#1 23時39分 高松築港行き 最終電車
よく自分のことを自虐をこめて「田舎のシティーボーイ」って言っている。
出身が香川県高松市。四国の玄関口と呼ばれている街で生まれ育った。
海と山とうどん。あと支店経済都市なので官公庁や大企業の四国支社がある街。それが高松。
それ以上でもそれ以下でもなく、都会でも田舎でもない高松が好き。
大学は別の都市に行ったがよく実家には帰ってきて、そのたびに友人と遊んでいる。
高松市民が遊ぶ、飲む場所といえばことでん瓦町駅周辺。僕の実家の最寄り駅は一つお隣の片原町駅だ。
高松市民の方はご存知だと思うが、ことでんっていう乗り物は駅間が非常に短い。京阪神地区でいうところの阪神電車以上に短い。駅と駅が目と鼻の先。瓦町と片原町は2~3分で着く。
それなのに初乗り運賃はほんとに高い。190円。ちょっとしたぼったくりだと思っている。
だから基本的に瓦町周辺に行く際は歩いていくか、飲酒する予定の無い時は自転車で行って帰ってくる。
その日は、なんとなく電車に乗りたかった。
寒かったからとか、歩くのがだるかったからとか、理由はつけれるが、そんな大して理由もなかった。
友人と飲んでカラオケ行って23時20分。そろそろお開きとなり、一人はタクシーを捕まえ、もう一人は同じ瓦町で違う路線に乗る予定だった。
普通だったらその友人を送り、家まで歩く。たかだか1.5キロ、それに電車に乗ったら190円も取られる。歩いたほうが得なのは目に見えている。
でもなぜか瓦町駅の改札をくぐって、1番ホームに降りて行っていた。
駅の電光掲示板を見ると、「23時39分 高松築港行き 最終電車」との表示。時計の針は23時37分を指している。
何を思ったのか、iPhoneの中に入っているモバイルSuicaを改札にタッチして改札をくぐり最終電車に滑り込んだ。
電車には10人程度しか乗っていない。
目の前には花束を持ったまま寝ている男性。何かあったのか、これから何をするのか。そんなこと知らない。
電車は東京の京浜急行で走っていた中古車。音も揺れも大きい。
「うるさいなあ」って思いながらもおんぼろ電車は北へ、海へと向かっていた。
たかだか2分、なのになんかしんみりしちゃう。おセンチになっちゃう。
電車通学をしたこともなければ日常的に電車を使うような人間でないのに、なんでだろう。
23時41分。片原町駅。たかだか2キロ。190円。
自動販売機のジュースよりも高い値段をSuicaで落とし、改札をでる。
190円と引き換えにちょっとした”エモい”気持ちをもらった気がした。
駅のそばの商店街はもう電気を消していた。
さて、歩いて帰ろうか。昔あった思い出と、昔好きだった曲を聴ながら。
君の毎日に 僕は似合わないかな
白い空から雪が落ちた
別にいいさと吐き出したため息が
少し残って 寂しそうに消えた
君の街にも 降っているかな
ああ今隣で
back number ー ヒロイン
その夜は、少しだけ寒かった。
そんな、何にもない冬の夜。時刻は12時を回ろうとしている。