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自分、アップデートが完了しました。

2色のあいもりカレーがおすすめのお店に来ている。

サフランで色付けされたご飯を真ん中に挟み、右と左に別々の味のカレーが乗る贅沢な一品だ。

トッピングされた具材はお皿の上で色鮮やかに咲き誇り、カメラに収めてと言わんばかりのドヤ顔をしている。

同じテーブルの前に座る2人は、そんな映えるおしゃれアイテムの撮影に夢中だった。

その様子をみながら、あたしはお先にチキンステーキを食べていた。
真っ白なご飯と共に。

映えない、なんの変哲もない。
でも炭火で焼かれたお焦げの香りが格別な一品。

おいしいものは、大体茶色。あたしのカメラロールはいつも地味だ。

2人が何度もシャッターを切る間、カレー越しにあたしも写されていることにはとっくに気づいていた。

そしてこの後、きっと彼女たちのSNSにメンションされる。

#ここに来てチキンステーキ食べてる人いる
#カレー食べられないなんて人生の半分以上損してる
#もったいないおばけかよ

なんてハッシュタグを付けられるのだろう。

「ウケる」なんて言ってしまったあたしが悪い。ネタにされるのがお決まりになってしまった。

イヤだな…と思うあたしは、そういう時は大体笑っている。

揉め事が得意ではない。
あたしが笑っておけば、きっとここの世界は丸くなる。

読まなくてもいい空気を読むのは、お手の物だから。

あたしだって国民食とも言えるカレーを食べたいけれど、弱った胃腸は辛いスパイスを受け付けてくれない。

明日が来ることが当たり前でないとわかってしまった今、人生であと何回ランチが出来るのだろうと考えると、好きなものを好きなだけ食べているあたしはシアワセ者だ。


やっと撮影会が終わり、カレーを頬張りながら彼女は言う。

「ねぇ、推しは誰か決まった?何回も言ってごめんだけど、あたしは同担拒否だからね?」

確か、一昨日も同じ質問をされた。

彼女たちが今一番好きなグループの中で、あたしも推しを決めろと宿題にされていたんだった。

「あたしは…ハコ推しかな」

そう答えるのが精一杯。 
ハコ推しだって言うのも、ほんとは少し嘘だから。

「なにそれ、つまんない。推しがいた方が楽しくない?」

そう言われても、あたしには別に推しているグループがあって、その中にあたしの王子様がいる。

けれど、前に話した時に

「オワコンじゃん」と言われたことを未だ根に持っている。

ねりあめのように練り上げられて、ねちねちと音を立てている気持ちにそっと蓋をして平静を装う。

3人いて、意見が2対1になってしまった時
いきなり異物の様に扱われるのはなぜだろう。

好きなんて、意識してなるものではない。

気づいたら生活の中に彼らがいた、理由なんてない。それが好きってこと。

2人がそのグループの話で盛り上がっている時、

あたしは透明人間になっている。

先に食べ始めたチキンステーキのお皿は、もう空だった。
暇を持て余して、話を聞いているフリをして首を大きく縦に振っていた。


2人はため息混じりに言う。

「最近つまらない」と。

カレーの写真を撮っている時はあんなに楽しそうだったじゃない。
推しがいるから楽しいんじゃなかったの?

そんな思いは一旦置いといて、あたしならこう思う。

つまらないなら、その隙間を埋めてしまえばいい。
探せばそこら中に転がるシアワセ。
それをパズルのように組み合わせたら「つまる」ような気がしている。


旅行に行けないと嘆く前に、その土地のグルメを並べて頭の中で旅行してみるのもいい。
移動時間のない空想旅なら、1日で好きなところを沢山回れる。

ベランダで小さな菜園をはじめてみたら、1番最初に赤くなったトマトがとても愛おしかった。

内緒にしたいほどおいしいハンバーガー屋さんを知っている。
パティは肉じゃない、なんとお好み焼きだ。


誰もいない穴場の公園にはペンキが塗りなおされたばかりであろうかわいいブランコがある。

大人になって久々にブランコを漕いだあの日、わたしは何度も青い空に吸い込まれた。

黒いもやもやを空が全部吸収してくれた。

あの時に感じた開放感がとても心地よかった。

世界は変わってしまったかもしれないけれど、あたしは沢山知っている。
楽しいことを。

見えないものに怯えるこの時代を生きて
じたばたすればするほど、沖合に流されたりもした。

それでも自力でなんとか戻って
今は浅瀬にぷかぷかと浮いている。

そこに身を置くと心地よいと思える場所が見つかった。

時代に合わせて人も変化する。


少しだけ、壁を突き破って

ひとりの時間も楽しめるようになった。

時に必要な、NOと言える勇気。

そして自分の心が求めるシアワセに、いつも正直でありたい。

自分が自分でいられる人生は一度きり。
そして有限だから。

今日も、魚肉ソーセージのフィルムがつるんとむけてとてもシアワセだと感じた。

あたしのシアワセのハードルは低い。

明日はどんなことでパズルを完成させようか。

それを考えるだけでわくわく出来る自分の脳みそを、これからもずっと愛している。

優しくそっと背中を押していただけたら、歩んできた道がムダじゃなかったことを再確認できます。頂いたサポートは、文字にして大切にnoteの中に綴ってゆきたいと思っております。