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親離れ。


栃木県の二階建てのアパート。
ここに、父親が住んでいるらしい。

私は、二年ほど前から、父親の行方を捜していた。
残っていたわずかな手がかりから、自分の足で、捜しまわったりもしていたのだけれど、結局は探偵を雇って、捜してもらった。

今の写真と遠巻きから撮影された映像、やっている仕事、住んでいる場所なんかを説明された。

そして、今、父親が住んでいるらしいアパートにいる。
父親は八年前、私と、弟と、母親を捨てた。
私たちは、住んでいた埼玉から母の実家がある兵庫県で、祖父母と一緒に暮らした。

「しばらくお父さん戻ってこないらしいから」
という母の説明で、引っ越しをして、しばらくは、「ねえ、いつ戻るの?」なんて訊いていたのだけれど、時間が経つにつれて、父親の話をすることはなくなっていった。

事情は今でも知らない。

父親の部屋の前に立つ。
104号室。
インターフォンを押すと、中から「はい」と声が聴こえた。
私は黙っていた。
扉が開いた。
「はい?」
「……」
目がうつろで、無精ひげで、薄い髪がベットリ頭に張り付いていた。

「これ、届けものです」
と、私は封筒を差し出した。
「へ」
「じゃあ」

と、その場を立ち去った。
封筒には、手紙を入れた。
父親がいないことを想定して書いておいた手紙。
「あなたを捨てます。私たちが捨てられたのではありません。私たちがあなたを捨てたのです」

そう書いた。
そこをはっきりさせておきたかった。

少し離れた場所で、空車のタクシーを停めた。
私が乗車し、走り出したとき、走ってくる父親が見えた。
「……」

私は、思いのほか冷静に、車内からその走る父親の姿を眺めていた。
ああ、終わったんだ。そう思っていた。
タクシーが進み、父親はもう、見えなくなっていた。




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