、F4のリーダー格で、「俺様男」の司が、つくしに惚れてしまいます。つくしのほうも、司に惹かれるようになります。
 しかし、名門意識が強い道明寺家の息子と、庶民の娘のつくしとの恋は、多難なものとなります。

 道明寺司は、世界に名だたる道明寺財閥の息子です。このくらいの設定にしないと、現代日本で「俺様男」は作れませんね。
 普通、傲慢な人間は、周囲から嫌われて、仕事も遊びも、うまく行かなくなります。ですから、普通は、十代か、二十代前半までのうちに、傲慢さをなくして、謙虚さを身に着けるはずです。
 なのに、ある程度の年齢になっても傲慢なのは、周囲がそれを許す要因があるからですね。
 司の場合、まだ高校生で、英徳学園という、閉じられた世界にいます。親が多額の寄付をしているために、英徳学園にいる限りは、彼は、「王」のような存在です。実際は、親の権威を笠に着ているクソガキですけれどね(笑)
 司のクソガキぶりを、つくしがずばりと指摘して、彼に決して屈しないことで、司は、つくしに惚れるわけです。

 現代日本で、「俺様男」を登場させるには、ここまで、条件を揃える必要があります。これは、物語を作る側としては、手間のかかることですね。
 加えて、手間をかけたからと言って、作品が受けるとは限りません。わざわざ「俺様男」を出しても、彼が読者に好かれる確率は、さほど高くありません。むしろ、嫌われるリスクのほうが高いです。
 まして、『花男』が世に登場した後では、『花男』と似た設定の作品は、『花男』のパクりと言われてしまう可能性が高いです。
 作る側の都合からしても、少女漫画の「俺様男」は、少なくなるわけです。

 『花男』の設定を聞いて、「なろう」小説の『謙虚、堅実をモットーに生きております!』―略称『謙虚』―と似ているなあ、と思った方がいるでしょう。
 私も、似ていると思います。おそらく、『謙虚』の作者さんは、『王家の紋章』は読んでいなくても、『花男』は、読んでいるのではないでしょうか。
 『謙虚』の連載が始まったのが、二〇一三年(平成二十五年)です。大ヒットした『花男』の実写ドラマ版は、二〇〇五年(平成十七年)に第一期が放映されました。第二期の実写ドラマは、二〇〇七年(平成十九年)に放映されました。
 実写ドラマがヒットしたおかげで、原作の漫画も―もともとヒット作でしたが―見直され、大幅に増刷されました。

 『謙虚』の作者さんが、『謙虚』連載当時、十代だったとしても、『花男』の実写ドラマならば、年代的に、かすかにでも、覚えている可能性があります。「子供の頃に見たあのドラマ、面白かったな」と思って、ある程度の年齢になってから、原作の漫画を読んでみるのも、ありそうなことですね。

 「お金持ちの子弟ばかりが集まる、名門の一貫校に、庶民の娘が高校から入学してくる。壮絶ないじめに負けず、彼女は、学園内の王のような男子生徒と結ばれる」点が、『花男』と、『謙虚』とで、共通しています。より正確には、『謙虚』の劇中作である『君は僕のdolce』―略称『君ドル』―と、共通しています。

 『花男』と、『謙虚』(『君ドル』)とで、大きく違うのは、「学園内の王のような男子生徒」が、「俺様男」ではないことと、「悪役令嬢」が登場しないことです。
 『謙虚』の劇中作『君ドル』では、鏑木雅哉【かぶらぎ まさや】は、お約束の「俺様男」だったようです。ところが、「麗華」が転生してきた世界では、どちらかと言うと、「ぽんこつ男」です。「麗華」のぽんこつぶりに影響されたと考えられます(笑)

 そして、悪役令嬢! 『花男』には、悪役令嬢が登場しません。ヒロインをいじめる首謀者は、ヒロインの相手役の司ですからね。
 『花男』が連載されていた頃には、まだ、「悪役令嬢」という言葉は、ありませんでした。

