見出し画像

戯曲『菜ノ獣 –sainokemono–』⑧ 向けられた疑惑


向けられた疑惑


 
第十二研究所ゲストルーム。
 
布団に座り、ミヤタの携帯のメールを読むムラカミ。



ムラカミ ベジタブルマンたちが意思を持ち始めているかもしれない――か。


 
ムラカミ、ミヤタに携帯を差し出す。


 
ミヤタ あの、ムラカミさん本当に大丈夫なんですか?

ムラカミ ん?何が?

ミヤタ いや、熱が……。

ムラカミ ああ、ウソだよウソ。ここに泊まって何か手がかりがないか調べたかったんでな。

ミヤタ はぁ~、やっぱりウソだったんですか?

ムラカミ 気付いてたのか?

ミヤタ いや、もしかしてとは思ってたんですけど。でも顔も真っ赤だし。

ムラカミ これ?メイクだよメイク。

ミヤタ メイク?それメイクですか?

ムラカミ そうだよ。

ミヤタ だとしたらやりすぎなんじゃ……。

ムラカミ ときには大胆さが最高のカモフラージュになるんだよ。


 
ムラカミ、鞄を持って立ち上がりテーブルへ、席に着く。

以後、ムラカミ、メイクを落としながら会話する。


 
ミヤタ でもザイゼン博士がすごい熱だって。

ムラカミ ああ、あれは手にカイロはっつけてずっとおさえてたんだよ。

ミヤタ カイロまで用意してたんですか?

ムラカミ 何事も準備が肝心だ。

ミヤタ へえー。……何してるんです?

ムラカミ もうメイク落としちまおうかと思って。

ミヤタ え、落としちゃって大丈夫なんですか?

ムラカミ ここに泊まれりゃもうこっちのもんだ。

ミヤタ でも、ザイゼン博士、時々様子見にくるって。

ムラカミ そのときは布団被っとくよ。それよりお前は何でここに残った?

ミヤタ え?あ、僕、もう一度ベジタブルマンたちと話がしたいなと思って。

ムラカミ ベジタブルマンたちと?

ミヤタ あ、何か、彼らの存在とカドタの失踪が無関係とは思えなくて。

ムラカミ ほぉ……。

ミヤタ あ、これ……どういう意味なんですかね?気をつけろって。

ムラカミ さぁな。

ミヤタ え?

ムラカミ 何だよ?

ミヤタ 室長はそれだけ言えばわかるって言ってましたよ?

ムラカミ そんなこと言われても、わかんねぇもんはしょうがねぇだろ?

ミヤタ 頼りにならないなぁ。

ムラカミ ちょっともう一回電話してみろよ。

ミヤタ いやですよ!室長、さっきもすごい機嫌悪かったんですから。

ムラカミ 機嫌が悪い?なぜだ?

ミヤタ いや、意思がうまく伝わらなくて……。

ムラカミ 意思?

ミヤタ いえ。ちょっとムラカミさんかけてくださいよ。

ムラカミ 俺は奴とは直接やり取りしない決まりになってるんだよ。

ミヤタ そういえば……。お二人はどうして直接連絡取らないんですか?

ムラカミ ん?まぁ俺みたいな裏稼業の人間は、いつどこでどんな状況でく
たばったり捕まったりしないとも限らないからな。

ミヤタ はぁ。

ムラカミ そんなとき、農務局のエリートが俺と連絡を取り合っていたなん
て記録が残っててみろ、奴は身を滅ぼしかねないだろ?

ミヤタ なるほど……。

ムラカミ 俺とは、海外のサーバーをいくつも経由してのメールのやりとりしかしないんだよ。

ミヤタ はぁー。あ、そういえばムラカミさんの事務所も訪ねたことないって言ってましたね。

ムラカミ だろ?奴とはもうかれこれ二十年近く会ってねぇんじゃねぇか?

ミヤタ そんなにもですか?

ムラカミ 街ですれ違ってもお互い気付かねぇかもな。

ミヤタ へー!徹底してますね!

