見出し画像

失敗しない 後悔しない 人生がいいな

苦い経験がある。
つい数ヶ月前まで勤めていた広告制作会社で、営業を担当していた頃の話だ。

入社して一年が経ったタイミングで、僕は運良く有名企業の年間プロモーション案件を受注することができた。
単発ではない継続案件であり、金額的にもインパクトがあったため、上司や先輩に褒められた。

ただこの受注の理由は、僕の営業力が優れていたからでも、コンペで抜群な企画書をプレゼンしたからでもない。
たまたま高校時代の友人がコンペをジャッジする立場にいたので僕の会社をゴリ押ししてくれて、なおかつ得意先の要件に対して最もコスパの良い見積書を出したからだった。
安請け合いしてしまった、と言ってもいいくらいの金額だった。

だから、入社してたった一年で大型案件を掴み取るだけの実力が付いた、という訳ではなくて、たまたま運が重なっただけ。
心の奥底ではそのことを理解していたし、謙虚であろうと思っていたけれど、有名企業の案件を受注できたという成果に対して、僕は浮かれ気分になってしまっていた。

実際に案件が始まると、僕は案件に対して身の程があっておらず、実力が足りないという事実を突きつけられた。

営業として向き合う得意先の相手は、マーケティング部門のトップだった。
色んな有名企業を渡り歩いている、マーケティングやプロモーションのプロフェッショナルな人だった。

当然、僕らが作る提案資料や制作物に対しては、厳しい目線でチェックが入る。
毎週開かれる20〜30人が出席する定例の報告会で、作った資料とともに説明をすると、厳しい言葉を掛けられることもしばしばあった。

経験が足りず、機転が効くタイプでもない僕は、説明途中で割り込むように投げかけられた質問に、うまく返すことができないことが多かった。
言い淀んでしまったり、説明している途中で何を話しているかわからなくなってしまったりした。

一通り懸命に説明しても「よくわからないから、あとで整理してメールしてよ」と言われてしまって、大勢の前で顔を真っ赤にしたことも何回かあった。

マーケティング部門のトップは、回答が用意できなかった僕に「教えてやるよ」とレクチャーすることもあった。
お客さんに教えてもらうなんて恥だ、という思いが強くて、居心地が悪かった。

自分が中心になって受注したという誇らしい実績の案件にもかかわらず、失敗を重ねていることが、恥ずかしくて仕方なかった。
次第に案件と向き合うのが嫌になってきてしまって、半年ほどが経ったタイミングで、僕は得意先とのメールや電話のやり取りは他のスタッフに任せ、必要最低限のMTGにしか出ないようになっていった。

他の案件もあるし、営業としてもっと稼がないといけないし、それにこの案件は安い金額で受けているし。言い訳をいくつも並べて、自分を納得させていた。
ただ、逃げずにちゃんと乗り越えないといけない、とも思っていた。

得意先との飲み会で、マーケティング部門のトップから「最近見ないけど忙しいの?あなたももっとMTG来てよ」と言われても、「そうですね、数字がキツくて」と答えてかわした。

案件が始まってから、1年半がたったタイミングだった。
新型コロナが蔓延し、得意先の業績が悪くなった。
コストカットを進めないといけない、そんな空気感が漂い始めた。

自分の仕事もリモートワークになってしばらく経ったとき、得意先のマーケティング部門のトップから、電話がかかってきた。
スマホの画面に名前が表示された瞬間に、僕は悟った。
日常業務は後輩に任せていたし、僕に対して直接電話を掛けてくることなんてなかったから、きっと悪い話だと。

電話に出ると、挨拶もそこそこに不機嫌な様子で捲し立てられた。

「オタクの会社、切りたいんだよね」

切り返す言葉が浮かばず狼狽えながら、「理由を教えてくれますか?」と僕は訊ねた。

「だってさ、いつまで経っても、あなたは向き合ってくれないじゃん。オレ、ずっと待ってたんだけど。そういうサイン出してたしさ、あなたも気付いてたでしょ?でも、全然前に出てきてくれないじゃん」

ああ、この人は、全て分かってた。
僕が逃げ続けていたことを。
営業として、金額を下げても良いから契約を継続してくれ、とその電話で粘るべきだったんだろうけど、速やかに契約解除に向けた手続きを進めることを僕は了承した。

