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【短編】 「なにか」を求めて

まだ蝉も鳴き始めない夏の日の朝。

私が生まれついたこの街は、「午後」に切り替わらないうちからうだるような暑さに占拠されるような所なのに、爽やかだった。

「爽やか」は、すごい。

停滞していたエネルギーがブワワワッ!と音を立てて流れ出すかのように、気づけば普段取らない行動にすんなりと身を委ねていた。

ただただ、歩く。「なにか」を求めて。



一体どれほど歩き続けたのだろう。

蒼く、時折緑をも覗かせる水のかたまりが、
ちいさな視界いっぱいに広がっていた。

ここは、漁港と呼ばれる類の所なのだろう。
潮とオイルが混じった匂いが教えてくれた。

太陽光が水面に反射して、キラキラと揺れながら輝いている。

──美しい。

ただただ、美しいと想った。

そして同時に、求めていた「なにか」の末端に優しく触れた気がして、掴んだ手応えを逃がさないようにしっかりと握りしめた。



ちゃぱ、ちゃぱ、ざぁぁぁぁぁん……

光のつぶが揺らめくリズムに同期するように、とめどなく涙が頬をつたう。

私がずっと求めていたもの。
それは、他でもない「こころ」だったのだ。

「生きている」感覚──喜びだけでなく、悲しみや悔しさすらも長らく感じられなかったからこそ、手にすることが正直怖かった。

それでも、確かに私は求めていた。
ずっと求めていた「なにか」を、この瞬間ようやく取り戻せたのだ。



「こころ」を、そおっと抱きしめる。

それはあの日見た寛大な海のようにいつまでも暖かく、胸の中心部でひそやかにきらめきを放っている。

──たとえ100回季節が巡ったとしても、爽やかな夏が来るたびにあの出来事を思い出して私は泣いてしまうのだろう。

やわらかい光につつまれながら、そんなことばかりをひとり静かに考え続けた。

~fin~




▽Inspired by……

『WALK』は聴く度にしあわせな気持ちになる、だいすきな楽曲のひとつ。

「柔らかい朝の光を受けた海みたいな歌」と初めて聴いたときに感じた穏やかな衝撃をふっと思い出し、一遍の物語ことばを編みました。





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