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ぅち一生ギャルやってくかんね

 中学2年の冬を思い出すと、廊下の風景が浮かぶ。左手に窓、右手に教室が並ぶ。外は曇り。視界の四隅は壊れたカメラみたいに黒く縁取られ、焦点もなんとなくボケている。放課後の廊下では同級生たちが騒いでいるのに、声が聞こえてこない。窓が途切れたところにある階段を下り、下駄箱で靴を履き替えると、裏門から家に向かった。

 家の近くに大きな坂がある。通学路は坂の上のため、商店街を見下ろすことができる。昼下がりの鈍い光が差し込む商店街を見下ろせる場所で、同じ中学の制服をきた女子生徒が地べたにあぐらをかいて座っていた。あ、レイナだ。白地にピンク色でディズニーキャラクターの描かれたハンドタオルを、地面に投げ出された鞄の上に置いて、ボーッとしている。「レイナ、どうした」。私を見たレイナの目は真っ赤だった。レイナはタオルを持って顔をうずめた。

「学校つまらないよね」レイナは言った。
「そうだね、何も楽しくない」。
「え、環も?」レイナは驚いていた。
私はレイナの隣に腰を下ろした。

 私は友人たちとなかなかそりがあわなかった。通っていた中学校は、2つの小学校から生徒が来ていて、私と同じ小学校出身の人たちは人数的に少数派だった。もう一つの小学校は荒れていて、大人しく真面目なうちの小学校の人たちは影が薄くなりがちだった。私はその中でもなんとか生き抜いていたが、違う小学校出身の男子のリーダー格に嫌われたことをきっかけに、その取り巻き的な人たちまでもが態度を急変していた。

 私は淡々という。「理由もないのにうざいとかきもいとか、女たらしみたいなこと言われたよ」。レイナは怒って泣きながらいう。「私はね、男子からブスとかいわれるんだよね。別にブスだしそんなの分かっているんだけど、本当にむかつく」。体育座りでレイナの話しを聞いていて、実は少し気持ちが軽くなっていた。自分と同じように学校に違和感をもち、苦しみ、戦っている同志がいると思ったからだ。

 その後はとりとめの無い話をした。誰がむかつくとか、成績が不安だとか。そしてレイナは驚いた様子でたずねた。
「環、私と話していて男子から何か言われないの」
「別にいいよ、もうどうでもいい」
2人で笑った。泣いて笑って、最後にはむかつくやつらへの愚痴を散々言って帰った。下校してきた同級生たちにじろじろみられたけど、どうでもよかった。

 後日、同級生から聞かれた。「環、レイナと付き合っているの?」。私は心底ムカつき、そして笑ってしまった。「付き合うわけないじゃん。親友だよ、親友!」。

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 レイナ、そしてレイナとの共通の友人で私と同じクラスだったミキと3人で遊ぶことが多くなった。周りにどんな白い目で見られても廊下で3人で話し、同じ塾に通い、自転車に乗って隣町のマクドナルドまでわざわざ行った。朝も昼も夜も、悩みや不安、学校であった楽しいことも語りあった。
 ミキは私と同じ小学校出身の中で唯一、スクールカースト上位を突っ走っていた。それでも決しておごらないし、人に失礼な態度はしない。とにかくいいやつで面倒見がよくてサバサバとものを言うギャルだった。私とレイナはミキに引っ張られるように自尊心を取り戻していったのだった。

 ミキは私が使っていた布製の黒い筆箱に白色のポスカを使って、デカデカと文字をかき始める。”自分の意見言う”。
「環読んで」
「自分の意見言う」
「あんたさ、別に間違ってることないんだからさ、自分の意見いいなよ。それが目標ね」
「お、おう」
「あ?文句あんの?てかレイナ〜ビューラーかして〜」

 そうやって過ごしていくうちに、周りなんて気にならなくなった。そして何度も聞かれた。「環ってミキと付き合っているの?」「は?親友だよ」偽りなんて何もなかった。

 私は高校生になっても、異性の友人がたくさんできた。「付き合っているのか」と何度も詮索された。その都度、あきれていた。世間的に、男女間の友情というものは成立しないのか?一生言ってろ。
 何度、何を言われても、友達とコンビニ行って笑い転げたり、ベランダで恋バナしたり、公園で将来を語り合ったり、スタバで何時間も話したりした。異性だろうが、友達は友達として遊び続けた。

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 2015年1月。私は部活の後輩のタクミ、そして高校の同級生のミサキと一軒家でルームシェアをすることになった。ミサキの親族が仕事などの都合上、少しの間だけ使わない家だった。たいしたことは起こらなかった。みんなでご飯を作り、好きな音楽を聴き、互いの仕事や恋愛のことを深夜まで話しこんで朝寝坊をした。土日は外食をして、街へ繰り出して買い物をした。ただただ日常があった。別れの4月、私は思いっきり泣いた。男女の友情が成立するかしないかなんてつまらない議論はあっという間にどこかに置き去りにされ、私たちは「家族」になっていた。

 中学校の頃に毎日を救ってくれたのは間違いなく異性の友達であるレイナとミキだ。高校生のころ、救ってくれたとまで大げさではないけど、異性の友達もいてくれて毎日が楽しかった。大学生ではルームシェアをしてみて、血がつながっていなくても家族になれる人たちがいることを知った。性別に縛られず、友情や家族という幅が広かったからこそ、私は生活が豊かになっていった。

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 社会人になって5年がたった。周りで結婚や出産を経験する人が増えてきた。そして友人同士でルームシェアをする人、同性カップルとして生きていくことを決めた人、赤の他人と一緒に暮らしている人など多様な形の人間関係も見えてくるようになった。年齢が上の人をみるとどうだろうか。もちろんいないわけではないが、多くの人は婚姻関係にある人とくらし、人間関係の形が限られているようにも見える。

 社会の世代交代が進んでいくと、人間関係の形はどう変わっていくのだろうか。今と同じように婚姻関係だけが社会に残っていくのか。私はそれでは少しつまらないと思う。人間関係は流動的で、いろいろな形があったほうがそれぞれの望むライフスタイルを実現しやすい。だれもが男女1対1の婚姻関係に当てはまって生きていくのはおかしい気がする。それぞれ違う人間関係があるのに、それを保てないのはなんとも息苦しい。友達も恋人も家族ももっと多様で流動的なものでいいのではないか。
 

 これまで常識とされてきた人間関係とは違う形で生活している人たちの姿をのぞき、話しを聞いてみたいと思う。そこにはもしかしたら自分の実現したい未来が見えるかもしれない。

 「とりあえず会わない?」
 「わかんの。何時?」

だから今日も人と会い続けることを選んでいこうと思う。

Dear lonely girl /加藤ミリヤ


<環プロフィール> Twitterアカウント:@slowheights_oli
▽東京生まれ東京育ち。都立高校、私大を経て新聞社勤務。
▽9月生まれの乙女座。しいたけ占いはチェック済。
▽身長170㌢、体重60㌔という標準オブ標準の体型。小学校で野球、中学高校大学でバレーボール。友人らに試合を見に来てもらうことが苦手だった。「獲物を捕らえるみたいな顔しているし、一人だけ動きが機敏すぎて本当に怖い」(友人談)という自覚があったから。
▽太は、私が死ぬほど尖って友達ができなかった大学時代に初めて心の底から仲良くなれた友達。一緒に人の気持ちを揺さぶる活動がしたいと思っている。
▽将来の夢はシェアハウスの管理人。好きな作家は辻村深月

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