小説を超えた実話【国民的辞書に潜むミステリー】
「あの鳥って、なぁに?」
昼下がりの公園。
3歳くらいの子どもが、池の中を指して問いかけました。
「あれはね、鴨っていう名前だよ」
「へぇ、かわいい鳥さんだね」
「ちなみに、鴨の肉はうまいよ」
「・・・・・・」
鴨を説明する際、『肉はうまい』と言う人はなかなかいません。
しかし、そう説明する辞書があります。
『新明解国語辞典』(以下、『新明解』)です。
そんな『新明解』に、実に不可解な用例(=言葉の実例)があります。
『その事実』とは、何なのか?
なぜ、『一月九日』という具体的な日付が書かれているのか?
そもそも、辞書の用例としては不自然です。
ためしに、他の辞書における『時点』の用例と比較してみましょう。
これらと比較すると、やはり『新明解』は異端です。
ただ、『新明解』は小説ではありません。
『その事実』がどういったものなのか、明かれさることはありません。
しかし『その事実』を解き明かした本があります。
それが、『辞書になった男 ケンボー先生と山田先生』(以下、『辞書になった男』)です。
1.ミステリー小説とは
辞書になった男は、ノンフィクションです。
したがって、厳密には『ミステリー小説』では、ないでしょう。
ただ、ミステリー小説の魅力って何でしょうか?
様々な意見があると思われます。
私にとってミステリー小説の魅力は”謎”です。
たとえば、『ある男』というミステリーは、
という”謎”を突き付けてきます。
読者は、”夫ではないある男の正体”が気になって、ページをめくり続けてしまうでしょう。
”謎”がページをめくる推進力となるのです。
”謎”は、ミステリー小説に必要不可欠な要素であり、謎解きを読む楽しさこそミステリー小説の醍醐味と言っていいと考えています。
2.『辞書になった男』の謎とは
話を『辞書になった男』に戻しますね。
この本が提示する『謎』は、
です。
もし、あなたが『辞書になった男』を手に取ったら、冒頭で山田忠雄先生という人物を知るでしょう。
山田先生は『新明解』(三省堂)の編纂者です。
『辞書になった男』は、謎を突き付けてきます。
『このような語釈』とは、
といった、個性的な語釈のことです。
『新明解』のユニークな語釈を面白おかしく説明する書籍やウェブサイトはありましたが、個性的な語釈が書かれた理由を追究する視点はありませんでした。
(『新明解』の面白おかしい記述については、私も書きました)
さらに、見坊豪紀先生も出てきます。
見坊先生は、『三省堂国語辞典』(三省堂)の編纂者です。
『新明解』も『三省堂国語辞典』(以下、『三国』)も、同じ”三省堂”から出版されています。
一つの会社から同サイズの辞書が二冊(二種類)も出版されているというのは、他の出版社ではありません。極めて異例なことなのです。
ここで、またしても謎が生まれます。
ちなみに、『新明解』は累計2200万部を突破した日本で一番売れている国語辞典"です。
一方の『三国』も累計1000万部を誇り、他の辞書編纂者から尊ばれる存在です。
『新明解』も『三国』も国民的辞書なのです。
これら二冊を世に送り出した山田先生と見坊先生は、
と評されています。
が、ここでもあなたは、謎を突き付けられます。
二人は東京帝国大学(現在の東京大学)で共に学び、20代で三省堂の『明解国語辞典』を作りました。
二人は良き友で、見坊先生は、
と語っています。
そんな二人が作った『明解国語辞典』は初版と改訂版を合わせ600万部を超える驚異的な売り上げを記録します。
しかし、
とあります。
ここでも謎があなたに迫ります。
『辞書になった男』を読むと、数々の謎があなたを猛襲するのです。
筆者の佐々木健一氏は、出版社へのインタビューや書籍の記述からこれらの”謎”をゆっくりと、しかし着実に解明し、”真実”を掘り起こしていきます。
その展開は、ミステリー小説顔負けの内容と言えるでしょう。
3.謎解きの展開
『辞書になった男』は、関係者へのインタビューや関連書籍の記述から紐解いていきます。(山田先生も見坊先生も、故人なので直接話を聞くことはできません)
特に興味深い点は、”辞書の記述”から謎を解こうとしている点。
『辞書になった男』は、山田先生や見坊先生が作った辞書の、意味ありげな記述をいくつも列挙します。
『うえ』の用例は、意味がわからないことはないのですが、どこか不自然です。
『まね』と『いもじしょ』においては、どこか批判的な印象を受けます。
単独で見ると、これらの記述に意味は見い出せません。
しかし、関係者(三省堂の元社員など)にインタビューをする過程で、これらの記述に隠された意図が少しずつ浮かび上がってきます。
他にも、以下2点の用例をお読みください。
直接的には書いてありませんが、見坊先生と山田先生の二人に何かあったのではないかと推察することができるでしょう。
そして、『辞書になった男』の筆者・佐々木健一氏は、資料を読んでいく過程で、
ことを知ります。
そして、前述した奇妙な”辞書の記述”が有機的に結びつき、その意図が判明します。
真相は、ぜひご自身の目でお確かめください。
4.全体の構成
『辞書になった男 ケンボー先生と山田先生』という書名にあるとおり、この本は見坊先生と山田先生の半生が書いてあります。
その構成や記述が実に美しい。
見事な対比表現になっているのです。
と書かれており、話は二人を対比しながら進みます。
二人の違いを対比的に表す言葉を『辞書になった男』から抜き出して表にしました。
また、各章のタイトルも、対比表現で書かれています。
目次をご覧ください。
<終幕>の部分だけ、あえて隠しました。
「最後は、そうくるか・・・・・・」と思える表現です。
5.国語学界の重鎮
国語学界の重鎮が出てくることも、この本の魅力です。
(1)金田一京助
金田一京助先生は、のちに『戦後最大の辞書編纂者』と言われる見坊先生の才能を学生のうちから見出し、三省堂に紹介します。
他にも「辞書の金田一」と呼ばれる存在であり、辞書を編纂する場面でも名前が出てきます。(ただし、『辞書の金田一』という文言に隠された真実も『辞書になった男』によって暴かれます)
(2)金田一春彦
金田一春彦先生は、見坊先生や山田先生と同じ東大文学部国文科の出身です。
『辞書になった男』では、3人で辞書を編纂した様子が書かれています。
(3)橋本進吉
見坊先生は、東大において橋本先生から三年間国語学を学びました。
とあります。
また、橋本先生は予習、下調べに厳しい方であり、
とも書かれています。
(注:「ひゃくよんじゅうご」という振り仮名は、私が記しました)
見坊先生と山田先生は、とある理由によって、辞書の普及に見合った知名度を得ていません。
が、二人には日本を代表する国語学界の大御所が関わっていることも実に興味深いです。
6.どんでん返し
共に一冊の辞書を作り上げた見坊先生と山田先生。
『その事実』が『判明』したとき、二人の仲は決裂しました。
実に哀切な人間ドラマです。
それでも、私は二人の辞書に対する尋常ならざる熱情を感じます。
国語教師として国語に関わる者として、畏敬の念を抱きました。
しかし、一通の手紙から始まる<終幕>を読んだとき、
と、見坊先生と山田先生の、
が明らかになり、驚かされます。
さらに、”組織が離反を目論むきっかけ”を作った人物の意外な正体も・・・・・・。
<終幕>の怒涛の展開は、大賞をとるミステリー小説に劣らない内容です。
事実は小説より奇なり。
小説を超えた実話のミステリー、手に取ってみませんか?