見出し画像

赤坂のサイゼリヤで悪い癖が出た

制作会社に勤めていた頃の話だ。
夜遅い時間に赤坂で開かれた、クライアントとの噛み合わない(よくある)ミーティングを終えて心身ともに疲弊しながらも、自分たちがやるべきタスクをすぐに整理しておかないと明日からの状況が更に悪くなることは明白だった。
クライアントの逆鱗に触れるミスをした張本人であり、テンパりまくっている先輩と2人で作戦会議ができる場所を探し、サイゼリヤに行き着いた。

赤坂は、僕が高校生の頃に通学していた場所である。
当時の赤坂には、高校生にとっては値段がお高めのファミレス(ワンコインでは収まらないファミレス)しかなかった。
だから、頻繁に通った幸楽苑もマックもなくなっていることには少しショックを受けつつも、卒業後にサイゼリヤが新たにできていたことはちょっと羨ましかった。
高校時代、部活の遠征先などでサイゼリアがあると、ミラノ風ドリアやペペロンチーノを好き好んで食べていたのを思い出す。

そんなサイゼリヤに先輩と入り、適当にご飯を頼んで早速ミーティングをはじめた。
このとき一緒だった先輩は、ネガティブ思考が半端ない人で、日常的にも話しているとやる気を吸い取ってくるような人だった。悪い人ではなかったけれども。
先輩が犯したミスは、クライアントの逆鱗に触れる、と冒頭で言いつつも、大したものではなくて、むしろこちらが強気に出ても良いくらいのものだった。
ただ正論で押し切ることが難しいのが主従関係になりがちなクライアントワークというもので、先輩はノックアウトされていた。
ネガティブ思考が平常時の10倍増しになって収拾がつかなくなっており、答えに辿りつかない不毛な会話が続いた。

過去のミスに対する後悔を並べ、解決策を何一つ出そうとしない先輩に段々イライラしてきたけれど、なんとか生産性のある方向に話を持っていこうと四苦八苦していると、次第に横で話している男女二組の会話がすごく気になってきた。
どうやら男が、奥さんに離婚を突きつけられたらしく、それを女友達に愚痴っているようだった。

「これってモラハラだよね!」
興奮した男が叫び、女友達がそれに相槌を打ちつつ、なんとか宥めている。
いろんなエピソードを並べ、話しているうちに興奮してきたのか、男の声のボリュームはどんどん大きくなっていった。
めちゃくちゃうるさい。
「悪いのはアイツなのに、俺が悪いから離婚するみたいになってるのが、納得いかないんだよ!」

一方で、マイナス発言を並べる先輩の声のボリュームは小さい。
ミーティングの生産性は僕の気持ちとは裏腹に、どんどん下がっていく。
先輩に対しても怒りを感じるが、それ以上に仕事を妨害する男への怒りが強くなってきて、僕はあからさまに大声をあげる男の方を何度もチラ見するようにした。
少し音量を落とせと。

しかし、男はそれに何回か視線に気付いて僕と目を合わせたが、見て見ぬ振りして話を続けた。
ボリュームを絞らず、むしろ音量はどんどんエスカレートしている。
その場にいることに耐えられなくなった僕は、仕方なく憔悴する先輩に大体の仕事をこちらで巻き取るから一度リフレッシュしてくれという自分の首を締める最低な提案をして、その場を切り上げることにした。

自分の胸の内に収めようと思ったけれどイライラが止まらず、帰り際のレジで先輩に「隣、めちゃくちゃうるさかったですね」と愚痴った。
すると先輩は、「仕方ないよ、フラれちゃったんでしょ」と虚な目をして言った。
意外と隣の話を聞いていたのかという驚きと、お店で周囲に迷惑をかける音量の他の人の会話を仕方ないと流せるなら、仕事上で自分が犯したちょっとした失態も軽く流してくれよと、少しうんざりした。

先輩と別れてタクシーで自宅に戻る道中、クライアントのオフィスやサイゼリアで起きた出来事を反芻した。
段々と、先輩の反応というか、感覚は、あながち間違ってない気がしてきた。

物事にはコントロールできるものとできないものがある。
自分がすることは前者であって、他人がすることは後者であり、それはどうすることもできないものだ。
だから、自分のしたことに深く落ち込み、赤の他人の会話に腹を立てない先輩は正しい。

後者をどうにかしようとすればするほど、人間はバランスを崩してしまう。
赤の他人の会話に腹を立てて勢いで先輩の仕事を巻き取った僕は、家に帰ってから徹夜をすることが確定してしまった。

タクシーの中から東京の街並みを眺めながら、これは自分の悪い癖だなあと少し打ちのめされた気持ちを感じながら、同時にどうやって付き合っていくべきかを考えたけれど結論は出なかった。


癖 / ヒグチアイ


<太・プロフィール> Twitterアカウント:@futoshi_oli
▽東京生まれ東京育ち。
▽小学校から高校まで公立育ち、サッカーをしながら平凡に過ごす。
▽文学好きの両親の影響で小説を読み漁り、大学時代はライブハウスや映画館で多くの時間を過ごす。
▽新卒で地方勤務、ベンチャー企業への転職失敗などを経て、会社員を続ける。
▽週末に横浜F・マリノスの試合を観に行くことが生きがい。

この記事が参加している募集

#振り返りnote

85,308件

#この経験に学べ

54,579件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?