【#78】学生服に、慣れた頃
1999年(平成11年)6月7日【月】
半蔵 中学校1年生 13歳
「ハワユー?」
「「「アイム ファイン センキュー!!アンジュ―?」」」
「アイム ファイン!よーし、みんな元気だな。英語の授業、始めるぞー!」
中学校から始まった英語は、僕の苦手科目になりつつあった。
だから、他の授業と違って、ノートに『青眼の白龍』などを描いている余裕はない。
「今日は、数の復習からだ。リピート アフター ミ―。ワン!」
「「「ワン!」」」
先生の後に続き、必死に発音する。
「トュー!」
「「「トュー!」」」
ツーじゃなくて、トューなんだよな。
そんなことを考えていると、アッという間に授業が進んでしまう。
「シックス!」
「「「シックス!」」」
なぜか6の時だけ、一部の男子はニヤニヤしながら大声を出すのだろう?
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「じゃ、曜日はすべて英語で書けるようにな。テストに出すから。今日はここまで」
学級委員の号令によって挨拶を終えると、僕はすぐさま黒板に向かった。
「まったく、中学校の黒板は無駄に大きいぜ・・・・・・」
今日は日直である。
黒板をきれいにする仕事を忘れると、『やり直し』になってしまう。
といった単語を消していると、
「どけ」
と横から声がした。
もう一人の日直の、リリーが青い瞳で睨んでいる。
「貴様は、どけ。私がやる」
その右手には雑巾が握られていた。
長身金髪の彼女には似合わない、汚れた雑巾である。
「あのな、黒板は水拭きしたらダメなんだぞ。白っぽくなっちゃうから。小学校で言われなかったか?」
「日本の小学校には通っていない。前も言っただろうが」
なぜ、こんなにえらそうなのか・・・・・・。
オリジナルコンボを叩きこんでやりたくなる。
「貴様は、先生から、私が適切に行動できるようサポートせよ、と命令されているだろう?もっと優しく教えろ」
「だから、教えてるだろ!雑巾はダメだって!それと、先生は上官じゃない!」
僕はリリーに黒板クリーナーを渡し、こうやってみろ、といって手本を示す。
彼女は不服そうに口を閉じながらも、上から下へと手を動かしている。
「ほんと、常識ないよな・・・・・・」
「黙れ。アメリカでは訓練ばかりしていた」
どういう事情か知らないが、リリーは普通の学校に通っていなかったらしい。
噂では、父は軍人なのだという。
そのせいか、リリーも軍人らしい話し方をする。
「日本語は上手いのに、な」
「日本語だけではない。英語はもちろん、ドイツ語、ペルシャ語、ポルトガル語も話せる」
特殊な学校で学んだのだろうか。
女子が5,6人黒板の近くで話し合っている。
今日からテスト期間で、部活がない。
だから、遊びに行く人もいるようだ。
(正直、ありがてぇ)
バスケは楽しいが、先輩たちのレベルが高すぎてついていくのがキツイ。
足の母指球も皮がむけてしまったので、ちょっと休む期間が欲しかったのだ。
「なぁ、リリー」
リリーは、きれいになったはずの黒板を、さらに美しくするため右へ左へ動いている。
そう、この子は決して悪い人ではないのだ。
それなら・・・・・・
「今日の放課後、時間あるか?」
青い瞳が、不思議そうに僕を見つめた。
(つづく)
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