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大西書評堂#4「造花のバラ」と「青い花束」

ガルシア=マルケス「造花のバラ」(桑名一博訳)

・あらすじ
 初金曜日で、ミサに行く日だった。
 夜明け前、ミナは袖のない服を着て、取り外しのできる袖を探していた。見つからなかったので盲のおばあさんに尋ねると、昨日洗って、いまは風呂場にあるとのことだった。
 ミナは「私のものに手をつけないで」とおばあさんに文句を言った。おばあさんはミサへ急ぐようにミナへ言った。が、ミナは袖が乾いていないためにミサへ行くのをやめた。泣きながら「おばあちゃんがいけないのよ」と言い、言葉で八つ当たりをした。そこへ心配したかのようにミナのお母さんがやってきた。ミナはひとり部屋に戻っていき、おばあさんはまるで何もなかったかのようにふるまって、「私ももう気が触れたのかねえ」とだけ言った。
 ミナは暗い部屋で、鍵を使って引出しをあけた。小さな木箱に隠してあった一束の手紙を持ち出し、便所の深い穴へ投げ捨てた。部屋ではお母さんがミサに行かなかったことについて心配していた。
 日が昇ると、ミナはかご、箱、鋏やびんを並べて造花のバラのための仕事場を整えた。トリニダッドは箱を持ってそこにやってきて、なぜミサに行かなかったのか彼女に尋ねた。「袖がなかったの」とミナは答えた。
 二人はバラを作った。途中でトリニダッドは箱にはねずみの死骸が入っていると話した。ミナは茎の部分を作っていた。あるとき虚ろな顔をトリニダッドに向け、「行っちゃったのよ」と話した。そのことでトリニダッドはミナのことを心配しているようだった。今はどうか、と尋ねると、ミナはなんともない、と答えた。
 ミナはねずみの死骸を捨てるため便所へ向かっていた。途中に盲のおばあさんがいた。ミナはいたずらっぽく箱の中身をおばあさんに尋ねてみた。箱の中で動く音を聞いていたが、おばあさんにはわからなかった。ミナはわなにかかったねずみだと話した。
 おばあさんは「よそ者とは付き合わないことだよ」と言った。ミナは黙って見つめていた。「いらいらしているね」とおばあさんは言った。ミナは「おばあちゃんのせいでね」と言った。
 引出しにしまっているものを見せてくれないかね、とおばあさんはミナに言った。ミナは鍵を盲のおばあさんの手に握らせて、「自分の目で見てくるといいわ」と言った。するとおばあさんは「この目では便所の底は見えないよ」と言った。おばあさんはすべてのことを見抜いているようだった。おばあさんは毎晩ベッドでミナが手紙を書いていることも知っているようだった。ミナは動揺しないように努めた。「それがどうしたの?」と訊くと、おばあさんは「なにも」と答えた。「ただおまえが金曜日のミサを受けられなかっただけだよ」と言った。そこへミナの母親がやってきて「どうしたの?」と尋ねた。それでもおばあさんは何でもないようにふるまい、「気が触れたんだよ、私は」と言った。

・感想
「造花のバラ」はガルシア=マルケスの短編集『ママ=グランデの葬式』に収められた一編。ガルシア=マルケスというとマジックリアリズム、マジックリアリズムというとガルシア=マルケスだが、たしかにこの作品にもマジックリアリズムの要素はうかがえる。おばあさんの観点から物語をひも解いてみるのもひとつの楽しみだろう。
 十一月は大きく体調をくずしていて、あまり本を読めなかった。が、この短編集を読んだことは収穫だった。なかなかナイスな短編集だったのだ。
 
・図書館
『ママ=グランデの葬式』(1982年国書刊行会)を借りたところ、中から2005年付けの、古めかしい貸出ししおりが出てきた。
 2005年というと、僕としてはだいぶ最近だという印象がある。が、古めかしい貸出ししおりを見分してみると、15年とはなかなかのものらしい。しおりはくすんでいたし、擦り切れてもいた。


オクタビオ・パス「青い花束」(野谷文昭訳)

・あらすじ
 僕が起きだすとびっしょり汗をかいていた。暗い部屋を気を付けて横切り、階段を飛ぶように下りていった。宿の入り口には片目の主人がいて、「どこへ行くのか」と問う。散歩だ、と返すと、「部屋にいるほうがましだと思うが」と話す。僕は肩をすくめて外に出る。
 外は真っ暗ではじめは何も見えなかった。しかし、月明かりが差し、目が慣れてくると多くの輝きがそこには見えた。幻想的な空間だった。吸っていた煙草を放り投げると、それは光の曲線を描いた。
 サンダルの響きのない音がして、僕は走ろうとする。が、つと立ち止まって、背中にはナイフが突きつけられている。「動いたら刺すから」と後ろからやさしい声が聞こえる。
 目的を尋ねると「あんたの目だよ」と言う。続けて、「恋人が青い目の花束を欲しがっているんだ」と話す。穏やかな、恥ずかしがっているような声で。僕の目は青じゃなくて黄色だよ、と話す。男は嘘をつくんじゃない、と言う。
 男はマッチの火で顔を照らすように命令する。僕はそうする。がまんしていたが、指先がこげだしてマッチを落とす。
「青い目じゃないでしょ」と僕は言う。
「もう一度やって」と男は言う。
 僕がもう一度マッチで照らす。男は僕をひざまずかせ、髪をしばりあげる。ナイフが僕のまぶたにふれる。僕はおじけづいて目を閉じる。「しっかり目をひらいて」と言う。

「青じゃなかったんだ。すまなかったね」
 そして男は消えた。僕は走って宿に帰り、次の日村から逃げ出した。

・感想
 とくに意図したわけではないが、どちらも「掌編小説」かつ「ラテン文学」かつ「花にまつわる話」となってしまった。ラテン花スペシャルというわけだ。
「造花のバラ」もなのだけど、とくに「青い花束」はあらすじ以外に要素のない、じつに短い作品である。ただ、こうしてあらすじを読むのと、実際の作品に触れるのでは大きな差があるので、「おっ」となった方はぜひ手に取ってみてほしい。岩波から出ている『20世紀ラテンアメリカ短篇選』に入っている。

・静物
 僕はわりと「静物」な作品を好む。つまりミニマリズムとか――アーネスト・ヘミングウェイとか。うん。シンプルなもの(そしてリアリズム)が好きだ。
 最近はヘミングウェイの「汽車の旅」なんかを読んでじつに感に入った。なんというのだろう? 静寂があって、けして刺激的ではないのだが、にじむように表面化する凶暴性や、淡々と浮かぶ切なさが、なんとも僕をたまらなくしてしまうのだ。
 そういうわけで音楽も静かなのが好きだ。ジャズとか、クラシックとか。最近はPet Shop Boysの「West end Girls」をよく聴いている。「西のはずれの町の女の子」と繰り返す内容なのだが、染み入るものがある。よければ聴いてみてほしい。

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