見出し画像

この泡に救われたいと思って顔をうずめつづけた

ニキビができたときの心境って、「あーあ」だ。

「あーあ、またこんなところにできてしまった」
「あーあ、こんな時期に」
「あーあ、地味に痛くて嫌なんだよな」

中学生から戦い続けたニキビに、まさか29歳になっても悩むとは思ってもみなかった。


画像1

2020年8月末、虫垂炎(ちまたで盲腸と呼ばれるあれです)になって起き上がることができなかった。
やりたい仕事ができないことに心労をため、あまりに忙しいタイムスケジュールに疲労もため、とうとう体が悲鳴を上げたのだった。

でもこの大きな悲鳴に隠れて、実は肌も荒れていた。
しこりのように大きく膨れ上がったニキビが、右頬にぽつりとできたのだった。

「あーあ、またニキビか。しかもこれ、治りづらいやつじゃん…」
中学生から付き合い続けているニキビ。白く膨れ上がったものはつぶして膿を出して数日すれば治ってきた。だけど赤く痛くはれ上がったものは、なかなか治らないとわかっていた。だから、右頬にできたニキビの存在に気付いた時には、心底げんなりとした。

そこから、体にとって何かの踏ん切りがついたように、顔には「ボコボコ」とニキビが湧いていった。

左顎、左耳の少し下。その次は左の頬骨の真上。それぞれが熱をもって、しこりのようになっていった。
そして、子分のような白いニキビが口の周りや小鼻のあたりにぽつぽつとでき続ける。

ニキビとは中学生のころから付き合っているとはいえ、明らかにそのころより根深く、大きく、痛いニキビが多かった。
身体が何かのサインを発し続けていた。


画像2

そのころの生活はとにかく自分と向き合い続けることの連続だった。
心が疲れることが多かった。

「新聞記者をやめてどうしたいの?LGBTなど性的少数者の取材をしたいのではないのか?俺はどうしたいんだ?」

ペラペラ。BL漫画を読む。ああ、キュンキュンするなあ。主人公が自分の思いを素直に伝えられる相手と出会えてよかったなあ~
いけない、いけない。そんなことじゃない。
ニキビを触って存在を確かめる。あーあ、まだあるよ。

「シェアハウスの運営がしたい。でもそれは本心なのか?俺はどういう人生を歩みたいのか」

ペラペラ。長尾謙一郎の「クリームソーダシティ」を読む。
絵が独特で、世界観は決して読者にわかりやすいようには書かれていない。
でも理想が具現化し、その理想を手にしたときに感じる喜びも虚無も、こんなコミカルにシュールに書いていることに、面白さも恐ろしさも感じる。
だから~~、いけない、いけない。自分の将来を考えないと。
ニキビを触って存在を確かめる。大きくなってないかしら…

「パートナーとの生活は?友達と会うことは?今まずやりたいことはなんなのか」

ペラペラ。木下古栗さんの「金を払うから素手で殴らせてくれないか?」を読む。人のまとまらない思考を覗き見る感覚に襲われる。登場人物たちはコロコロと表情を替え、命を転がしていく。どこか病を持っているような気もして恐ろしくなる。
いけない、いけない。また脱線してしまった。

俺は人生をどうしていきたいのか。
ニキビを触って存在を確かめる。
まとまらない頭は回りだすとすぐにショートしてしまって、思考が進まなかった。完全に心労に打ちのめされていた。
ニキビだけはそこに熱をもって存在し続けた。

その状態のまま、盲腸摘出の手術を迎えた。
将来のことなんて何も決めることができていないし、頭が回らないままでの手術だった。
恐怖はあるものの、逃げることもできない。新型コロナウイルスの影響でお見舞いも受け付けていない。一人で病院に乗り込んで、一人で帰るしかなかった。

ニキビはどんどんと膨れ上がっていた。
人が見れば必ず心配するくらいの大きさになっていて、赤くはれ上がっていた。試しにつぶしてみようと圧力をかけてみたけど、つぶれず痛いだけ。心底邪魔で、痛くて、嫌だった。

行天、桃花、美香のグループLINEで、ニキビの報告をした。桃花がいった。
「これはやばいね。(看護師の)お母さんに聞いてみたら毛嚢炎じゃないの?だって。手術で抗菌剤投与されるから、治るんじゃないのかなって言っているよ」
桃花のお母さんの意見にすがるしかなかった。市販のニキビの薬を塗りたくりながら、とにかく早く手術が終わり、ニキビも治っていることを祈った。

全身麻酔から目覚めた私は一度嘔吐した。性器につながれた管に猛烈な違和感を持った。そして嘔吐した後、血が顔面に駆け巡っているときに、明らかにそこに大きなニキビがあることに失望した。

試しに舌で右頬を押してみた。痛い。そこには確実にニキビがあった。
心労も疲労もピークで、ニキビの存在はそんな私をさらに痛めつけるのだった。


画像3

手術から一夜明け、右頬から液体が垂れている感覚があった。手で触ってみるとそこには赤い液体が。血だった。
性器につながれた管をそのままに鏡にかけよると、右頬の火山は噴火していた。ティッシュを当てると、ドクドクと毒素を出し続ける。ティッシュはみるみる赤黒く染まっていき、しばらく止まらなかった。ボロボロの体がどうにか不要なものを排出しようとしていた。

