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#01 感覚的で成果物が見えないデザインにお金を出すのは中小企業にとって大きなリスク。でも、アセスメントを受けてみたら、これは「経費」じゃなくて「投資」になると思えたんですよ。

成熟市場の寝具販売で
自社競合を恐れぬ新規出店

かつて、婚礼準備や冠婚葬祭の返礼品として高い需要を誇っていた「寝具・リネン」業界。しかし、1990年代半ばをピークにマーケットは少しずつ縮み、近年は横ばい状態が続いている。
「正直なところ、そんなに儲かる商売じゃないんです。低価格帯の商品を扱う量販型のインテリアショップも人気ですし、一度購入したら頻繁に買い替えるものでもありませんからね。そして意外に思われるでしょうが、寝具は通信販売と訪問販売で売り上げの6割以上を占めており、当社のような“布団屋さん”の店頭で売れるのは2割程度。ですから、店舗デザインに力を入れる会社は、あまりないかもしれません」
と、株式会社鳥居(https://www.nemurishop.jp/)の鳥居博昭社長は語る。
 にも関わらず、同社は2022年9月1日に、松阪屋高槻店(大阪府高槻市)の1階に新しい店舗「The sleep garden」をオープンさせた。3年前から続くコロナ禍で集客に苦しんだ百貨店からいくつかのテナントが撤退し、家電量販店、大型書店、100円ショップなどに入れ替わったことで、客層の若返りが期待された。1階には、有名ドラッグストアや海外ブランドのタオルショップが並ぶ予定だが、1区画(77.0㎡、23.3坪)だけスペースが空いているとの情報を得た鳥居氏は、新たな顧客開拓のチャンスにできると考えたのだ。

JR高槻市駅の乗降客数は1日約12万人。阪急高槻市駅も隣接しており、駅周辺は活気に溢れている。駅の南側に松阪屋が、北側には阪急百貨店があり、しのぎを削っている

「百貨店から50メートルほどのところに本社兼店舗の『眠りショップ わたや館』がありますから、チェーン店だったらカニバル(自社競合)になるので出店NGと言われるでしょうね。でも私は数学で考えたんです。隣接する商店街を訪れるお客様は年間2万人ほど。高槻市の人口が約35万人ですので、一巡するのに20年近くかかってしまいます。ならば、高級布団に興味を持っていなかった人たちにリーチできそうな改装後の百貨店で、どこまで出来るか試してみよう、と。20代じゃなく50代になった今だからこそ、中小企業のオーナーだからこそできる挑戦じゃないですか」
と鳥居氏。さっそく、30代女性をメインターゲットに据えて、『手に届く贅沢』を提案する新店舗を、一緒につくってくれるデザイナーを探し始めた。

何人ものデザイナーと「出会った」が
「選び出す」のは難しかった

 「眠りショップ わたや館」のルーツは、鳥居氏の祖父が1924年に京都で創業した「鳥居ふとん店」である。次女だった鳥居氏の母が夫婦で店を継ぎ、高度経済成長の波に乗ってピーク時には京都と大阪で6店舗を展開する繁盛ぶりだった。三代目である鳥居氏は、寝具業界に広いネットワークがあることはもちろん、クリエイターと経営者との交流に力を入れる大阪のコーディネート施設とも縁があった。
ところが、大勢のデザイナーと知り合い、彼らの作品を見せられても、「そこから一人を選び出すのは難しかった」とこぼす。デザインが感性によってつくられる、何か得体のしれないものという思い、成果物が見えない状態でクリエイターと契約するリスクが、経営者の気持ちを不安にさせていたようだ。

「ふと思い出したのが、大阪デザインセンター主催の『いのちと元気のために、デザイン(2021年)』(https://www.osakadc.jp/seminar-event/9370/)のことです。私はふとん屋を“健康産業”と捉えて、『ねむりサプリ』というブランドでオンラインショップに展開していたので、医療や健康・スポーツの分野におけるデザインの話を聞くことができて、とても勉強になりました。とくに、講師の方々がデザインをロジカルに解説してくだったのが印象的で、大企業のようにCDO(チーフ・デザイン・オフィサー)を傍らに置くことはできなくても、経営やマーケティングがわかるデザイナーさんに、プロジェクトを手伝ってもらえたらいいなぁと。それで、大阪デザインセンターにマッチングをお願いしたんです」

そして紹介を受けたうちの一人が、C.H(https://ch-blog.com/)の田中秀明氏だった。

田中秀明氏

「私は、自分の作風はこうだ!といえるような個性のあるアーティストではありません。独立して間もないので、大した実績もありません。『これが田中秀明だ』という色がないからこそ、クライアントさんのご要望をしっかり受け止めて、都度都度ミッションやターゲットとズレのないよう、素直に提案してきたつもりです。今回、ODCの釜田さんから社名を伏せた状態で概要をうかがったとき、これは今まで自分が積み重ねてきたものの集大成となる仕事だと感じ、絶対にさせていただきたいと思いました。スケジュールはかなり厳しかったんですが、それでも絶対に!」

最初の問診がちゃんとしていると
安心して薬が飲める。そんな感じ

鳥居氏もまた、田中氏が生活雑貨を扱う通販に長く在籍していたことや、GMSの店舗デザインに携わった経歴に注目していた。そして、2度目の面談時に、マーケティング要素を加味したていねいなアセスメントを受けて、やっと任せられるデザイナーに出会えたと確信した。これまで、経験のないことでも仮説を立ててチャレンジし、うまくいかなかったときでも、失敗の原因も含めて検証することで、次に生かすという繰り返しで、動きのない寝具・リネン業界で生き残ってきた会社にとって、投資となるデザインを提案してくれる人物だと感じだのだ。

