おみ

東京都出身。東京都在住。短い小説を書いてみようと思います。

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最近の記事

Mの記録

 マウントをとるならこの人だと思わせたのは前に私が見せた反応のせいなので、職場の2つ下の後輩である大田原さんからのマウントは甘んじて受け入れることにしている。  今日のマウントはさつまいもごはんだった。茨城にある大田原さんの夫の実家から送られてきたさつまいもを使い、昨日の夜にさつまいもごはんを作ったとの報告だった。スマホの写真付きで。  私はおいしいそうだねとシンプルな感想を伝えた。それから写真を見て黒ごまがかかっていないことに気づいたので、黒ごまをかけたほうがよりおいしい

    • キャリーについて考えようとしたけれど

       働いているときは週末を常に切望しているのに、いざ休みになると特にやることがないので、久しぶりにSex and the Cityをシーズン1から観ることにした。去年から配信された久々の新章を観るために入ったU-NEXTの無料期間はとっくに終わったけれど、退会せずに毎月お金を払い続けている。新章の配信にあたってシーズン1から見直すことはなかった。でも今になって最初から観る気になった。  初めてSex and the Cityを観たのは3年くらい前だ。姉に薦められてのことだった

      • 【短編小説】愛され方の手本

         犬を飼うことになったという妹からのLINEに私は小躍りした。仕事から帰り、一週間分作ったミネストローネと木綿豆腐にキムチをのせたものと、麦焼酎の水割りという混沌とした夕食をひとりで繰り広げていたところだった。  小さい頃からずっと犬が好きだった。両親に頼み続け、小学生5年生のときにオスの柴犬を飼った。15年後に彼が亡くなり、少し経って私は実家を出て一人暮らしを始めた。喪失感が大きかった母は二度と動物を飼わないと言い、犬を飼う大変さを分かっていた私には一人暮らしで犬を迎える

        • 【短編小説】罰当たり厄払い

           やっぱり今日のうちに厄払いに行こうと決めたのは、ジムから帰ってきた直後だった。  今年は年女で本厄。去年の前厄は気づかないふりをしていたのだけれど、そのせいなのか、仕事でだいぶやられてしまった。だから本厄の今年は絶対に厄払いをしたほうがいいと思っていたものの、面倒が勝って事前の予約に踏み切れないでいた。  だがしかし。このご時世に明日から一人旅に行く予定があるのだった。仕事は山のようにあるが、職場離脱のために5営業日の休みは必須なのだ。その休みを使って、私は日本の南の方

        Mの記録

          【短編小説】セミ触れます

           月曜日の朝。会社の敷地内を歩いていると、建屋の入り口近くにアブラゼミが落ちていた。  落ちていたといっても裏返しではなく、きちんと表を向いている。生きていることは一目瞭然だった。でも人通りのあるところにいたら、いつ踏まれてもおかしくない。私はアブラゼミに近づいて、右手の人差し指で脚をつんつんと触る。途端にアブラゼミは飛び立った。鳴かなかったからきっとメスだろう。私がつかんで助ける必要はないくらい、アブラゼミが元気だったことにほっとする。  そういえば、セミを触るのは2年

          【短編小説】セミ触れます

          【短編小説】180秒までのいきさつ

           東京オリンピックが決まったのは確か日本時間の早朝で、私は家の布団の中からテレビを観てそれを知ったと記憶している。  隣には当時付き合っていた既婚者の恋人がいて、おお、東京でオリンピックだってと二人で少し盛り上がった。家族にどう説明しているのか訊いたことはなかったけれど、その人はちょくちょく一人暮らしをしている私の家に泊まりに来た。その人のことは好きだったけれど、離婚をして一緒になるということはありえないと分かっていたし、その人を自分のものにしようという気概が私にはなかった

          【短編小説】180秒までのいきさつ

          【短編小説】ハンバーグの余韻

           ハンバーグが食べたいし、広めの席で本も読みたいなと思ったので、今日の夜ごはんはファミレスに行こうと決めた。混み始めると一人客は広い席には通してもらえないだろうから、早めに行った方がいいだろう。そう考えて17時過ぎには家を出ることにした。  家を出る段になって、少し歩くけれどハンバーグとかステーキ専門のファミレスっぽい店があったことを思い出す。スマホで調べると店も広々していていい感じだ。ハンバーグもおいしそうだし、この店に行ってみることにする。  湿気はあるけれどそこまで暑

