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デザイン人材の「分業」を見極める

企業にデザイン組織が設置されることは、もはや普通のことになった。UX/UIデザイナー、コミュニケーションデザイナー、サービスデザイナーなど様々なロール(職種)のデザイン人材が協働し、プロジェクトでの成果を日々めざしている。

今回は、デザイン人材がプロジェクトの中で「分業することの意味をあらためて考えてみたいと思う。中でもロールごとにタスクを分業するような「機能的分業」にフォーカスし、デザインの分業体制が成果達成や人材の成長組織の経済性とどう関係してくるかを掘り下げてみる。

デザインマネージャーといった組織管理者だけでなく、デザインキャリアを模索しているような方にも気づきがあるよう書いていきたい。

最初に端的に結論を述べると、無自覚に分業体制を放置すると組織にとっても個人にとっても不都合が生じるということになる。それはどういうことなのか。順を追って説明しよう。


機能的分業とプロジェクト成果の関係

デザインプロジェクトの中には、機能的分業が成果によい影響を与えるものと、そうでないものがある。

たとえば、事業成果などのアウトカム」ではなく、制作物などのアウトプット」を直近の目的とするプロジェクトでは、機能的分業が効力を発揮することが多い。制作物の要件が最初から明確になっている場合はなおさらだ。

そもそも制作系のロールは、制作物のクオリティや仕事の安定性・効率性を高めることをベースに機能分化していることもあるし、デザイン人材同士が連携し進めるプロセスや責任分界点、デザインチームに協力を求める依頼主からの期待値も含めて、業務慣習が暗黙的にできあがっている点が大きい。

機能的分業がフィットしない探索型プロジェクト

一方で、ゼロからイチを作り出すような事業開発の初期段階や、ゴールがあいまいで不確実なプロジェクトでは、機能的分業はあまりフィットしない。そのようなプロジェクトは探索的要素が強く、最初から「何をつくるかが決まっていないことも多い。メンバーそれぞれが自分の専門性を超え、全人格からアイデアを出し合い、柔軟に試行錯誤を重ねていかなければ成果達成は難しい。「自分はUIデザイナーなので、そのタスクが発生するまで待っている」という姿勢は全くナンセンスなのである。

私が所属するデザイン会社コンセントでは、こういったケースではサービスデザイナーやクリエイティブディレクターなどの戦略系のロールが全体の計画とファシリテーションをすることが多い。そういった意味では最低限の分業は発生しているといえるが、それ以外のリサーチやワークショップなどのタスクや、ソリューション検討といった中核的な仕事は、ロールを超えて全員で携わっている

「タスク型プロジェクト」と「コミットメント型プロジェクト」

コンセントではこのような分業の性質を捉え、メンバーの意識を揃えるためにプロジェクトの形態を2つに分けている。

ひとつは「タスク型プロジェクト」と呼ばれるものだ。制作物をつくることがゴールになるようなプロジェクトに多い。成果物から逆算した綿密なタスク計画を立て、そのタスクに必要な専門性をアサインする。機能的分業がはたらきやすいプロジェクト形態だ。

もうひとつは「コミットメント型プロジェクト」である。不定形で探索的なプロジェクトであり、機能的分業がふさわしくないものだ。事業開発の初期フェーズに多い。メンバーそれぞれの専門性を活かしながらも、プロジェクトへの主体的・越境的なコミットを求め、ロールにとらわれないマインドセットが必要なものでもある。

前者がデザイン制作的、後者がデザインコンサルティング的という見方もできるが、対応領域が比較的広いコンセントの中では、それらが入り混じって組織運営がされている。当然ながらどちらが優れているということではない。

分業におけるメンバーの意識を合わせる

タスク型プロジェクトとコミットメント型プロジェクト。実はこの2つはクリアに分けることが難しい。タスク型だからといってスキル的越境が全くないかと言われればそうでもないし、コミットメント型プロジェクトでもアサインされるメンバー次第では、機能的分業が一部発生することもある。

重要なのは、プロジェクトメンバー間で意識合わせをし、どちらの考え方で進行するか確認し合うことである。それを怠ると、意図しない形でタスク待ちの行動が起こってしまったり、責任分界点が曖昧なままプロジェクトの安定性が下がってしまうこともある。

果たすべき成果の具体性と人員のバランスを捉え、分業体制の選択とその意識付けを行っていく必要があるのだ。

機能的分業の経済性

ここからは、機能的分業が組織の経済性にどのように関係してくるか考えてみたい。

事業会社内のデザイン組織か、他社を支援するデザインエージェンシーかに関わらず、デザインプロジェクトを実行するには人件費が発生する。その管理をどこまで追求するかは、その組織がコストセンター(間接部門)なのかプロフィットセンター(収益部門)なのかによっても異なる。ただ、他部署と協働する手前、経済性効率性を全く考えないということはないだろう。

