学校があった土曜日、あの頃の昼食はスゲーうまかった。
僕が子どもの頃は、土曜日も学校があった。
午前中だけ授業をして、全校一斉に下校するのだ。
昼まではちゃんと勉強したという達成感と、これから自由に遊べるという解放感があふれていた。
そんな状態で食べる昼ご飯は・・・・・・ たまならくおいしかった。
これは、小学5年生の頃の思い出話だ。
「じゃ、昼メシ食べたら来いよ!」
「うん、わかった!」
家がいちばん近い友人に別れを告げ、僕は家に向かってダッシュする。
あいつは、けっこう早食いだからな。
のんびりしていると、すぐ家に来ちゃうぞ。
「ただいま!」
この日の昼食は予想できていた。
昨夜のアレだ。
「お腹すいた!」
「もう準備できてるわよ」
母さんは、いつも帰宅時間を逆算して昼食の用意をしてくれている。
母さんの功績(←今日、学校で習った言葉だ)を、たたえたい。
カレーはすでに温め直されている。
においで感知できるのだ。
再度温めたからこそ、玄関にまで香りが漂っていた。
カレーはおいしい。
だが、一晩寝かせることで潜在能力は跳ね上がる。
たぶん、寝かせている間に肉や野菜の旨味成分が溶け出すのだろう。
金曜の夜にカレーが出ると、決まって土曜の昼もカレーだった。
カレーのかけ方には、流派がある。
カレーをご飯に半分だけかける派や、完全に分ける流派などだ。
僕の家は、全がけ派だった。
丸いお皿に、白いご飯を敷きつめる。
その上にカレーを気が済むまでかける。
かといって、白いご飯をすべて隠してはいけない。
カレーからわずかにはみ出す、純白のご飯が美しいからだ。
台所から、テレビのある居間にカレーとお茶を運ぶ。
道中で、スンスンとカレーから漂う湯気を吸ってしまう。
焼きそばとはまったく違う”スパイシーな香り”を楽しむ。
「いただきますっ」
左手で皿をしっかりと持ち、右手でスプーンを構える。
ここで、なんとなくスプーンを突っ込んではいけない。
将棋のプロ棋士が一手目を打つがごとく、全体を眺める。
すると、
などと判別できる。
ためらうことなく肉地帯にスプーンを突っ込む。
我が家のカレーの肉は、豚バラ・ブロックである。
角煮ほどの大きさの肉を圧力鍋で煮込み、柔かくする。
しかも、その数は多い。
一皿に8~9片は入っていた。
だから、まずはその肉を惜しげもなく狙う。
スプーンを持ち上げると、上質な肉が確保できた。
僕にとって上質な肉とは、脂身が多い肉のことだ。
キッチリと層を形成しているものが望ましい。
口に入れると、まず訪れるのはカレーのスパイシーな辛味。
そして噛むごとに塊肉が崩壊していき、脂の旨味とご飯の甘味が結びつき、舌は大喜びだ。
1皿目は2分で食べた。
おかわりのためのご飯は、ウチでは”おひつ”に入れていた。
おひつに入れられたご飯は少し冷めている。
これによりカレーも白ご飯も熱くて食べられない、ということはない。
猛然と食べ進めることができる。
それに、少し冷えたご飯を熱いカレーで温めながら食べるという作業が、どういうわけか楽しかった。
この日は合計で3皿食べた。
2皿目以降は「よしもと新喜劇」を見ながら食べたので、昼食が長引いてしまった。
「こんにちは~!!」
皿を片づけようとした時に、遊ぶ約束をしていた友人が家に来た。
「なんか、おいしそうな匂いがするね」
「カレーよぉ。食べる?」
母の勧めに、友人は首を縦に振る。
小さめの皿に盛られたカレーを一口食べ、友人の目が大きく開く。
「おいしい!」
「そうやろ、そうやろ」
お母さんのカレーがほめられると、僕もうれしい。
このカレー、実は隠し味としてた焼肉のタレが入っている。
たかが焼き肉のタレだと思うかもしれない。
でも、多くのコウシンリョウが入っていて、隠し味にはぴったりなのだ(お母さんの受け売りだけど)
うちのオリジナルカレーを食べ、友人は母に言った。
「アタシにもこのカレーの作り方教えてください!」
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