ムラカミ 昔から妙に用心深いんだよ。あいつは。まぁだからこそあそこまで出世したんだろうがな。

ミヤタ え、ちょっと待ってくださいよ。そのムラカミさんと行動を共にして、密に連絡取り合っちゃってる僕はどうなるんですか?

ムラカミ 何が?

ミヤタ いや、もしここでムラカミさんに何かあった場合。

ムラカミ まぁオオハラに本来向けられるべき疑惑の一切をお前が被って農務局を去ることになるだろうな。

ミヤタ そんな!何で僕が!

ムラカミ 何で僕が?その為にお前はここにいるんだぞ?

ミヤタ それじゃあまるで捨て駒じゃないですか!

ムラカミ そうだよ。万一のときの捨て駒として奴はいつもお前みたいな使いをよこすのさ。俺のもとに。


 
ムラカミ立ち上がり、洗面所(上手)へはける。


 
ミヤタ ……僕が全部しゃべったらどうなるんです?


 
袖から蛇口をひねる音。


 
ムラカミ 誰に喋るんだ?お前の声が誰に届く?

ミヤタ ……。


 
ムラカミが顔を洗う音。


 
ムラカミ 過去にいなかったか?おかしな形で農務局を去っていく人間が。

ミヤタ そんな……あんまりじゃないですか。


 
ムラカミ、戻ってきてタオルで顔を拭きながら、
 


ムラカミ もっと面白い話を聞かせてやろうか?

ミヤタ 面白い話?

ムラカミ お前局には有休を届け出てここに来てるんだろ?

ミヤタ はい、室長が正式に動くと、大事になるからって。

ムラカミ それだけだと思うか?俺たちがここに入る為にオオハラが用意したパスは偽物だ。

ミヤタ え?

ムラカミ 普通の入園手続きくらいだとわからないが、少し調べればすぐに偽物だとばれる。あえてばれるように造ってある。

ミヤタ 何でそんなこと……。

ムラカミ このファームでもしお前が消えちまったら、どんな筋書きができると思う?

ミヤタ 消えるって……どういうことですか?

ムラカミ 広大なファームの敷地内だ。死体が発見されるのは難しいだろうしな。

ミヤタ ちょっと待ってくださいよ。何で僕が死ななきゃいけないんですか!

ムラカミ 出世の道からはずれた農務局員が、休暇中に偽造のパスを使ってファームに潜入していた。その局員は、正体不明の男と局からの出張を装い施設に入り込んでいた。ファームの中には最近テロリストが潜伏しているのではないかという情報を公安がキャッチしていた。で、お前の部屋からはそういう思想を裏付けるような本が数冊出てくるだろうな。あとはどうなるか、想像は難しくないだろ?

ミヤタ め、めちゃくちゃじゃないですか!

ムラカミ そうだよ。めちゃくちゃさ。お前はそういう時代にそういう国に生きてたんだよ。今までお前が気が付かない間にそういう目に合っていた人間がたくさんいたんだ。

ミヤタ そ、そんなの信じられませんよ!

ムラカミ 皆そう言うのさ。あり得ない、信じられない。そんなバカなこと起こるわけがないって。自分が被害者になるまではな。

ミヤタ 何で室長がそんなことするんです?

ムラカミ まだわからないのか?


ムラカミ、ミヤタをじっと見据え、


ムラカミ 「ちょっとあんた元気してたの?」「おう久しぶりだな、どうした?」「とくに何もないけど。どうしてんのかなと思ってさ」「どうもこうもないよ。あいかわらずだよ」――

ミヤタ な……


 
ムラカミのセリフにかぶせて、ミヤタとカドタの電話での会話の音声が流れる。


 
ムラカミ 「そっちはどうなんだよ?」「こっちのことはいいのよ。あんた今も分室でひとりなわけ?」「そうだよ」「かー!いいわね落ちこぼれは。ある意味うらやましいわ」「うるせーな」


 
音声は続く。


 
ミヤタ 何で……。

ムラカミ ファームの基地局を通しての通話はすべて農務局で記録されている。オオハラが今回の件の依頼と一緒に送ってきたのさ。この会話に暗号が含まれていないか調べてくれってな。

ミヤタ 暗号!?