もちろん資金余力のある企業が、ある意味で費用を無計画にデザインすることもあるかもしれないが、デザイン組織の成熟過程においては一時的なものとみなすべきだろう。費用対効果はいつか必ず議論の対象になるからだ。

過度な分業はコストを圧迫する

まずは、機能的分業の経済性を、デザインプロジェクトという短期的な視点から考えてみる。

はじめに、過度な分業はコストを圧迫することになるという基本的な点を押さえておこう。例えばAさんが1人で行えるはずのタスクを、B・C・Dさんが3分の1ずつタスクを分けて行ったとする。それぞれの人件費が同じだとしたら、一見コストは同じだと感じるだろう。

しかし、それぞれがプロジェクト要件や背景を理解するコスト、お互いにコミュニケーションし連携するコスト、集団で意思決定するコストを合わせると、Aさん1人で行った場合と比較すると、相当にコストアップすることになる。(3者の力学から合理的な意思決定がしづらくなる状況では、プロジェクトの品質そのものが下がることもある)

スキルの幅と稼働管理の相関

このような状況が起こる要因は2つ。スキルの幅と稼働管理である。そして、その2つは相関することになる。

相対的にスキルの幅が狭いメンバーが多い組織は必要以上の分業が起こりやすく経済性で劣ることになる。スキルの幅が狭いメンバーはプロジェクト内で担当できるタスクの幅が狭く、稼働がこま切れになる。その影響でプロジェクト人員が増え、必要以上の分業が発生することになる。

製造業で言うところの、単能工多能工(マルチスキル)の比較と同じようなもので、デザインの現場でも多能工的であるほうが経済性において優位になる。(経験則ではあるが、単能工的にスキルの幅が狭いからといって、そのメンバーの技術が他を圧倒するように突出しているケースは多くない。)

稼働管理も重要である。メンバーのスキルと稼働時期、稼働時間と発生確率を勘案し、過度な分業が発生しないようコントロールする必要がある。(デザイン人材の業務管理についてはまた別の記事で取り上げたいと思う)

プロジェクトメンバーの目線に立つと、どうしても人員を増やしてリスクを下げたいという思いが生まれる(実際にリスクが下がることはほとんどない)。稼働管理とそれに基づくコスト管理が徹底しない場合には、こういった要望からプロジェクト人員が増え、経済性が悪化することになる。

業務の成熟過程と分業化

プロジェクト単位を超えて、数年単位の長期的な視線を向けたらどうだろうか。

はじめに重要なのは、「機能的分業」は技術の成熟と陳腐化の過程の中のひとつの現象であるという事実を知ることだ。

事業ライフサイクルという言葉がある。事業が市場に生まれ衰退するまでの過程をモデル化したもので、市場創出と啓蒙の段階から、市場成熟と競合差別化、寡占化と低価格化競争を経て、衰退期に至るというような一連の流れだ。

デザイン業務にもライフサイクルがある。それは以下のように進む。

  1. 業務自体が新鮮で暗黙知が多く誰もが試行錯誤の中にある状態。普及段階のため業務の市場価値も未確定の状態。

  2. 業務への理解が進み、品質と効率化のために体系化や分業化が進む状態。一般に業務の市場価値が最も高い状態。

  3. 市場での業務の普及が完了し、付加価値の向上に限界が見られ低価格化の流れが進む(同時に業務自体のイノベーションが志向され、別の業務に変化することもある)。

  4. 業務が完全に陳腐化し新規参入はほとんど起こらない。一般的な企業が行うには経済合理性が合わない状態。

例えば、私が約10年前にサービスデザインを始めた際、日本市場における業務のライフサイクルは「1」の状態であった。サービスデザインという単語が普及しておらず、一般的なプロセスも整備されていなかった。それが今では、サービスデザインエージェンシーを標榜する企業も増え、「2」と「3」の間くらいに成熟した感覚がある。

陳腐化を乗り越える

ロールの分業化やそのスキルの体系化は「2」の段階において加速する。業務の市場価値が高いので実践者の知恵も集まりどんどん高度化していく。例えば、デザインシステムのような、属人性を回避し品質を均質化するための仕組みも発展し、初めてその業務にアクセスするものもスムーズにオンボーディングできるようになっている。

それが、業務ライフサイクル「3」に完全に移行すると、陳腐化の方向に急速に傾いていく

例えば、私が20年ほど前に携わっていた雑誌のデザインでは、出版社などのクライアントも含めて機能的分業がかっちりと固まっていた。デザイナーはクライアントから対象ページのラフイメージと、画像データを支給される。それをもとにレイアウトしテキストの文字数を確定させたらライターが原稿を書く、という流れだ(レイアウトより原稿が先のパターンもある)。