          【短編小説】ハンバーグの余韻

          【短編連続小説】生理カウントダウン(5)-1日前-

           いてててて。  目が覚めると同時に下腹部にひどい痛みを感じる。まさか。来てしまったのか。  急いでトイレへ向かい、寝間着とパンツをまとめて一気に下げる。パンツに装着したおりもの用シートに経血は付いていない。小用を足し、股を拭いたトイレットペーパーにも何も付かない。生理はまだやってきていないことが確認できた。生理前と生理中の腹の痛みは若干種類が違うので、寝起きの焦りが落ち着いた今、この痛みがまだ生理前のものであることは長年の経験から明らかだ。  予定では明日来る生理だが、予定

          【短編連続小説】生理カウントダウン(5)-1日前-

          【短編連続小説】生理カウントダウン(4)-2日前-

           朝起きたときから気分はとんかつだった。  私の生理前の傾向として、油っこいものや味の濃いものを無償に食べたくなるというものがある。3ヶ月の1回くらいの頻度でそれは爆発的な欲求となって襲いかかってくる。今月はそのタイミングのようで、私は心底とんかつを求めているようだ。それにしても目覚めた途端に「とんかつ!」とならなくたっていいではないかと思う。今日一日ずっととんかつのことを考えて過ごさなければならない。こんなふうに食欲を増幅させ、食べ物へ執着させるのもホルモンの仕業だ。  私

          【短編連続小説】生理カウントダウン(4)-2日前-

          【短編連続小説】生理カウントダウン(3)-3日前-

           下腹部に鈍い痛みを感じる。私の感覚としては、鎮痛剤は生理痛にはまあまあ効くものの、生理前の痛みにはそれほどでもない。とはいえ、痛いものは痛いので、気休めに鎮痛剤を飲んで仕事をする。生理前の私の能力は普段の半分程度に落ち込むイメージなので、一刻も早く帰ってぼんやりしたいのが正直なところだ。でも仕事をする。仕方のないことだ。  そんな私をよそに、向かいの席の百合草さんはいつものようにすごい強さでタイピングしている。お客さんにメールでも書いているのだろう。ときおりひときわ強く叩い

          【短編連続小説】生理カウントダウン(3)-3日前-

          【短編連続小説】生理カウントダウン(2)-4日前-

           お昼はいつも社員食堂を利用する。  私はポークカレー、杉さんは油淋鶏定食、木立さんはわかめそばをチョイスした。  なぜなのかは知らないが、私の所属する部署では同じチームの女性同士でお昼を食べることが慣例となっている。今は杉さん、木立さん、私というメンバーだ。2人とは課が違うので一緒に仕事をすることはなくて、お昼だけ会話をする仲だ。  今日は私の右隣に杉さん、向かいに木立さんが座った。みんなでいただきますと言ってから食べ始める。  私はポークカレーに付いている千切りキャベツの

          【短編連続小説】生理カウントダウン(2)-4日前-

          【短編連続小説】生理カウントダウン(1)-5日前-

           風呂に入ろうと裸になった自分の身体が洗面台の鏡に映る。私は正面を向いて、自分の胸に目をやる。  今日、3ヶ月ぶりに会ったふたつ下の妹は私を見るや否や開口一番、「胸垂れたんじゃない?」と言った。何を急にと思ったが、垂れる胸を持っていない妹から垂れる胸を持つ私へのちょっとした僻みと受け取り、姉らしくさらりと流した。たぶん私が待ち合わせ時間に3分遅れたせいだろう。妹はそういうところがあるのだ。そのあと2人で仲良くタイ料理屋でランチを食べた。ビールもよく飲んだ。  しかし、どうやら

          【短編連続小説】生理カウントダウン(1)-5日前-

          【短編小説】思いやりとブラ紐

           田園都市線が渋谷に着き、電車から人がぞくぞくと流れ出る。とても幸運なことに、私が立っていた目の前の座席が空く。私はその空間にすばやく尻を滑り込ませる。ひざの上に置いたバッグから文庫本を取り出してふと顔を上げると、さっきまで私が立っていたスペースに女性が立っている。  前髪を私に向かって右に流し、肩より少し長い黒髪。前髪で隠されていない右の眉毛は少し下がり気味に描かれている。まぶたにはゴールドのアイシャドウが薄くはたかれていて、目尻をピンと跳ね上げた太めのアイラインが引かれて

          【短編小説】思いやりとブラ紐