 『謙虚』が書かれたのは、『花男』が大ヒットした後です。「名門学校の生徒で、王のような俺様男」は、すでに、テンプレートとして認識されていたと考えられます。『花男』が『謙虚』に似ているのではなくて、『謙虚』が『花男』に似ている―というより、参考にしている―と言うべきです。
 悪役令嬢のはずの麗華が、テンプレートを崩して、「高飛車女」ではなく、「謙虚な女」になったのに合わせて、俺様男が、ぽんこつ男になったのでしょう。パロディとして、面白いですね(^^)

 現代日本の俺様男として名高い道明寺司ですが、『王家の紋章』のメンフィスと比べると、俺様ぶりが劣ります。
 古代の王族と、現代日本のお坊ちゃまとを、比べてはいけませんね。かたや、十七歳の若さで一国を背負う王で、かたや、金持ちのクソガキですから(笑)

 メンフィスのほうは、王として、戦争が起これば、軍を率いて前線に立ちます。文字どおり、命をかけて、国を守っています。それに比べれば、司は、ただの甘やかされたお坊ちゃまです。
 メンフィスは、王として覚悟が決まっているぶん、俺様ぶりも、ただごとではありません。キャロルを牢に入れたり、川に顔を浸けて溺死寸前にまでしたりします。いくら道明寺司が、財閥の跡取りでも、何も悪いことをしていない人を逮捕させたり、殺人寸前のことまでさせたりは、できないでしょう。
 もし、『花男』の作中でそこまでやったら、司は、悪役で終わったと思います。さすがに、現代日本の読者は、どん引きですよね。
 メンフィスは、「古代エジプト」という舞台でなければ、成り立たないキャラクターです。

 同じことは、イズミルについても、言えます。
 最初にキャロルを拉致したイズミルは、キャロルを鞭打って拷問します。現代日本で、これをやったら、立派な犯罪ですよね。十六歳の若い娘を拉致して鞭打つ、なんて、猟奇的かつ悪質な犯罪として、騒がれるでしょう。
 現代日本でここまでやったら、やはり、読者は、どん引きします。こんな犯罪者が、逮捕されずに自由に行動できるとは、現代日本では、思えませんしね。イズミルが、こんな人気キャラになることは、なかったでしょう。
 イズミルも、やはり、古代ヒッタイトの王子だからこそ、こういうあり方が許されています。

 『花男』でイズミルに相当するのは、F4の一人、花沢類でしょう。類は、俺様男ではありません。インドア派で、繊細な感性の持ち主です。F4の中で、唯一、最初の頃から、つくしに対して好意的な人物でした。
 類も、つくしのことを好きになりますが、親友の司に譲ってしまいます。
 さすがに、類は、現代日本の人間なので、イズミルのような、強烈なツンデレではありません。

 『王家の紋章』の読者が、メンフィス派とイズミル派とに分かれているように、『花男』でも、司と類とが人気を二分します。
 じつは、『花男』の人気投票では、司も、主役のつくしさえも抜いて、類が一位なんですね。俺様男の司より、クールでつかみどころのない類のほうが、人気があります。
 『花男』にしてそうなのですから、日本の少女漫画では、俺様男は、意外に需要が少ないと言えます。

 『花男』のほうが、『王家の紋章』より後年に出ただけあって、読者が目移りするような「いい男」を、F4で、四人揃えています。
 『王家の紋章』のほうは、主要な舞台が古代世界であることを、十二分に生かしています。メンフィスもイズミルも、ツンとデレとの振れ幅の広さが、尋常ではありませんよね。ツンのほうがすご過ぎて、現代日本が舞台では、ほぼ使えない禁じ手です。

 ツンとデレとの落差を大きくすることで、メンフィスもイズミルも、読者の心を、大きく揺さぶっています。これは、『王家の紋章』の大きな魅力の一つです。

 これに加えて、『王家の紋章』では、タイムスリップや、未来から来たキャロルの「魔法少女」ぶりや、「さらわれヒロイン」ぶり、アイシスの「悪役令嬢」ぶり、古代エジプトをはじめ、古代ヒッタイト、古代アッシリア、古代バビロニアなど、古代オリエント世界全体が絡んだスケールの大きさなどが楽しめます。いろいろ、盛りだくさんな作品であることが、おわかりいただけるでしょう。

 今回は、ここまでとします。
 次回も、『王家の紋章』を取り上げます。



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