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農業と山の暮らしがもたらした、素直に生きる暮らし

森山さんご夫婦が営む“のんびり山”は、ブルーベリーの摘みとりができる観光農園です。加えて、山の中にあるカフェでもあり、ふたりが手がけるプロジェクトの名前でもあります。東京の街暮らしから一転、生産者の道を選んだふたりに会いに、長崎県と佐賀県の県境にある多良岳の麓を訪ねました。

【プロフィール】
森山もりやままことさん・夏美なつみさん|のんびり山
誠さんは長崎市出身、夏美さんは長野県出身。2012年に長崎へ移住し、2017年に新規就農。8種のブルーベリーとレモンを栽培し、ネット販売やイベントで出店販売する。ほかにジャムなどの加工品を作るほか、1棟貸しの宿泊施設も営む。佐賀県太良町在住。

山で働き、暮らす人たちに憧れて

 東京で出会ったふたりが十数年の長い都会暮らしに別れを告げ、長崎へ転居したのは2012年のこと。夏美さんの実家である長野県の山深い村を訪れた際に誠さんに芽生えた、山の人々や生産者への憧れがきっかけでした。「山で暮らす人の顔つきを見てとにかく、いいなあと思ったんです」。長崎市の繁華街で生まれ育ち、サービス業に従事してきた誠さんにとって、初めての気づきだったといいます。そして夏美さんを伴って一度は長崎市内に住んだのち、知人から今のブルーベリー畑を紹介してもらって借り受けることになりました。「おばあちゃんが趣味で25年ほど育てていたブルーベリー畑で、引き継ぎ手を探していました。近くに空き家もあってカフェ営業もできると思いました」。カフェがあれば来店客も一定数生まれ、夏の収入は安定するはず。管理職時代の経験をいかして経営計画を立て、観光農園のオープンを決意しました。

選んだのはローコストな有機農業

 誠さんが考えた理想の農業はなるべく農薬や肥料を使わない手法でした。東京時代にオーガニック製品への関心の高さを目の当たりにしていた点もありますが、一番はコストだったといいます。「海外の化成肥料は年々高騰していて、先々、石油価格も上がると予想していました。ローコストな農業が目標でした」と誠さん。幸運にもおばあちゃんのブルーベリー畑は自然のままに生かされてきたためか、土には力がありました。肥料は籾殻を入れる程度、農薬は使わずに虫は卵のときに手作業で駆除します。「難しいのは剪定です。独学で始めましたが1年目は失敗し、実がならなかった。そこから研修に参加したり、山梨の専門家の元で指導を受けるなどし、ようやく剪定技術に自信がもてるようになりました」。1年目、誠さんはがんばりすぎて体調を崩し、夏美さんが本格的に手伝い始めます。「手助けするしかなくて、渋々です」と夏美さん。「こっちはしめしめでした」と笑う誠さん。台風や長雨次第で収穫量が減るとわかったため、補うためにショウガの栽培を始めようと考えたのもこのころです。

剪定を間違ってしまうと木に悪い影響まであたえてしまいます

農業でさまざまな機会が広がった

 仕方なくだったという夏美さんですが、今では「暮らしのなかに農業がある感じ」というほど、山と農業から離れられなくなっているようです。「農業のイメージがまったく変わりました。生命に触れられるし、農業を通じてなんでもできるのだと気づきました」。その筆頭がカフェでのお客さんとのふれあいです。DJイベントの運営などもやってきた誠さんは空間デザインやプロデュースもお手のもので、コロナ禍以前は店内で写真展なども開いていました。農業が人の輪が生まれる場所をつくりだしてくれたのです。一方、夏美さんはデザインを独学で学び、SNSの発信やリーフレットの制作などを一手に引き受けています。「未知の世界だったけれど、やってみたらクリエイティブなことが好きだとわかりました。夫と対等に話したいから、農業経営塾に通ったり、農業女子の集まりに参加したりして学んでいます」。ふたりはほかの農家を積極的に訪れて学ばせてもらうことはもちろん、アンテナを張って農業以外のこともインプットするよう心がけています。思いもつかなかった新しい発想と出会いはのんびり山の活動に彩りをあたえます。

リーフレットやチラシなどフライヤーは夏美さんがiPadで制作
人気のマイヤーレモンジャム。ラベルには夏美さんの思いがこもっています

山暮らしや農業に憧れる人が増えてほしい

 山での農業もはや5年。時間に追われていた前職時代と比べると、忙しいのも苦ではないし、自分の人生を生きている実感があるという誠さん。作物を育てるのには苦労がつきものですがそれも楽しく、今までどんな仕事も違和感があったが農業だけは違うといいます。「僕らの暮らしを見て、山暮らしや自然がいいなと思ってもらえたらいいと思っています」。
 だからこそ、山で育んだメッセージがまっすぐに届くよう、言葉や写真一枚の発信でも、ふたりはていねいに話を重ねながら、大切に発信していこうとしています。夏美さんは「じっくりとファンを増やしていって、のんびり山というプロジェクトに共感してくれる人を見つけたいですね」と微笑みます。

農園での撮影会の様子。ブライダル写真の撮影場所にも使われました

 「農業はおもしろいし、植物の世界は深い。これからも学びながら自分たちの農業を確立させたいですね。海外にも出かけていって探っていきたいです」と誠さん。のんびり山という名は夏美さんが書いていたブログからとったもの。あえて一つのイメージに固定されないようなネーミングを意識したそうです。5年後にはミカンの観光農園もオープンします。さまざまな可能性が広がるのどかな山あいから、今後も目が離せません。

【編集後記】
今回お話を伺ったカフェは、ブルーベリー農園のすぐ近くにあります。道中は、「本当にこの道であっているのかな」と思うほどの細い道。しかし、通り抜けるとぽつんとカフェが現れ、内部はおふたりがこだわり抜いた素敵な空間が広がっていました。夏には、ブルーベリー農園に訪れたお客様に夏美さん手作りのドリンクやスムージーを提供しているそうです。ぜひ皆さんも機会があれば、自然の癒しを求めに、のんびり山さんを訪れてみてくださいね。

■のんびり山 HP

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