ムラカミ お前は疑われてるんだよ。ミヤタ君。

ミヤタ そんな……。


 
以下、音声徐々に消えてゆく。


 
ムラカミ どう考えても不自然だろ?カドタからお前への電話は。

ミヤタ そりゃ、僕だってそう思いますよ!でも、僕にも何が何だか……。

ムラカミ オオハラが俺との連絡係にお前を選んだのはな、お前をファームへやれば、外よりもずっと楽にお前を監視できるからだ。

ミヤタ じゃあムラカミさんは……。

ムラカミ そうだよ。俺が今回オオハラから受けた依頼は三つだ。一つ、カドタマリの失踪理由、及び行方を調査すること。二つ、お前を監視すること。三つ、場合によってはお前を消すこと。

ミヤタ そんな……消すだなんて……何かの冗談ですよね?

ムラカミ 本当にそう思うか?

ミヤタ だって……だってそれが全部本当だとしたら、ムラカミさん、なぜ僕にそのこと伝えるんです?おかしいじゃないですか!

ムラカミ 今回の依頼で俺が奴から受け取る報酬は二百万だ。

ミヤタ 二百万……。

ムラカミ お前を消そうが消すまいがその値段に変わりはない。

ミヤタ つまり、もし僕がカドタと何かを企んでいるとしても、ここにいる間は大人しくしておけってことですか?

ムラカミ それが利口だ。

ミヤタ でも、それなら大丈夫ですよ。僕は本当に身に覚えがありませんから。

ムラカミ なら、何も心配することはない。

ミヤタ はい。ただ……。

ムラカミ ただ?

ミヤタ 何か悔しいですね。

ムラカミ 悔しい?

ミヤタ いえ、カドタのことじゃなくて。何か室長にそんな風に罠にはめられるようなことをされて……。

ムラカミ 変な気起こすなよ。お前が戦うには相手が悪すぎる。

ミヤタ あの、この電話を持って警察に駆け込むっていうのはどうですかね?

ムラカミ は?

ミヤタ これには室長との通話の履歴も残ってますし、それに、ファームの基地局を経由しての通話はすべて記録されてるんですよね?

ムラカミ フ……クックック……。

ミヤタ ムラカミさん?

ムラカミ お前はバカなのか?

ミヤタ 何でですか?

ムラカミ 何でオオハラに雇われてる俺にそんなこと言い出すんだよ?

ミヤタ え、だってムラカミさんは依頼をきちんとこなしてお金がもらえればいいんでしょ?

ムラカミ ……それ、オオハラに持たされた携帯だろ?

ミヤタ そうですけど。

ムラカミ 妙に電波が悪くなかったか?

ミヤタ ……え?

ムラカミ それはな、特殊な周波数をだして、音声情報にスクランブルをかける改造電話だ。

ミヤタ ……。

ムラカミ 言ったろ?変なことは考えるなって。お前の手におえる相手じゃねぇんだよ。

ミヤタ ……ムラカミさん。

ムラカミ 何だ?

ミヤタ 何か室長に一杯食わせるいい方法ないですかね?

ムラカミ おい、俺が何の為に話してやったと思ってんだ?

ミヤタ あ、そうですよね。はい……あ、僕ちょっと散歩してきていいですか?

ムラカミ 勝手にしろよ。

ミヤタ いいんですか?監視してなくて。

ムラカミ 何かするつもりなのか?

ミヤタ いえ。

ムラカミ じゃあ好きにしろ。

ミヤタ はい。


 
ミヤタ立ち上がり、上手へはけようとして、立ち止まる。


 
ミヤタ あの、僕を泳がせといて後つけてくるってこともあるんですよね?

ムラカミ 常にそう思って行動してろ。

ミヤタ はい。


 
ミヤタ、上手へはける。


 
ムラカミ ……くれぐれも余計なマネはするな。大人しくしといてくれよ。
ミヤタ君。
 


音楽。



戯曲『菜ノ獣 –sainokemono–』⑨につづく。


この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?