「言語に張り付いているビジュアルの違いが気になるんです。たとえば、『祭り』と言ったとき、京都育ちの私は祇園祭りのビジュアルを頭に浮かべますが、大阪のデザイナーさんは、だんじりをイメージしているかもしれないじゃないですか? そこがズレたままだと、ターゲットもコンセプトも、正しく伝わらないと思います」(鳥居氏)

「経営者はお金を使うことに慎重ですから、無駄な経費は極力減らします。私はアートも好きですし、抽象が悪いとは思いません。でも、デザインはアートとは違います。好き嫌いで買うものではなく、ビジネスを成功に導くロジックがないと困ります。他のデザイナーさんからご提案いただいたデザインは、たしかに“百貨店っぽい”けれど、私の店じゃなくても同じようなものを勧めるように思えたし、この店なら儲かるというストーリーが見えませんでした。もちろん、田中さんのデザインだって結果がわかるのは先ですが、いろいろな商売に関わってきたうえでのご提案だったので、成果までの『梯子をかけてくれた』と感じたんです。病院で診てもらったとき、雑な問診のあとに風邪で発熱しているからアスピリンと言われても釈然としませんが、問診が丁寧だと、どんな薬でも安心して飲めるじゃないですか。そんな感じで、あとは託しました」

<<株式会社鳥居から提示したコンセプト>>


ターゲット:30代の可処分所得の高い女性。
望ましい変化:お部屋を楽しんでもらいたい。道具としてではなく、ファッションに近い感覚で寝具・リネンを選んでほしい。

競合との差別化:
そもそも、寝具のブランド名や店名が具体的に出てくる人は少ない。
30代や40代になったら、もっと選択肢があってもいいのでは?

自店との差別化:
本店の高級マットレスなどは、「不(不眠、不健康など)」を解消するものが多い。新店舗は、とくに健康に問題があるわけではないが、生活に「満足」もしていない人たちに、より高いレベルの「快」を知ってもらうための刺激を与える場にしたい。

<<アセスメントで整理したイメージ(一部)>>

古いもの新しいものが混在しててどこか懐かしい。
生花よりドライフラワー。
清潔感。
かわいい・きれい

ストールを手に取るように、リネンに触れてもらうために考案したオリジナル什器。枕カバーと布団カバーのセット商品を、ベッドのミニチュアのようなデザインで見せている。扉を開けると包装された商品がストックされており、在庫数が一目瞭然だ。

 見た目の印象については資料写真などを使いながらニュアンスまで共有し、30代女性が「私っぽいな」と思える部屋を再現した店舗になるよう、細かなデザインをつくりこんでいった。実店舗が近いことを活かし、布団のサンプルは売れ筋の無地だけに絞り、カバー類で色柄のバリエーションを見せることに。凝ったディスプレイではなく、買って帰ればすぐに自分の家で実践できそうなベッドメイクを心がけた。
 「手に届く贅沢」を表現するために田中氏が参考にしたのは、百貨店のストール売場。視認性が高いので遠くからでも売場に人を引き寄せる効果があり、折り畳んで包装されているリネンに比べて「触ってみたい」という気持ちが起こりやすい。
「上質を知らない人には、量販店の安い商品と何が違うのか想像が付きません。でも、上質に触れる機会さえあれば、そして一度経験してみれば、お財布に余裕があるときに試してみようかなと買い物リストに残してもらうことができますよね」(鳥居氏)。

開店したときがピークになるのではなく、実際に来店客を迎え入れて、商売をしながらより良くなっていくことが店舗デザインの醍醐味。
「私たちがプレゼン能力を磨いていけば、マネタイズできるんじゃないかと思っています。百貨店に入るのは固定費の負担が大きいですから、人件費を抑えても運用できるビジネスモデルにできるかがカギだと思っています。それが完成したら、他の百貨店にも出ていきたいですね。もちろん、田中さんとはこれからもお付き合いをお願いしたいです。釣りという共通の趣味がありますし、お人柄も仕事に対する姿勢も信頼しています」

鳥居社長から中小企業経営者の皆さんへ

つくればつくるだけ売れた高度成長期やバブル期と違い、いまの日本は飽和社会です。お腹いっぱいのときに何を出されても食べたいとは思いません。だから、美味しく見せるためのデザインが必要です。
「よし、デザインだ」と気づいたにも関わらず、とにかく誰でもいいから、社内でセンスのいい子に描いといてもらえ!みたいな感覚だとしたら、それが御社のビジネスが平凡で終わっている理由ではないかと疑ってみてほしいです。
この店がすぐにうまくいくとは思いませんが、仮説を立てたら検証したくなる性格ですし、それで変革が起こるなら、あえてアンチウイルスになってやろうと思っています。

担当者より 田中秀明さん のココが推せる!

二級建築士やインテリアコーディネーターの資格を持ち、インテリアデザインやディスプレイなどを手がけることが多いそうですが、名刺の肩書は「エフェクター」。必要に応じて、家具什器の開発や雑貨の手配、販促用のPOPづくりやカタログ撮影などまでカバーするフレキシブルな働き方は、まさに楽器の音色を自在に操って調和させるエフェクターのようです。
(マッチング担当・釜田)

#私の仕事


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