魔法少女の系譜、その58~『悪魔【デイモス】の花嫁』~
今回は、新しい作品を取り上げます。
今回も、テレビアニメではありません。漫画です。昭和五十年(一九七五年)に、連載が始まりました。人気作品にもかかわらず、一九七〇年代には、アニメ化されていません。
その作品とは、『悪魔【デイモス】の花嫁』です。『月刊プリンセス』で連載された少女漫画です。『悪魔』と書いて、「デイモス」と読ませています。
「またしても、昭和五十年(一九七五年)か!」と、思った方がいるでしょう。
そうなのです。『超少女明日香』、『紅い牙』、『エコエコアザラク』と並び、のちの魔法少女ものに、多大な影響を与えた作品は、この年に、まだあるのです。
とはいえ、『悪魔【デイモス】の花嫁』は、魔法少女ものではありません。魔法は登場するものの、ヒロインは、魔法を使いません。ヒロインの周辺人物が、魔法を使います。
これは、『それ行け!カッチン』と同じパターンですね。
『それ行け!カッチン』と同じように、『悪魔【デイモス】の花嫁』は、魔法少女ものではなくても、魔法少女ものに、非常に近いところにある作品でした。実際、のちの有名な魔法少女作品に、影響を与えていると考えられます。
『悪魔【デイモス】の花嫁』のヒロインは、伊布美奈子【いふ みなこ】という少女です。高校生です。魔法少女ものとして考えれば、『キューティーハニー』と並んで、珍しいハイティーンの主人公ですね。
美奈子本人は、美少女であるだけで、普通の人間です。魔法も超能力も、使えません。
ある日、彼女のもとに、デイモスと名乗る悪魔が現われます。彼女の意思にかかわらず、彼女を無理やり花嫁にするというのです。
じつは、美奈子は、古代ギリシアの美の女神ヴィーナスの生まれ変わりでした。デイモスは、その美奈子の体だけを欲していました。
デイモスは、もとは悪魔ではなく、神でした。古代ギリシアで、女神ヴィーナスの兄でした。実の兄妹にもかかわらず、ヴィーナスと愛し合ったがために、大神ゼウスに罰を受けます。
デイモスは、醜い悪魔の姿に変えられて、地に落とされます。ヴィーナスは、闇の世界で、生きながら体が朽ちてゆく刑罰を受けます。
物語が始まった時点で、ヴィーナスはまだ生きていて、朽ちかかっています。顔の半分が朽ちて、恐ろしい姿ですが、もう半分は、かつての美しさを残しています。それが、いっそう、哀れです。
ヴィーナスを愛し続けているデイモスは、何とか、ヴィ-ナスを救いたいと思っていました。そこで、美奈子の体だけを奪って、ヴィーナスの魂を植えかえようとしていました。
えー、ここまでの設定に、いくつもの突っ込みどころがありますね(^^;
でも、本当に、こういう設定なんですよ。
ヴィーナスがまだ生きているのに、なぜ、「生まれ変わり」の美奈子がいるのでしょうか?
