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エッセイ

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厨に立つ私

厨に立つ私

スーパーに行く時には、何を作ろうかな、ではなく、何が安いかな、と品物と値札を睨み、カゴを提げて歩く。
何を買っても、後でどうにかなると自分を信頼している(稀にどうにもならない時もある)。

ふむ、今日は茄子が安い。
茄子が安いということは、夏。
ふくふくと太った、色気のない茄子が3つ入った袋をカゴに入れ込んだ。
精肉コーナーを歩くと豚こま肉がいつもより安くて、あと鶏むね肉はいつでも安くて、とりあえ

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惣菜売場のオガワさん

惣菜売場のオガワさん

大学生の頃、スーパーの惣菜売場でアルバイトをしていた。週4日か5日、朝7:30に出勤して11:30に退勤する。たまに、16:30まで働く日もある。

だいたい私は7:29にタイムカードを切って、もうすでにせかせか動き回るパートさんたちが7〜8人いる作業場にだらっと入っていく。そんな私を誰も叱らなかった。

業者が洗濯しても取れないタレや油のシミが染み込んだユニフォームの袖をくいっと肘まで上げて、エ

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コーヒーショップギャラン

あー、おなかいっぱい。
そう言いながら彼女はお腹をさするけど、とてもいっぱいになったとは思えない、それはそれはペラペラなおなか。

テーブルには山賊焼という名前の揚げ鶏と、添え物のカットレタスがちょこん。
わたし葉っぱ食べるから、お肉食べていいよ、と、ペラペラおなかをさすりながら言うから、ありがとう、と言う。
僕ももう食欲はないけど、とても貧相な、懸賞金もかかっていないような弱々しい山賊を、胃に流

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やっぱりなんでもない

やっぱりなんでもない

散歩してたら、すごく細い道に、小さな鳥居が建っているのを見つけたよ、とか

その鳥居の隣に、食紅を垂らしたように鮮やかな花が咲いていて、ちょっと嫌だった、とか

朝の電車で高校生が、ずっと高校生でいたいって話していて眩しかった、とか

近所の和菓子屋さんで、お芋のソフトクリームが食べられるらしいよ、とか

西友で売ってたドレッシングが意外と美味しかったよ、とか

多分、こういうことを文字じゃなくて

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ぐつぐつ

背中がじっとりする感覚で目が醒めた。
時間と温度と湿度をいっしょくたに教えてくれる箱に目をやる。
4:16、23.4℃、72%。

9歩進んで、無機質な白い便器で用を足し、加熱式タバコを熱し、吸って、吐いて。

少し湿ったシーツにもう一度触れたくなくて、少し錆びた台所へ。

昨日やけっぱちになって買った大根と、にんじんと、好んで買ったあぶらあげと、いつ買ったか忘れた白だしを、鍋に入れてぐつぐつ。

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できるだけ端を歩く

できるだけ端を歩く

「なんかさ、もういいかなって思うんだよね。」
友人にそう漏らしたことがある。
具体的な何かではなく、とにかく全てに対して。
自分の目の前にある空気とか、温度とか、色とか、そんな曖昧なものも含めて全てに。

彼は、おそらくそれを「死にたい」と受け取った様子だった。
厳密には、「死にたい」という欲求すらも湧かないくらい、何かをしたいと思えなかった。
「何もしたくない」ではなく、「何も考えや感情が湧かな

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こんな星の夜は

こんな星の夜は

いちばんの友達が結婚した。いや、正確に言えば入籍はもう少し前にしていたのだが、結婚式を挙げた。
いちばんの友達、というのはなんだかむず痒い。
友達に順番をつける気はないし、この友達がいちばん長い付き合いの友達というわけではないし。
でも、気を許せるとか、自分のことを理解してくれるとか、そういうのをひっくるめていちばんの友達と言うことにする。

彼とは小中学校の同級生なのだが、友達と言えるくらい仲良

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42.195km

42.195km

2024年2月12日(月・祝)。さいたまマラソンに出場。初のフルマラソン出走、完走。いやはや、まさかフルマラソンを走る人生だとは思っていなかった。
せっかくなので、記録を残す。
本当は走った直後に書きたかったが、ダメージもそこそこにあり1週間経ってしまった。

そもそも。
健康に気をつけるために、身体を動かそうと思って2年ほど前からスポーツジムに通い始めた。
ただ、だんだん「毎月何千円も払うのちょ

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雪が降れば思い出す

雪が降れば思い出す

ここのカレー屋さん美味しいらしくて。一緒に食べに行きません?

たぶん断られると思って、冗談っぽく言ってみた。お酒は下心がありそうで、カレーならちょっとファニーになるかなと思って。
うん、今度行ける時ね、と返ってきた。
断られた。ちゃんと大人の断り方をされた。

次の日。16時くらい。
今日、ご飯食べに行かない?と言われた。
え、今日?今日行けるんですか?と、間抜けな返事をした。
うん。今日はダメ

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ナイトドライブ

ナイトドライブ

なんでラブホの屋上に、自由の女神もどきの像を建てようと思ったんだろう。自由の女神があるから入ろうとは思わないし、むしろ恥ずかしいからマイナスプロモーションなのでは。あと中に入ったら見えないし。
てかなんで国道沿いにこんなにラブホがあるんだよ。
人の欲ってすごいんだな。人口の少ない郊外で、しかも繁華街でもない国道沿いにこれだけのラブホが営業出来ているんだから。
てか駐車場広いな。まあ車でしか来れない

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ラストデイ

ラストデイ

ガソリンスタンドの洗車機に行列が出来ている。
年末。年末だから車を綺麗に、って分かるけど、こんなに並ぶなら年明けでもいいじゃん、って思う風流の無さが良くないんだろうなあ。

2023。このnoteを初めて、もう1年半程が経った。
「誰も読まないよね。興味ないよね。でも書かせて、ごめんね。」
それでも書くのは、やっぱり自分のため。

自分のためなんだけど、発信している以上は多少なり他者を巻き込んでい

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生活は映画のようにゆっくりと

生活は映画のようにゆっくりと

音楽で飯を食いたかった。
良い音楽を作り続けたい、ではなく、音楽で飯を食いたかった。
自分の作った音楽でMステに出たかったし、ドラマのエンディングで流れてほしかったし、カラオケで誰かの部屋から漏れ聞こえてほしかった。

音楽を生業にしたかった。
大学卒業までにそれが叶わなかったから、音楽をやめた。自分の中では決めていたことだから、何も悔いはない。

営業、デスクワーク。自分の時間の大半を割くこれら

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今夜は少しだけ

今夜は少しだけ

時計の針は0時を回った。
そう言えば格好がつくが、一人暮らし7畳の部屋にはデジタル時計しかないので、針が回ったのを視認していない。

毎日6時間以上寝たい。できれば7時間寝たい。出勤する朝は6時半に起きる。だから、本当は日付が変わるのを認める前に眠りにつきたい。
20代のわりに、つまらない生活だと思う。
夜には甘い蜜がたくさんあるのだと思う。
私はそれをあまり知らずに生活を繰っている。

眠れない

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冬の温度

冬の温度

途中で暑くなってもいいと、ウインドブレーカーを着て正解だった。走って身体の芯がじわりと温まるが、マンションの間から抜ける風は冬だ。
すれ違う人の装いもまた、冬のそれであった。

ついこの前まで、太陽が肌を刺し、焼き付けていた。
だが思えば、もう去年のこの時期は愛車のタイヤ交換をして凍結路に備える頃だった。
住む場所が変わり、冬の訪れを感じるきっかけもまた変わっていた。

おそらくもうすぐ、北風が肌

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