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中井駅のエスカレーターで振り返った君は

高校3年生は受験勉強一色だった。進学校にいっていた私は、周りの95%くらいが大学進学を希望していて、多分に漏れず私も進学を選んだ。母の職業と同じ保育士の道を選ぼうかな~と思っていたけど、その選択になんだか魅力をあまり感じなくなってきて、マスコミ業界を目指すことに決め、大学を選ぶことにした。マスコミ業界を目指すといっても結構安直な動機で、BRUTUSという雑誌が好きだったから、それを作りたいな、みたいな感じだった。

そんな将来の夢よりは、どっちかというと部活がやりたいという気持ちが強かった。引退がかかる大会で、負けてはいけない試合で負けた自分にとって、悔いしか残らなかった。いろいろと意地を張って、仲間とも後に戻れない状態になってしまっていたから、大学ではいろいろなことをリセットしてもう一度バレーボールをしたかったのだ。

結構軽く決めた進路。そして大学でも高校と同じようなものに打ち込みたいという気持ち。自分の気持ちにうそ偽りはないものの、「よし、受験勉強頑張るぞ」というモチベーションにはなかなか変わらず、勉強に身が入らなかった。

自分の部屋で勉強をしていても、部活三昧だった反動で漫画に手が伸びたり、好きなアーティストの曲を聞き込んだりしてしまう。大手の塾や予備校に行こうかなと思ったが、友達に聞くと50~100人くらいの同級生が密集して授業を受けているらしく、「苦しそう」と思って行く気にならなかった。結局高校受験のときにいっていた塾に行ったが、基本的には自分で苦手な問題を解いて、わからないことを聞くスタイルだったので、誰かが発破をかけてくれるようなことはなかった。


「環、きょう自習室いく?」
ある日、3年生になってから仲良くなった理恵が、学校の自習室で勉強しないかと誘ってくれた。理恵は指定校推薦で大学がほぼ決まっていたが、真面目で責任感の強く、受験勉強を辞めずセンター試験も受けることを決めていた。私と同じ体育館での部活だったこともあり、なんとなく仲間意識もあったから、理恵がそうやって勉強に誘ってくれるのはありがたかった。

夏休み明けくらいから、理恵と自習室で勉強して、学校が閉まる時間になったら一緒に帰ることがルーティンになった。時には新宿のカフェとかにいって勉強したり、話したりして、受験を一人ではなく一緒に取り組んでいるという気持ちにさせてくれた。

理恵と帰るときは、勉強のこと、彼氏や彼女のこと、友達のこと、好きなお笑い芸人のことなど、わりと雑多にいろいろなことを話していた。そして、どんな話をしていても、基本的にはふざけたり、お互いに突っ込みを入れていたから、特に深刻な雰囲気や思い空気になることもなく、いつも「あーきょうも楽しかった」ってラフな感じで明日へ向かうことができたのだ。


センター試験当日。理恵とは家が近かったり、受験する科目が似ていたこともあり、一緒に会場へ向かうことにした。都営大江戸線の中井駅で乗り換えようとしているとき、地下深くにある大江戸線から地上へ向かう長いエスカレーターに乗った。理恵が前、私が後ろ。センター試験の結果で大学を決めてしまいたいと思っていた私は、結構緊張していた。

エスカレーターでふと目を向けると、中学の同級生がいた。そしてその同級生は理恵と小学校が同じであることを思い出した。
「ねえ、理恵。プーちゃん(理恵と私の同級生のあだ名)いるよ」
「あ、プーちゃんじゃん。なんでいんだよ。あ、同級生か。え?なんでプーちゃん知っているんだっけ」
理恵の怒濤の突っ込み、そして天然ぼけ、会話の早さのすべてに笑った。
「小学校一緒って言ってたじゃん」
「それを覚えている環がすごすぎ。きょう、センターの日だよ」
もう一度笑い合った。


センター試験の会場となっている大学は、私が以前、友達に聞いた大手予備校の雰囲気を連想させた。多くの学生が狭い空間に集まって、微妙な空気の中共存している。

だけど、私は怖くなかった。この建物の中には理恵がいて、きっと一緒に帰るときも「てか、なんでプーちゃんいたの?あ、受験か」とか言うと思ったから。あの中井のエスカレーターで振り返った理恵が、緊張をする私を引き上げてくれたのだ。

センター試験の結果だけでは、希望の大学に合格することができなかった。だけど、あのセンター試験の日、理恵が私を和ませてくれたから、その後の試験ではいつも通り試験をうけることができて、第一志望にも合格することができた。

中井駅のエスカレーターに乗るたびに、あの日の緊張が解けていく感じがよみがえる。


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