手術が終わってから、本格的にニキビに立ち向かうことにした。
マッチングアプリで2~3通やり取りしていた美容部員の人にメッセージを送った。使っている洗顔料や化粧水などを送り付け、必死に教えを請うた。
美容部員の人は冷静に返信してくる。
「ニキビなら、グリチルリチン酸ですよ。それが配合されたものを選んでください」

私は傷口がまだ痛むおなかを抱えながら、近くの薬局へ急いだ。
道中ではスマホで「グリチルリチン酸 洗顔」で検索して、情報をため込んだ。
スギ薬局に入った私は、洗顔のコーナーに直進し、商品を手にとっては裏返し、血眼で「グリチルリチン酸」を探した。

パッケージデザインや宣伝文句を見て選んだのは、「NOV」だった。
多少値段は張るが、気にせず買った。化粧水や乳液も揃えた。

美容部員の人に報告すると早速返信がある。
「いいと思います。使ったことないけど、かなりいいって評判ですよ」

洗顔は朝夜が基本らしい。夜だけだった私は、朝にもルーティン化した。
1センチくらいを泡立てネットに出して泡立てる。
ふわふわとした泡に顔を入れる。結構気持ちが良い。
優しく優しく顔を洗っていく。

泡に顔をうずめるといろいろな思いや景色を思い出した。

「パートナーのこと、好きだなあ。肌がぷりぷりしていて、いつもニコニコしていて。彼の笑顔に何度助けてもらっただろうか。会いたいな、一緒に住みたいな。もっと一緒にいたいな」

次の洗顔。

「とりあえず今のまま働くのは無理だ。こんな働き方、自分の人生を無駄に使っている」

はい、次。

「肌綺麗になりたいな。そりゃさ、もう少しちやほやされたいし…。あと、毎日を気持ちよく、自分らしく過ごしたいよね」

はいはい、次。

「シェアハウスの運営、やってみるか。やりたいやりたいってこれまで動かなったわけだし。やってみるか」

はい、次、次。

「自分を大切にしよう。誰かのためになることをしたいけど、自己犠牲ばかりではだめだ」


奇妙礼太郎のInstagramのストーリーズで本が紹介されている。
「美容は自尊心の筋トレ これいいよ~」
すぐにアマゾンで購入する。

ペラペラ。うんうん、タイトル通りの内容で特に面白いことは書かれていない。でも、タイトルは本当にその通りだな。自分を大切にすることの大切さを見失っていた気がする。
自分を大切にしたうえで、相手を尊重したり、困っている人を助けることが大事なのではないか。

一度、新聞記者という仕事からは離れるが、もしまたやりたくなって、自分も大切にできる環境や心境も携えることができたら、戻ってこよう。


画像4

顔にできた色々な火山は隆起と噴火を何度も繰り返した。
それでも私はちゃんと朝と夜に泡に顔をうずめ続けた。
皮膚科にも通いながらニキビと向かい合い続け、そして泡の中で少しだけ考え事をしては自分を大切にした。

ニキビは徐々に改善していった。盲腸摘出の手術から約半年後、美香が驚く。
「環、本当に肌綺麗になったね。疲れが完全にニキビに出ていたんだろうね」


私は今でも朝夜の洗顔がルーティンとなっている。
深く考えたりすることは減ったけど、自分を大切にしているという感覚は変わらない。
自分が自分らしく、生き生きと生きていくために。今日も顔を洗い続けている。


新型コロナウイルスの感染拡大とかオリンピックの開催にまつわるごたごたや不正、女性差別問題など、今の社会には問題が多いように思う。
私の人生も、退職したときから少しは進んだが、まだまだ理想の生活にはほど遠い。


そんな日々を乗り越えるためにきょうも私は泡に顔をうずめ続ける。
大切に育てあげた自分が、きっと、そっと未来を変えるのだから。
その準備を整え続けるのだ。

<環プロフィール> Twitterアカウント:@slowheights_oli
▽東京生まれ東京育ち。都立高校、私大を経て新聞社に入社。その後シェアハウスの運営会社に転職。
▽9月生まれの乙女座。しいたけ占いはチェック済。
▽身長170㌢、体重60㌔という標準オブ標準の体型。小学校で野球、中学高校大学でバレーボール。友人らに試合を見に来てもらうことが苦手だった。「獲物を捕らえるみたいな顔しているし、一人だけ動きが機敏すぎて本当に怖い」(美香談)という自覚があったから。
▽太は、私が死ぬほど尖って友達ができなかった大学時代に初めて心の底から仲良くなれた友達。一緒に人の気持ちを揺さぶる活動がしたいと思っている。
▽将来の夢はシェアハウスの管理人。好きな作家は辻村深月


この記事が参加している募集

買ってよかったもの

私のベストコスメ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?