未来のいつかの時点で、ヴィーナスは確実に死んでいて、そこから、ヴィーナスの魂だけが、なぜか現代に戻って、生まれ変わった、としか、解釈のしようがありません。この部分は、作中で、詳しい説明がありません。
『悪魔【デイモス】の花嫁』は、少女漫画のみならず、日本の漫画で、本格的にギリシア神話を取り入れた、早い例です。
ギリシア神話に、デイモスという神は、本当に登場します。ただし、ちょい役で、ほとんど出番はありません(^^;
ヴィーナスというのは、本当は、ギリシア神話ではなくて、ローマ神話の名前ですね。ローマ神話のウェヌスVenusを、英語読みすれば、ヴィーナスです。ギリシア神話の名前で言えば、アフロディテですね。
昭和五十年(一九七五年)の時点では、ギリシア神話もローマ神話も、まだ、日本人にほとんど知られていません。この時代には、ギリシア神話とローマ神話とを同一視して、紹介することが多かったのです。
実際のところ、ローマ神話は、大部分を、ギリシア神話から借りていますから、あながち間違いでもありません。
ギリシア神話に詳しい方なら、「実の兄妹で愛し合ったくらいで、なぜ、罰が下されるんだ?」と思うでしょう。ギリシア神話の神々は、兄妹婚だらけだからです。大神ゼウス自身が、姉妹のヘラと結婚しています。
これについても、作品中では、説明がありません。この時代には、読者がギリシア神話に詳しくないことが前提ですから、説明を省いたのでしょう。
ここまで読んできた方で、「美奈子」と「ヴィーナス」で、ぴんと来た方がいると思います。
美奈子は、「びなす」とも読めますね。「ヴィーナス」を指しています。
これは、『美少女戦士セーラームーン』の「セーラーヴィーナス」こと愛野美奈子ちゃんと、同じですね。「美奈子」と「ヴィーナス」、それに、「ヴィーナスの生まれ変わり」という点が、『セーラームーン』とそっくりです。
いえ、むしろ、『セーラームーン』の前駆作品『コードネームはセーラーV』にそっくり、と言ったほうがいいでしょう。時系列的に、こちらのほうが先ですし、こちらの作品では、セーラーヴィーナスこと愛野美奈子ちゃんが主人公だからです。
「美奈子」で「ヴィーナス」をやったのは、『コードネームはセーラーV』が最初じゃありません。『悪魔【デイモス】の花嫁』が先です。
『コードネームはセーラーV』の作者、武内直子さんの年齢から考えるに、武内さんは、『悪魔【デイモス】の花嫁』を御存知だったと思います。
『~セーラーV』の連載が始まったのは、一九九三年です。十八年ほどの時を経て、『悪魔【デイモス】の花嫁』は、『セーラーV』に結実したのかも知れません。
ヴィーナスが登場する以上、当然ながら、『セーラームーン』も、ギリシア神話が題材になった作品でした。
しかし、『悪魔【デイモス】の花嫁』は、『セーラームーン』とは、まるで雰囲気の違う作品です。『セーラームーン』は、基本的に、明るく楽しいですが、『悪魔【デイモス】の花嫁』は、怪奇でちょっと怖い雰囲気です。やはり、一九七〇年代のオカルトブームの影響を受けています。
デイモスは、普段、人間界に現われる時には、耽美な美青年の姿で現われます。悪魔の姿になった時でも、角と、カラスのような黒い翼が生えたくらいで、顔は美青年のままです。このあたりは、少女漫画ですからね。
さっさと美奈子を殺して、体を手に入れればいいのに、デイモスはそうしません。彼は、人間の美奈子をも愛してしまったからでした。決心がつかないまま、デイモスは、美奈子に付きまとい続けます。
美奈子は、デイモスの正体と目的を知って、もちろん、衝撃を受けます。けれども、彼女は、デイモスの言いなりになることを、きっぱりと拒否します。
長く付きまとわれたせいで、デイモスの存在には慣れますが、彼の要求は拒否し続けます。なかなか、芯の強い少女です。
『悪魔【デイモス】の花嫁』は、基本的に、一話完結です。レギュラーのキャラと言えるのは、デイモスとヴィーナスと美奈子の三人だけです。あとは、毎回、多様なゲストキャラが登場します。この点は、『エコエコアザラク』に似ています。
美奈子は、黒井ミサとは違って、巻き込まれ型のヒロインですね。彼女自身は善意の人で、誰かを傷つけようなどとは思っていません。しかし、毎回のように、怪奇な事件に巻き込まれます。それは、デイモスが引き起こした事件のこともあれば、そうでないこともあります。
今回は、ここまでとします。
次回も、『悪魔【デイモス】の花嫁』を取り上げる予定です。