いちばん多かったのがコレ
家が遠かった。
学校から歩いて1時間かかる。
だから、家に帰りつくころには昼食のことしか考えられないほど腹が減っていた。
母が帰る時刻を逆算して食事を準備してくれていたのが救いだった。
「ただいまー!」
「おかえり。もうすぐお昼できるよ」
この日の昼食は、ラーメンだった。
カップラーメンではなく、袋麺。
サッポロラーメンやチキンラーメンが主力だったが、この日は違った。
出前一丁だ。
言うまでもないが、出前一丁は醤油味だ。
九州から引っ越してきたクラスメイトによると、ゴマとんこつ味もあるらしい。
しかし、近くのスーパーには醤油味しかない。
そのいさぎよさが気に入っている。
「うちは醤油一本で行きますよ」という作り手の意気込みを感じる。
野球なら「俺はストレート一本で勝負するぜ!」といった具合だろう。
出前一丁には、ラー油がついている。
食欲誘うこのラー油を、ラーメンに入れようとした人はえらい。校長先生より立派だ。
僕はラー油の使い方なんて、餃子のタレ以外思いつかない。
ただ、袋麺はカップラーメンに比べて不便だ。
鍋に入れて調理する必要があるし、ドンブリを使うので洗い物も増える。
しかし、それを補って有り余るメリットは、カスタムできるところだ。
この日は、料理長(カーチャン)によってネギのみじん切り、もやし、ロースハム(2枚)が追加されていた。
ラーメンの入ったドンブリを見ると、ネギは散らばり、もやしは山を形成し、ロースハムは2枚がほぼ重なっている。
ラーメンだけでは足りないので、白いご飯も準備してあった。
「いただきます!」
観察をほどほどにして、食べ始める
もやしは、このままではあまり味がしないので、一度スープの中に沈める。
ついでにハムも沈めてやる。
すると、ピンク色だったハムは熱が加わったことによりほんの少し白くなる。
僕はこの瞬間がなぜか好きだった。
もやしと麺を絡ませ、ズルルルルっと一気にすする。
すすりながら鼻で呼吸すると、醤油のキリッとした香りが鼻孔を通過していく。
口と鼻で醤油を味わうのが僕の流儀だ。
次はロースハム。
重なっている状態から一枚だけつまみ、かじる。
かじったハムなんてどこに戻してもいいのだが、律儀に同じ場所に設置する。
かじられて三日月のようになったハムを眺めながら、白いご飯を口に入れる。
ハムもご飯も口に残したまま、ドンブリを両手で持ち上げ、スープを口に含む。
ハムの塩気、スープの醤油味が口中で白いご飯と結びつき、とても幸せな状況になる。
半分ほど食べたところで氷の入った水を飲む。
これがうまかった。
醤油味のラーメンを食べているときのしょっぱさ、油を洗い流してくれる。
真夏の炎天下に吹き抜ける一陣の涼風のようだ。
お茶ではダメ、ぬるい水でもダメ、氷の入った水だからこそ清涼感があるのだ。
ところで、普段の食事場所は台所であり、そこにはテレビがなかった。
土曜日の昼だけ、居間でテレビを見ながら食事をすることが許されていた。
番組はいつも吉本新喜劇と決まっていた。
しかしその内容は、まったく思い出せない。
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