向き合おうとして手を伸ばしてくれていた相手を避け続けて、相手が手を引っ込めた瞬間にこちらから手を伸ばすなんて、虫が良すぎる。

いま振り返ってみても、やり方や向き合い方はもっとたくさんあったと思う。

でも、できなかった。
その理由は、すごくシンプルだ。

僕は怖かったのだ。
失敗することや、恥をかくことが。
完璧な自分でありたい、その思いが強過ぎて、取るべき行動を取れなかった。

うまく説明ができないなら、事前にもっと練習すれば良かった。
でもしなかったのは、「これぐらい簡単にこなさないと」という自分で作り上げた、完璧な自分の姿のせいだった。
そして失敗を重ね続けてしまったとしても、打席に立ち続けるべきだった。

用意して、チャレンジする、その繰り返しなはずなのに、できなかったし、やらなかった。

簡単なメールを入れるのも、面と向かって説明をするのも、「もし的外れなことを言ってしまったら恥ずかしいし、幻滅させるかもしれない」という思いが1番にきてしまって、逃げた。
だから、何かを聞かれたとしても僕には本質的な回答ができなくなってしまって、自分の身を守るような、曖昧で濁った言葉しか口からは出せなくなっていた。

どうにかすることができるような気がしていたけど、どうすることもできなかった、本当に苦い苦い思い出だ。
2年前の春を思い出すと、どうしてもこの案件のことが頭をよぎる。

なぜこの話を書いたかというと、最近入社した新しい会社で、僕は似たような感情を持ったからだ。
中途採用の僕は、プロモーションやマーケティングの経験者枠として、入社した。
自分が中心になって、周囲を巻き込みながら仕事を進める機会が多い。
プロとしての見解、みたいなことを求められるケースもけっこうある。

チャットツールで質問がくると、僕は少し身体が強張る。
わかりにくい回答をしてしまったらどうしよう、相手の求める回答ができなかったらどうしよう、中途で入ってきたのにこの人わかっていないと思われたらどうしよう。
逡巡した挙句、2,3行で済む回答を、1時間くらいかけてしまうようなこともある。
自分の効率の悪さに、残念な気分になった。

ただ、2年前の失敗を思い返す。
僕がダメだったのは上手に答えられなかったことではない。
コミュニケーションをとってくれていた相手に、そして会話や質問に対して、ちゃんと向き合わなかったことだ。
自分の体裁ばかりを気にしていると、本当の意味で相手は遠ざかってしまう。

だからこそ、時間がかかっても、的外れなことを言ってしまうことがあったとしても、相手と向き合うことだけは絶対やめてはいけない。
そして不器用な自分を受け入れて、今の自分にできることをやろう。

そんな風に思い始めて、僕は最近仕事がとても楽しくなってきた。今の会社に入って、良かった。
少しだけだけど、知識も経験も付いているし、信頼してくれる人も徐々に増えてきた。
前向きな自分がいるのは、きっと2年前に失敗したお陰だ。

とはいえ、今後自分のキャパシティを越えるような場面や仕事と対面した時、足がすくむこともきっとあるだろう。

そして、こう思う。
失敗したくない、と。

ただ、そう感じるのは当たり前のことだ。
誰だって、きっと怖いのだ。
ダメな自分と会うのは、怖い。

でも、ダメな自分を受け入れた先に、見えるものがある。
受け入れるのにも時間がかかってしまうかもしれないけど、それでもゆっくりとやれば良い。

今の僕は、失敗しない人になりたいとは思わない。
差し伸ばされた手を振り払わずに、握り返せる自分でいたいと思う。


ホリデイ / BUMP OF CHICKEN

<太・プロフィール> Twitterアカウント:@YFTheater
▽東京生まれ東京育ち。
▽小学校から高校まで公立育ち、サッカーをしながら平凡に過ごす。
▽文学好きの両親の影響で小説を読み漁り、大学時代はライブハウスや映画館で多くの時間を過ごす。
▽新卒時代の地方勤務、ベンチャー企業への転職失敗、制作会社での激務などを経験。
▽週末に横浜F・マリノスの試合を観に行くことが生きがい。

この記事が参加している募集

#仕事について話そう

109,852件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?