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イギリスは「gentlemanの国」なのか 【ジョージ・オーウェル著『England Your England』】

The gentleness of the English civilization is perhaps its most marked characteristic.

【訳】
穏やかさということは、事によると英国文明の一番際立った特徴かもしれない。

George Orwell著『England Your England』1941

イギリスは「gentlemanの国」と言われています。
ジョージ・オーウェルも『The English People』というエッセイの中で、

イギリス人は、法を尊重し、暴力や革命を嫌う。
言論の自由を尊重し、他人の言い分をよく聞くため、争いになりにくい。

と言っています。
果たして、それは事実でしょうか。

オーウェルは、イギリスを「gentlenessの国である」とする一方で、「偽善性の国である」ともしています。
更にイギリス人は、「外国人嫌い」であることも付け加えています。

大英帝国がアジアの国々を植民地支配するにあたって、インドを始めとするアジアの人々をどれだけ虐げていたのかを、オーウェルは、インドの警察官として、実際に目の当たりにしています。
そもそも、アジアやアフリカにいる現地住民の人権をことごとく無視することなくして、帝国主義による植民地支配などは実現できなかったでしょう。
ここにヨーロッパ人特有の「白人至上主義」が根底にあることがわかります。
先ほど紹介した「イギリス人の特徴」も、白人が相手の場合に限られることなので、白人以外の人々は注意する必要があります。

It is a land where the bus conductors are good-tempered and the policemen carry no revolvers.
In no country inhabited by white men is it easier to shove people off the pavement.
And with this goes something that is always written off by European observers as ‘decadence’ or hypocrisy, the English hatred of war and militarism.

【訳】
ここは、バスの車掌も愛想が良く、警官も拳銃を持たない国である。
白人の住む国で、人を歩道から押しおとすことが、ここくらい簡単に出来る国はない。
ヨーロッパ各国のオブザーバーたちから、決まって「堕落」または「偽善」という言葉で片付けられてしまうのは、「英国人が『戦争』や『軍国主義』を憎む気持ちを持っている」という点である。

George Orwell著『England Your England』1941

帝国主義時代の真っ只中にいながら、「イギリス人が戦争や軍国主義を憎む」というのは、偽善以外の何物でもありません。
このヨーロッパ人が共通してもっているイギリスに対する認識を、日本人はどれくらい理解しているのでしょうか。
ガーデニング王国の美しい庭園に憧れる人、
イギリスの湖水地方に伝わる童話や詩を好む人、
イギリスの紅茶文化が嗜む人、
古いお城を始めとする歴史ある建造物の雰囲気が好きな人、
などは、この偽善性について極めて無関心なように感じます。
そのような表面的な美しさばかりに目を奪われているようでは、真に教養ある人の態度とは言えません。

困ったことに、このイギリスに憧れる傾向は、政治家にも見られます。
国家を代表して相手と交渉することが求められる政治家であれば、イギリス人の偽善性を警戒し、だまされないように細心の注意を払うべきところでも、無邪気に彼らの言うことを鵜呑みにしてしまう人が後を絶ちません。

日本人の西洋人コンプレックスは、明治以来ずっと続くものです。
髪色を変え、カラーコンタクトを入れるようなファッションが流行るのも、西洋人への憧れがそうさせているのかもしれません。
よくいる観光客のように、西洋の風景をただただ美しいものとして眺めているだけでは、真に教養ある人の態度とは言えません。
そこには、深い内面性と思想性が必要となるのです。
どんな人でも綺麗事で外見を飾り、都合の悪い現実は隠すものだという「懐疑主義」は、成熟した教養人のあり方として当然なものです。
物事を常に批判的にcritical見ながら判断していくというのが、大人の常識的な思考方法です。
このような批判精神を育めないようであれば、人生の学びとしての英語学習に成功したとは言えません。
特に日本人は交渉ごとに弱く、安易に相手を信用しがちな傾向があるため、大人としての健全な批判精神は、日本人にこそ必要なものでしょう。
英語を学習することは、「健全な批判精神」と「科学的な合理主義」を学ぶ絶好の機会です。
なぜなら、英語の文献には、それらを学ぶに相応しい世界が展開されているからです。
これら大人としての正しい姿勢を身につけることなくして、個人としてまともに相手をしてもらえる「自主性のある信頼に値する人物」と評価されることはありません。
彼らから一目を置かれる人物となるためには、このような成熟した精神性が必要なのです。
ネイティブばりに発音ばかりが美しくても、幼稚で薄っぺらい内容の発言ばかりをしていては、彼らの「アジア人差別」と「白人至上主義」を助長するだけに終わってしまうでしょう。

イギリスの労働者階級は、上流階級よりも、外国人嫌いやナショナリズムの度合いが強いと言われています。
いくら英国は「gentlenessの国」であり、「戦争や暴力が嫌いな国だ」と言ったとしても、それは知識人階級を前提とした一面的な分析に過ぎません。
アヘン戦争の時、インド貿易の利益を独占するために、中国人にお金の代わりにアヘンを押しつけたのは紛れもなくイギリス人です。
昔のことだから水に流すという安易な日本人的発想を、イギリスにも当てはめて考えるのは間違いです。
何故なら、イギリスは「経験主義」「歴史事実重視」の国だからです。
戦後日本が連合国に対してやっていたように、過去の罪をあっさりと許してはいけないのです。
油断していたら、アヘン戦争と同じようなことを形を変えて、またアジアやアフリカでやるかもしれません。

少なくとも幕末の志士たちは、この「イギリスの本質」が良く分かっていました。
高杉晋作などは、アヘン戦争後の上海を訪れた時、現地で目の当たりにしたヨーロッパ人の暴虐ぶりに衝撃を受けたことから、倒幕を決意したと言われています。
奇兵隊を作ったのも、ヨーロッパ人の軍隊に負けない強い軍事力を備えなければならないと考えたからでしよう。
西欧列強の横暴ぶりを正確に把握していた幕末の志士たちが中心となって築き上げられたのが明治政府です。彼らがとった富国強兵政策のおかげで、日本は国家の独立性を維持することができました。
アジアの国々の中で、ヨーロッパの帝国主義による植民地化の悲劇に遭わなかったのは、日本とタイだけです。
ただし、タイの場合は、イギリスとフランスが睨み合いをしていたため、たまたま緩衝地帯となっていたことから、ヨーロッパの軍事侵略を免れたにすぎません。
自国の軍事力によって侵略を免れることに成功したのは、アジアの中で、日本だけであるという歴史的事実をもっと誇りに思うべきなのかもしれません。

英文を読む時に気を付けるべきことは、西洋の文化や文明の「陶酔者」「信奉者」になってはならないということです。
イギリスの美しく豪華な部分ばかりにとらわれて、自分にとって都合の悪い事実から目を背けるようでは、英語を学ぶ意味がありません。
特にイギリス人がもつ「偽善性」は要注意です。
このような認識があるだけでも、西欧諸国と交渉する場面などで判断を間違うことはないでしょう。
西欧諸国と対等に付き合っていくためには、善悪正邪を厳格に区別して、良いものだけを取り入れ、悪いものは排除していくといった主体性を持った対応が求められてくるのです。

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