私が携わった2004〜2014年の約10年の間では、InDesignなどのDTPツールが最新化していくことはあれど、このような基本的な業務の更新は進まなかったと感じている。グリッドシステムをベースにしたエディトリアルデザインの方法論、活版を源流とするタイポグラフィの考え方、出版社や印刷会社との業務の流れや慣習など、仕事の流れは変わらなかった。新しいページネーションの発明であったり、抜本的な進行の変化もなかった。

一方で当時は、3〜5年程度に1度ほどの頻度でクライアントからの価格見直しが入り、業務の合理化切り詰めた効率化や固定費の削減を迫られることになった。これは恐怖である。合理化に限界をきたしデザイナーが別の業務に移行するとしても、分業化されてしまった業務に慣れ、適応化が進みすぎてしまったメンバーは、リスキリングに相当な苦労を要することとなった。

今は、デジタルプロダクト開発が活況であり、人材市場も売り手市場が続いている。しかし、テクノロジーの進化とともに業務ライフサイクルは確実に歩みを進めていく。今やっている仕事は確実に陳腐化する。

分業体制を敷くにしても、分業化固定化された業務とは別の発展的な業務も並行して実践し、長期的な陳腐化傾向に備えなければならない。

機能的分業が人材育成に与える影響

業務が分業化され、組織のオペレーションやカルチャーがそれを当たり前とし慣れすぎていくと、メンバーの経験の幅が少ないことにも気づかなくなってしまう

ここまで「分業と成果」「分業と経済性」と見てきたが、最後に「分業と人材育成」の関係に迫ってみたい。

習熟と成長を間違えてはいけない

たとえば、分業をとことんまで突き詰めた組織があるとしよう。その場合、メンバーは日々同じような幅の業務を経験することになる。組織が分業を追求するということは、プロジェクトの枠組みや期待値も固定化し効率性を高める方向に動くため、デザイン組織には総じて同じような種類の似たようなスケールのプロジェクト相談が来るようになる。

このような環境の組織に入った新任メンバーは、最初は仕事を覚えることに苦労するかもしれないが、毎日同じタスクを繰り返すことで業務に慣れ、目の前の仕事をこなすことがうまくなっていく。周囲から頼られる存在になっていく。

一見、これはメンバーの成長の風景に思えるかもしれないが、そうではない。これは、デザイン人材としての成長ではなく、単に業務に慣れていったという習熟の過程である。不確実な状況で答えを出していくようなデザイン人材としての成長があるわけではなく、業務への適応が起こっただけである。

少し極端な例を挙げたが、このような傾向はどの組織にもある。分業が組織オペレーションに定着しすぎると、個人の目線では大なり小なり「同じタスク」の連続となる。習熟を成長と勘違いすることも出てくる

コミットメント型プロジェクトの推奨

私が所属するコンセントでは、「タスク型プロジェクト」と「コミットメント型プロジェクト」の2つがあると述べた。

さらに言うと、経営の方針としては「コミットメント型プロジェクトを増やす方向で社内にアナウンスしている。なぜならば「タスク型プロジェクト」では経験できる業務範囲は狭いが、「コミットメント型プロジェクトでは業務が幅広で、経験の質が圧倒的に高いからだ。人材育成に与える影響に大きな差がついてくることがわかっている。

要件が不定形で探索的であるということは、常に最新の市場課題・社会課題に肉薄できルーティン化が避けられるということである。ロールにとらわれないということは、安全地帯にいられず常にストレッチがかかった状態でいるということだ。ロールとしての自分でなく、全人格で取り組むということは、創造性を開花させる端緒ともなる。

業務への「習熟は、ライフサイクルにおいては淘汰の対象になる。なぜならばその技術はその業務に依存しており、業務が枯れていくことと運命をともにしてくことになるからだ。

一方で「成長はそこへの対抗力を持つ。組織のケーパビリティを時間とともに減退させないことはもちろん、メンバー個人にとっても強靭なキャリアを作ることにもつながっていく。

分業を相対化する組織文化

分業はともすると組織内では当たり前の風景であり、空気のように意識しないものだ。しかしながらここまで述べたように、分業体制を無意識に運用することには注意が必要だ。

まずは、「分業は仕事の前提ではなく、特別なものだという認識を組織の中で共有することが重要である。機能的分業を組織文化の中で相対化し、成果・経済性・人材育成の面で使いこなすしくみを構築しなければいけない。

「コミットメント型プロジェクト」を増やすことも重要だ。なければ、内部施策でも、研究開発でもプロジェクトをつくれば良い。

事業活動は深化と探索の両軸が必要と言われる。それは組織も人も同じである。分業に依存すると深化のみが進む。もしくは「習熟」のみが進んでしまうことにもなりかねない。

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